第14話 不死の森

外に出ると、ひんやりとした大気が流れていた。辺りは森閑とし、樹林の中でほそい虫の音が聞こえてくるだけである。里の空気の密度とは明らかに違っていた。

……ここが不死の森。

行くことを止められてまで、入った森は頼邑にとって複雑な気持ちにさせた。

まだ、陽が高いのに森は光にさえぎられ、薄暗い。まるで、人の踏み入る場所ではない別世界である。

「早いとこ、用をすまして出やしょうよ」

顔が強張り、声が震えている。平八郎は顔の色を失っていた。

「そうだな、少女はここにはいないのか……」

「そんなこと口に出すもんじゃねぇよ」

平八郎は、驚きと戸惑いとが、ごちゃごちゃになったような顔をした。

「それより、これは何でやすかね」

伊助は、大袋に入っている石を取り出した。石の先には導火線がついている。

平八郎はそれをまじまじと見て、

「ただの石にしか見えんが」

と、首をひねった。

役人に導火線に火をつけ、森の中に投げろとしか指示されたこと以外、何も分からない。大袋の中には、同じものが大量に入っている。

「用は、火をつけりゃいいんだろ。簡単じゃねぇか」

男たちは伊助から大袋を取り上げ、全員に渡し始めた。

普段の肉体労働からしてみたら、ずっと楽な仕事だ。あれほど外に出るのを拒んでいた男たちの顔に余裕の笑みが浮かんだ。

男たちは、火をつけ始めると導火線がジリジリと燃えながら進む。焼け付く導火線は、やがて石の中までいくと煙は少しずつ広がり始め、辺りの葉まで届くと枯れ始めたのだ。

すると、男たちの様子がおかしくなっていった。

体が小刻みに震えながら、

「の、喉がっ」

と、苦しいのか手に喉を強くあてながら、もがき始めた。

あまりの苦痛で顔がゆがみ、爪が喉に食い込んでいる。喉からしたたれる真っ赤な血を見た他の男たちは恐怖で顔がひきっている。

「皆、ここから逃げろ。その煙を吸うな!」

頼邑は叫びざま、男たちに言った。

男たちは、一目散に逃げていった。しかし、伊助と平八郎は何が起きたのか分からず、その場に身を硬直させている。

一瞬、目の前が真っ暗になり、ふたりは奈落の底に沈んでいくような気がした。

「伊助! 平八郎っ」

頼邑が、左手でふたりの肩をつかんだ。強い力である。ふたりの口に布をあて、

「早く、この場からはなれるぞっ」

頼邑が、ふたりの肩先を押した。なるべく、煙に当たらぬように逃げろと指示したのだ。

ふたりは、はじかれたように煙をよけ飛び出して走った。だが、頼邑は一緒には来ないことを見た伊助は、

「早く、頼邑さま」

と、悲鳴のような声を上げた。

「先に行け! 私は、この者と行く」

と、言い置いて、苦しむ男を介抱しているのを見たのが最後になった。

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