第11話 淡い恋心
「な、なんだ。あのふたりは」
平八郎が毒気に当たったような顔して、井戸端からそそくさと去って行ったふたりの娘を見送っている。
「若い娘たちは、頼邑さまが気になるようだな」
伊助は苦笑いを浮かべながら言った。
「それにしても、おれたちなど、底辺の吐きだまりと言ったぞ」
平八郎が苦虫を噛み潰したような顔をした。伊助はその表情を見て、頼邑と比べられてしまったら何も言い返せないのではと思った。男から見ても頼邑はいい男で、剣の腕も見事なものは身を持って体験したので、本当にいい男だと思った。
「急に、仕事をする気が失せたな」
平八郎が自分の部屋の方へ歩きながら言った。
「そう言うな。今日は曇ひとつない晴れだ。仕事もはかどろう」
そう言って、伊助が空を見上げた。
「空は晴れても、おれの気持ちは雨だ」
「おい、本気なのか」
平八郎が休むと伊助が困るのだ。伊助は右官を生業にしていた。右官とは、大工のことである。 里の家を建てるだけではむろん、食っていけず、今は銀山で銀を採掘することをしている。
この銀山は、不死の森とつながっており、銀を採掘にはその森に入らねばならない。
元々、古来から銀山は里のものであったが、この地を治める公方が権力を握るようになってきた。
「伊助、朝めしは」
平八郎が身を寄せて訊いた。
「まだ、だ」
「おれは、炊いたぞ。どうだ、握りめしでも食いながら指すのは」
平八郎が心底を覗くような目で伊助を見た。
どうやら、仕事は休んで将棋をやろうと言いたいらしい。
「いいな」
思わず、伊助が答えた。正直、怪我をしていたし、働く気を失せていた。
「よし、では、将棋盤と握りめしを持って、おぬしの部屋へ行く」
そう言い残し、平八郎は下駄を鳴らして足早に去って行った。
……握りめしにつられてしまった。
と、伊助は思ったが、悪い気はしなかった。
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