第10話 おませな娘たち

腰高障子が、朝陽にかがやいていた。晴天のようである。陽射しの加減からみて朝餉頃であろうか。家々のあちこちから、子供の泣き声、女房の子供を叱る声、笑い声が聞こえてきた。いつもの騒々しい朝である。

伊助は、大きく伸びをして立ち上がると、皺だらけの着物をたたいて伸ばした。昨夜の宴のあと、面倒なのでそのまま眠ってしまったのだ。

「顔でも洗ってくるか」

伊助は手拭い腰にぶらさげ、小桶を手にして戸口から出ると井戸端へ向かった。

「おい、伊助」

井戸端の方へ歩きかけたところで、背後から声をかけられた。

振り返えると、平八郎が下駄を鳴らして近づいてくる。伊助と同じように手拭いを腰に下げ、手に桶をかかえている。

やはり、顔を洗いに行くようだ。

「その寝ぼけ眼を見ると、昨夜はだいぶ飲んだな」

伊助は、平八郎の顔を覗きながら言った。

「いい男と共に飲む酒は進むものよ」

平八郎は、伊助と肩を並べて歩きながら言った。

「いい男ってのは、頼邑さまのことか」

「どっちもだ」

どっちもとは、自身のことだろう。こいつほど、図々しい男はいないと思った。

井戸端に行き、伊助と平八郎が顔を洗っていると、後ろからくる下駄の音がし、話し声が聞こえた。

里の娘、お花とみねという娘である。ふたりとも十五・十六で、ともかくよくしゃべる。

「お花ちゃん、知ってる。伊助さんのこと」

みねが、お花に身を寄せて訊いた。

「知ってるわよ。伊助さんが襲って返り討ちになって助けられて、旅人の方がここまで運んでくださったそうね」

お花が眼をひからせて言った。

「それにしても、まぬけな話よね。襲った相手に助けられるなんて」

「ねぇ、それでね。その旅人の方が男前でね。その顔を見た子が、のぼせ上がって何か話しても上の空らしいのよ」

「ほんと、そんなにいい男なの」

みねが足をとめて訊いた。

「私は、まだ見てないけど気品のある顔付きで優しい声と、時々見せる笑みがたまらないらしいのよ」

「えー」

みねが眼を丸くし、ビクンと背筋を伸ばした。

「うちの里の男とは、月のすっぽん」

「うちの里の男は、底辺の吐きだまりよ」

「そうね、比べることすらおかしいわ」

お花は今度は両手を握りしめ、体といっしょに上下に振っている。

「ねぇ、今も里にいるの?」

みねが訊いた。

「いるわよ。伊助さんの家の斜め向かいの空き部屋に」

「行ってみない。顔だけでも見たいの」

「いいわよ、いいわよ」

みねが早く水を汲まなきゃァ、と言って、井戸端にいた伊助と平八郎にやっと気付いたのか慌てて鶴瓶を手にした。


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