第6話 人喰い熊
頼邑は初秋の陽射しを浴びながら旅を続けた。その十日間の経験で、陽射しを浴びながらの旅は疲れることを知ったのである。
山をおりたところで、頼邑はそれとなく背後を振り返って見た。何かの気配を感じたが、それらしい人影もなかった。
「いや、まさかな……」
そう小声で言った。
山をおり、人里に向かうには川を渡らねばならない。川には橋が架かっておらず、自力で渡るしかないようだ。幸い、このところ雨が少なかったせいか水量がなく、難儀せずに川を渡ることができた。
もう、川を渡れば人里は目の前である。 頼邑は人里に入る前にもう 一度後ろに眼をやり、尾行者らしきのがいないか確かめたが、姿はなかった。
これから人里に入るため、アオを連れ、道を歩いていると、向こうから人が、ちらほや見えてきた。馬子や商いを生業う人であふれている。
初老の親父が、茶道具を持って、
「お煎じ物ーお煎じ物っ」
と呼びかけをすると、まるで合図のように人がどこからか集まり、茶を頼んでいた。
この時代は、茶道具を持ち込んでの立売が基本で店を建てた茶屋はなかった。
頼邑も、その茶売りに寄り、茶をすすいでくれた初老の主人に話を聞いてみた。
「不死の森に何か知りませんか」
ここ数日、手かがりをつかめずにいたので少しでも手かががほしいと思っていた。
「旅人かね」
主人は、眼をしょぼしょぼさせながら訊いた。
「はい」
「じゃあ、分かんねぇはずだ。不死の森は、あそこの手前にある森よりずっと奥にある。そんで、おめぇさん。そんなこと訊いてどうすんだ」
主人は首をひねった。
「その森と共に住む里があると」
「月霧の里のことか」
主人の話によると、月霧の里は、またの名を霧深き幻の里とも言われるそうだ。月霧の里は、不死の森に近い場所にあり、古来から住む神々の力で作物をよく育ち、人々の暮らしは豊かだという。
しかし、半年以上前に熊が人を食い殺すという恐ろしい出来事が起きたと言った。今まで、熊は人を襲うことはなく、まして人里に下りてくることはなかった。
その出来事が起きた日から、畑に異変が起き、人々の暮らしは苦しくなっていったという。
「みんな、祟りじゃないかぁなんて妙な噂がたって余所から来る連中が興味本意で森に入って帰って来なかったなんて話もある」
そこまで、話すと商人らしいふたり連れが入って来たので主人は頼邑からはなれた。この地で明らかな異変が起こったためにその影響が自国の里に及ぼしたのかもしれないと思った。
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