5
「きっと、寂しかったんやと思う」
花火大会が終わると、人々は一気に十三駅の方へ流れるため、帰るときは来るとき以上に大変だった。
もちろんそんなことはうちらも織り込み済み。なので、新十三大橋を渡ってしまって、徒歩で梅田まで向かうことにした。
「親しかった友達みんな東京へ行ってしまうもん。会うのも年に数回だし、おまけに会ったら会ったで話もかみ合わないし」
「そんなに東京ってええとこかなぁ。あんな、うどんの出汁が濃くて飲めんトコ」
大阪人の血のせいか、ついつい東京を悪く言いたくなる。でも、大人の事情はそう簡単じゃないということはわかる。大阪の地盤沈下が言われて久しいし、東京まで出なければ大きな仕事にありつけない、ということなのだろう。
「国家公務員に一流企業……そういうとこへ行けた子達は、みんな東京やね」
「あんたの友達の肩書きって何気に凄いな。今度紹介してや」
「考えとく」
それがいつになるやらねーと卯月は笑った。
「あんたは……決めてるんやろ」
卯月が今うちに言いたいことはわかっていた。だからその言葉を促してあげる。
「うん」
さっきからずっと握っている手の力が、少しだけ強くなった。
「ずっと大阪にいたいな。一人くらい、大阪でみんなの帰りを待っている人間がいてもおもろいやん」
余所の街に憧れたこともあったんやけど、最近は一周回って大阪が一番やって思うようになったんや。ずっと親しくしていた人達が東京に進学したり、就職したりしたことが、ひとつのきっかけだったかな。
付き合い始めた頃に卯月がこんなことを言っていたのを思い出す。
その人達を追いかけて東京に行く気はないん、と聞いたら、今は大阪に居たい理由ができたからなーと照れくさそうに笑っていた。
「それにかわいい彼女もおるしな。ほっとかれへんやろ」
この人のことだから、どうせ後で言うだろう。だから、先に言ってやった。
「抱きしめたくなったけど、残念、後ろに人が居たわ」
「中央公会堂をバックに、雨が降る中で告白した人が今更何言ってんねん」
「……勢いって怖いな」
悪い思い出やないけどね。あのとき、卯月が感情を爆発させたからこそ、今のうちらの関係があるんだし。
「あんときはびっくりしたわ」
「やろな」
「だって、卯月がうちのこと好きやったやなんて、夢にも思わんかったもん」
あはは、と卯月は笑った。
「結構わかりやすかったと思うけど」
「今から振り返ればな。でも、当時はそうは思わなかったんやって」
卯月にとって、うちと会う時間は週に一度の話。昔からの友人だとか、大学での同級生だとか、そういう卯月と同じ時間を歩いてきた人達と比べると、うちなんて取るに足らない存在だと思っていた。卯月が昔憧れていた人の話だって聞いたことがあった。
それなのに。
なんでうちなん、と聞いたら、卯月はきっぱりと答えてくれた。
話していて一番楽しいから、一緒にいて安心できるから、って。
「そうや」
ひとつ聞いておかなければならないことを思い出した。
「どしたん?」
「花火の前に変な和歌詠んでたやろ。その解説」
どうしてうちに興味を持ったのか、という質問への返答だ。
「あぁ、それな。古今和歌集に載ってる、とある帰化人の歌やけどね――、
難波の港に、咲いたよ梅の花が。冬籠りしていたけど、今はもう春になったので、咲いたよ梅の花が。
あまりええ訳やないかも」
「言いたいことはだいたいわかったわ。あんたにとって、難波で見つけた梅の花がうちやってことやろ」
梅子という名前がうちに似合っていると言ってくれたあのときも、この歌が頭の片隅にあったのだろうか。
「冬を終えて、春を告げてくれる、な」
「まどろっこしいわ」
「あはは」
新梅田シティをすぎ、北ヤードの下の地下道をくぐる。
「もしかして、いったん十三大橋まで行ってから、中津を経由した方が早かったかも」
むーと卯月が唸る。
「こっちのほうが遠回りやけど、まだ人少ないからよかったんちゃう?」
「や、梅がしんどくないかなと思って」
「歩くんやったら一緒。どっちにしろ、電車ですし詰めにされるよりはマシや」
地下道を越えると、新しい大阪駅が視界に飛び込んできた。
「せっかく梅田まで出たんやし、お茶してこーや」
「ええけど」
「やったぁ。冷たいもん食べたいわ」
パフェにしよう。卯月は甘いもの好きだし、二人で一緒につつきあおう。
恋人らしいことができる機会って、そうないから。
「時間は大丈夫なん?」
時計を確認すると。
…………。
「時間よ止まれ」
「やっぱ遠回りせんほうがよかったかな」
誰が悪いというわけではない。あれだけ大勢の人が集まる花火大会の会場から移動するには、どうしたって時間がかかるし。うちはまだ高校生だから、それ相応の門限もあってしかるべきだし。
「大阪駅は次のデートで行こう。まだ夏休みやし、いくらでも機会はあるって」
「そうやけど……」
次の予定を作ってもらえるのは、うちとしては嬉しいんやけど。
でも、花火の後の余韻というものもあるわけで。
「なぁ、梅」
「なんや?」
「ありがとう」
本日二回目のありがとうだ。
「それ、花火のときも言うてたで……」
「そうやったっけ」
卯月は明るい調子でとぼけてみせた。けど。
「あんときも言ったと思うけど」
中央公会堂を背に泣きそうな顔をしていた卯月が、今のとぼけ笑いをしている彼と重なった。
「うちはあんたのこと見捨てへんから。安心し」
もう人目なんて気にするものか。うちはぎゅっと卯月に抱きついた。
「おっと、ありがとうは禁止な。仏の顔も三度までってな」
「じゃぁ、おおきに」
「ちゃうわ、あほ!」
言葉は違うけど意味は同じやっちゅーねん。
「ここまでしてんねんから、うちが今してほしいことくらいわかるやろ」
「わかってるけど」
「けど?」
「まだ、ちょっと緊張しちゃって」
「それはうちもやで」
お互いの照れ隠しの笑みが消えたときが、その合図。
どちらからともなく、うちらは唇越しに思いを重ねる。
これからも、一緒に生きていこう。
二人、
Fin.
咲くやこの花 九紫かえで @k_kaede
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます