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「きっと、寂しかったんやと思う」

 花火大会が終わると、人々は一気に十三駅の方へ流れるため、帰るときは来るとき以上に大変だった。

 もちろんそんなことはうちらも織り込み済み。なので、新十三大橋を渡ってしまって、徒歩で梅田まで向かうことにした。

「親しかった友達みんな東京へ行ってしまうもん。会うのも年に数回だし、おまけに会ったら会ったで話もかみ合わないし」

「そんなに東京ってええとこかなぁ。あんな、うどんの出汁が濃くて飲めんトコ」

 大阪人の血のせいか、ついつい東京を悪く言いたくなる。でも、大人の事情はそう簡単じゃないということはわかる。大阪の地盤沈下が言われて久しいし、東京まで出なければ大きな仕事にありつけない、ということなのだろう。

「国家公務員に一流企業……そういうとこへ行けた子達は、みんな東京やね」

「あんたの友達の肩書きって何気に凄いな。今度紹介してや」

「考えとく」

 それがいつになるやらねーと卯月は笑った。

「あんたは……決めてるんやろ」

 卯月が今うちに言いたいことはわかっていた。だからその言葉を促してあげる。

「うん」

 さっきからずっと握っている手の力が、少しだけ強くなった。


「ずっと大阪にいたいな。一人くらい、大阪でみんなの帰りを待っている人間がいてもおもろいやん」


 余所の街に憧れたこともあったんやけど、最近は一周回って大阪が一番やって思うようになったんや。ずっと親しくしていた人達が東京に進学したり、就職したりしたことが、ひとつのきっかけだったかな。

 付き合い始めた頃に卯月がこんなことを言っていたのを思い出す。

 その人達を追いかけて東京に行く気はないん、と聞いたら、今は大阪に居たい理由ができたからなーと照れくさそうに笑っていた。

「それにかわいい彼女もおるしな。ほっとかれへんやろ」

 この人のことだから、どうせ後で言うだろう。だから、先に言ってやった。

「抱きしめたくなったけど、残念、後ろに人が居たわ」

「中央公会堂をバックに、雨が降る中で告白した人が今更何言ってんねん」

「……勢いって怖いな」

 悪い思い出やないけどね。あのとき、卯月が感情を爆発させたからこそ、今のうちらの関係があるんだし。

「あんときはびっくりしたわ」

「やろな」

「だって、卯月がうちのこと好きやったやなんて、夢にも思わんかったもん」

 あはは、と卯月は笑った。

「結構わかりやすかったと思うけど」

「今から振り返ればな。でも、当時はそうは思わなかったんやって」

 卯月にとって、うちと会う時間は週に一度の話。昔からの友人だとか、大学での同級生だとか、そういう卯月と同じ時間を歩いてきた人達と比べると、うちなんて取るに足らない存在だと思っていた。卯月が昔憧れていた人の話だって聞いたことがあった。

 それなのに。

 なんでうちなん、と聞いたら、卯月はきっぱりと答えてくれた。

 話していて一番楽しいから、一緒にいて安心できるから、って。

「そうや」

 ひとつ聞いておかなければならないことを思い出した。

「どしたん?」

「花火の前に変な和歌詠んでたやろ。その解説」

 どうしてうちに興味を持ったのか、という質問への返答だ。

「あぁ、それな。古今和歌集に載ってる、とある帰化人の歌やけどね――、


 難波の港に、咲いたよ梅の花が。冬籠りしていたけど、今はもう春になったので、咲いたよ梅の花が。


 あまりええ訳やないかも」

「言いたいことはだいたいわかったわ。あんたにとって、難波で見つけた梅の花がうちやってことやろ」

 梅子という名前がうちに似合っていると言ってくれたあのときも、この歌が頭の片隅にあったのだろうか。

「冬を終えて、春を告げてくれる、な」

「まどろっこしいわ」

「あはは」


 新梅田シティをすぎ、北ヤードの下の地下道をくぐる。

「もしかして、いったん十三大橋まで行ってから、中津を経由した方が早かったかも」

 むーと卯月が唸る。

「こっちのほうが遠回りやけど、まだ人少ないからよかったんちゃう?」

「や、梅がしんどくないかなと思って」

「歩くんやったら一緒。どっちにしろ、電車ですし詰めにされるよりはマシや」

 地下道を越えると、新しい大阪駅が視界に飛び込んできた。

「せっかく梅田まで出たんやし、お茶してこーや」

「ええけど」

「やったぁ。冷たいもん食べたいわ」

 パフェにしよう。卯月は甘いもの好きだし、二人で一緒につつきあおう。

 恋人らしいことができる機会って、そうないから。

「時間は大丈夫なん?」

 時計を確認すると。

 …………。

「時間よ止まれ」

「やっぱ遠回りせんほうがよかったかな」

 誰が悪いというわけではない。あれだけ大勢の人が集まる花火大会の会場から移動するには、どうしたって時間がかかるし。うちはまだ高校生だから、それ相応の門限もあってしかるべきだし。

「大阪駅は次のデートで行こう。まだ夏休みやし、いくらでも機会はあるって」

「そうやけど……」

 次の予定を作ってもらえるのは、うちとしては嬉しいんやけど。

 でも、花火の後の余韻というものもあるわけで。

「なぁ、梅」

「なんや?」

「ありがとう」

 本日二回目のありがとうだ。

「それ、花火のときも言うてたで……」

「そうやったっけ」

 卯月は明るい調子でとぼけてみせた。けど。

「あんときも言ったと思うけど」

 中央公会堂を背に泣きそうな顔をしていた卯月が、今のとぼけ笑いをしている彼と重なった。

「うちはあんたのこと見捨てへんから。安心し」

 もう人目なんて気にするものか。うちはぎゅっと卯月に抱きついた。

「おっと、ありがとうは禁止な。仏の顔も三度までってな」

「じゃぁ、おおきに」

「ちゃうわ、あほ!」

 言葉は違うけど意味は同じやっちゅーねん。

「ここまでしてんねんから、うちが今してほしいことくらいわかるやろ」

「わかってるけど」

「けど?」

「まだ、ちょっと緊張しちゃって」

「それはうちもやで」

 お互いの照れ隠しの笑みが消えたときが、その合図。

 どちらからともなく、うちらは唇越しに思いを重ねる。


 これからも、一緒に生きていこう。

 二人、この街おおさかで。



Fin.

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咲くやこの花 九紫かえで @k_kaede

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