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 土曜日の夜。ピーク時をすぎて、お客さんの姿もまばらになった頃が、卯月がお店にやってくる時間だった。

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいました」

 今日も梅ちゃんは元気やなーと卯月は微笑んだ。

「聞いて聞いて。あのなー」

 テーブルにウーロンハイとお冷のグラスを置くと、誰から言われるまでもなく豚玉を鉄板で焼き始める。これが、卯月と出会ってからの土曜夜の日課だった。って、それは今もそうだけど。

「やっぱり卯月さんの言うとおりやったわ。ほんま酷い奴やで、あいつは」

 まだ、卯月さん、梅ちゃん、って呼び合っていた頃の話だ。

 じゅーっという鉄板の音をBGMにして、うちは学校であったこととか、勉強のこととか、テレビで見た話題だとか、そういうことをぺらぺらしゃべる。卯月といえばウーロンハイを飲みながら、適度に相槌をうちつつ、うちのとりとめのない話に耳を傾けてくれるのだ。

「それでどうしたん?」

「ガツンと言うたった。やっぱりこのままじゃ加奈がかわいそうやからな」

 お好み焼きをひょいっとひっくり返す。

「どうしようもない男やのになー。加奈もあんな奴のどこがええんやろ」

「ただしイケメンに限る、やな。羨ましいなー、イケメン。死ねばいいのに」

 偉い人(卯月)曰く、イケメンと美女と巨乳は三日経ったら飽きるそうだ。全面的にそうであってほしい。特に最後。

「なんで男って次から次へと女の子に手を出したがるん?」

「生物学的本能じゃない?」

「それで片付けんなや……」

 そろそろ頃合いかな。もう一度お好み焼きをひっくり返す。

「女の子にちやほやされて良い気になってまうんかな。なんかモテることがステータスとでも思ってるとか」

「逆やない? 自分に自信がないから、ふらふらするんやないの」

 ソースを塗っていた手が止まった。

「なんか斬新な見解やな」

「そうかな。二股するのって、どっちも好きで選べないとか、本命とどうなるかわからないからキープしておくとか、そういうのでしょ? それって、弱さ以外の何物でもないと思うけど」

 結局、それで最後は痛い目にあうんやろけどねーと卯月は他人事のように言った。

「そういう卯月さんはどうなん?」

「イケメンやないから、恐れ多くて二股なんてでけへんわ」

 なんとなくそうやろなとは思っていたけど、少しほっとした。

「でも、えらいなー、梅ちゃんは」

「何が?」

「友達思いのええ子やなってこと。そこまで親身になって相談に乗ってあげられる子っておらんよ」

 真正面から褒められると、ちょっと恥ずかしい。

 もういけるで、とうちが言うと、卯月は嬉しそうな顔をして、うちが作ったお好み焼きを食べ始めた。

「ほんま、梅ちゃんの焼いてくれたお好み焼きはうまいわー」

 本当に嬉しそう。

「飽きひんの?」

「飽きひんよ」

 なんでこの人はこんなにも楽しそうなのだろう。うちのしょうもない話を聞いてるときも、うちが作ったお好み焼きを食べるときも。

「梅ちゃんこそ、いっつもこんな怪しい人の相手してて飽きない?」

「自分で怪しい言うなや……。でもそうやな、そろそろ飽きてきたところやな」


 正直なところ、嬉しくないはずがなかった。

 うちの話を聞いてくれるし。うちの知らないようなことを教えてくれるし。褒めてくれるし。うちのご飯を美味しそうに食べてくれるし。それに、結構気が合うし。

 十代半ばの女の子って年上の男の人に惚れやすいらしいけど、きっとうちもそうだった。学校の男子に比べたら、卯月は大人っぽくて落ち着いた人だったし、一方で店にやってくるおじさんほどジェネレーションギャップもなかったから(だいたい、おじさんは途中から酔っ払っちゃうから会話にならなくなる)、いろいろと自分の話がしやすかった。そして、卯月もうちと向かい合ってくれた。

 これで惚れるなって言うほうが、無理な話だ。

 もっと、卯月にうちの話を聞いてほしい。もっと、卯月にうちのご飯を食べてほしい。もっと、卯月のことを知りたい。


「そろそろ裏メニューでも開発しようかと思ってたとこなんや。卯月さんもたまには豚玉以外のもん食べたら?」

 卯月の顔をまっすぐ見つめられなかった。それでも卯月は、ええよ、って言ってくれた。

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