3
「今思うとあれはないわ」
打ち上げ開始まで残りわずかとなった頃。淀川の河川敷には、既に身動きが取れなくなるくらいに人が溢れていた。それでも風が吹いていたのと、太陽が沈んだ分、昼よりは幾分かすごしやすかった。
最初ここにやってきたときには、あと何時間も暑い中待たなければいけないのかとうんざりしたが、卯月とたわいない話をしたり、アイスやお弁当を食べたりしていたら、時間はあっという間にすぎてしまった。
「や、当時は別に何かを狙ってたわけじゃないんやけど」
今の話題はうちと卯月がはじめて出会った頃の話になっていた。
そういえば、「いや」を「や」という卯月の口癖は、出会った頃から変わってない。
「嘘付けや。何もなかったら次の週から一人でこーへんやろ」
「あれはうちの家とお店が近かったし……。それにそう、『また来てな』って梅が言ったもんだから」
「そんなん、お客さんにはみんな言ってるっちゅーの。ほんまにまた来てどうすんねん」
当時もそう言った気がする。
「それを言うなら、自分だってうちに告白したときに言うたよな。はじめから意識してたって」
「ちょ。ちょっと待って」
卯月の声がひっくり返った。自分で言ったことなのに、そんなに驚くことだろうか。
「言うたよな?」
「や、言ったけど。でも、最初はおもろい子やなー、もうちょっといろいろお話したいなーって思っただけやから。そこらへんのナンパ野郎と一緒にせんといてや」
「いや、それはわかってるけどな」
卯月が戎橋にいるような軽薄な輩じゃないことは知っている。でも、大学生が初対面の中学生を相手にして「この子ともっと話がしたい」って思うことのほうが、よほど世間的にはマズいのではなかろうか。
実際、今はお互い大学院生と高校生だけど、それでも変に勘繰られたら面倒だということで、今のところ、お付き合いしていることはうちらだけの秘密にしている。
「って、梅はいったい何が気になるん?」
「いや、ほんまに卯月って最初に会った頃から、うちのこと気にしてたんかなあって」
「それは認めるけど」
「そうやったら、どういう人生歩んだら、初対面の中学生にいきなり興味を持つん?」
やっぱり気になる。別に卯月をナンパ野郎とか、ロリコンとか罵りたいんじゃなくて、どうしてうちみたいな女の子に一目で惚れちゃったんだろうかって。
「好きになるのに理由って要るのかな?」
「それはそうやけど……まさか、ビビっときたとか、赤い糸だとか言うつもりなん?」
「それはちょっとダサいかな」
あはは、と卯月は笑った。
「そうやね。言うなら……
難波津に咲くやこの花冬ごもり 今は春べと咲くやこの花
ってとこ、かな」
パアン!
卯月が謎の和歌を詠み終えた瞬間に、最初の花火が上がって大きな歓声があがった。
「詳しいことはまた後で。今は花火を楽しみましょう」
ぎゅっと卯月の右手がうちの左手を握ってきた。
しゃーないな。
その手を握り返すことで、うちは答えた。
淀川花火の規模は国内でも最大級と言ってもいいと思う。スカイビルをはじめとする、梅田のビル群を背にして、絶え間なく、次々と夜空いっぱいに打ちあがる花火に、人々の視線は釘付けになる。
大阪っぽいよね。いけいけどんどんで、豪快なところがさ。
そんなことを言ったら卯月ならどう返してくれるだろう。
「なんでルパンやねんな」
言う前に、当の卯月さんは花火に合わせて流れている音楽にツッコミを入れていらっしゃった。
「いや、案外合ってるんとちゃう?」
「そうかな……ってうわっ」
「わぁ……」
大きな爆発音を響かせ、視野の左端から右端まで、連なった金色の花火で一気に明るくなる。
「すごいなぁ」
「そうやね」
ちらっと卯月の方を見つめたら、向こうもこっちを見ていた。
そしたら、ちょっとだけ二人の間の距離を縮めて。
「ありがとう」
卯月がうちにぎりぎり聞こえるくらいの声でつぶやいた。
何に感謝されているのかはよくわからないけど、この人のことだから、今隣に居てくれてありがとうなんだろうな、と思った。たぶん正解だろう。
「どういたしまして」
また、大きな花火が二つ、空に上がった。
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