第18話前夜祭

「おーい、こんなもんでどうだー!?」

「ああー、ばっちりー!!」

「ワハハハハー、そうだろう!」


 とんてんかんと、釘を打つ音色も軽やかに、アルステリア王国各地では、秋恒例の墓林祭に向けての準備に余念がない。墓林祭とは、かつての黒死病パンデミックから人々の生命を護るため、命と引き換えに戦い抜いた救国の英雄トミー・モーリアの命日に、彼の霊に感謝の意を捧げ慰める為に自然発生した民間行事である。墓林祭はその開催時期から収穫祭、祖先の慰霊祭と結び付き大規模な物に拡大していく。

 規模が拡大した理由はそれだけではない、民間行事とはいえ救国の英雄の慰霊祭である、王家が率先してトミーに感謝の意を表し行事を主導する事も一役かっていた。そのため墓林祭は準国家行事として浸透し、トミーの命日を真ん中に挟んで一週間の休日となり、国民全体で祭りを楽しんでいた。


 祭りの内容は、日本の七夕とお盆が合体したもの、そう捉えて良いだろう。七夕は短冊に願い事を書いて笹飾りに吊るし、川に流して送るのが一般的である。これが墓林祭では笹飾りの代わりに物干し竿を使い、短冊の代わりに洗った白衣を干しておき、乾いた所でポケットにお礼の言葉や願い事を書いた手紙を入れて、最終日の夜に火を着けて天国のトミーに送るのだ。これはトミーが常日頃から衛生管理の重要さを説いており、どんなに夜遅くまで研究していても、毎日しっかり洗った清潔な白衣を着ていた事に由来する。不衛生な白衣を着ていたら、良くなる患者さんの病状を悪化させてしまう、そう言ってトミーは黒死病に倒れるまで、自分の白衣は自分の手できちんと洗濯をしていたという。

 そんなトミーの人柄を表すエピソードに因み、誰とは無しに始まったこの白衣飾り、個人宅では普段使っている物干しに白衣を掛けるささやかな物だが、地域になるとその趣がガラリと変わった。トミーのおかげで悲しみは最小限にとどまった、こっちでは皆前以上の活気で楽しくやっている、心配せずに見守って下さい、本当にありがとう、との意味を込め絢爛豪華な物干し台を用意して、色とりどりの白衣を掛けるのだ。最終日には、天に送るために火を着けた物干し台の周りを祭り囃子に合わせ踊り、トミーの霊と先祖の霊を慰めると共に、今年の恵みを神に感謝するのが、墓林祭のクライマックスだ。


 墓林祭発祥の地を主張して譲らない、ここモーリア辺境伯領では(もう一つの発祥主張地は王都である)、今年のそれは例年以上の盛り上がりを見せ、住民一人一人もかなりの気合いが入っていた。


 住民達が気合いを入れた理由は三つ有る、まず一つは領主長男ウィリバルトの婚約祝いである。婚約に至る顛末を知った住民達は、始めはその破天荒さにあんぐりと口を開けたものだが、直ぐに「流石は次期領主ウィリバルト様、器の大きさが違う。これで次代のモーリア辺境伯領も安泰だ」と納得し、百人の花嫁を改めて歓迎し祝福する為に領民皆が腕によりをかけていたという事。もう一つは先王アクセルの行幸である。アクセルはモーリア辺境伯領の軍事的宣言「王国親衛隊」により、隣国との軍事的緊張を生むという懸念から国王時代は行幸を控えていたが、今は既に退位した身である、私人として命の恩人であるトミーの墓前に礼をする為に今回の墓林祭に合わせてモーリア辺境伯領にやって来ていた。私人とはいえモーリア辺境伯領としは初めての王族行幸を迎えるのである、加えて王女キャンディス・クロックモア・アルステリアの誕生パーティーも合わせてここで開くということで歓迎ムードは否が応でも盛り上がっていた。

 さらにもう一つ、絶対に譲れない理由もアクセル行幸に有った、アクセルはモーリア辺境伯領と供に墓林祭発祥の地を主張するライバル、王都の人間である。是が非でもライバルの鼻をあかし、ギャフンと言わせるのがパウエル産まれのトミーに対する最大の手向けである、モーリア辺境伯領ここに有り!モーリア辺境伯領都パウエルここに有り!! と、誰が言うでもなくそういう空気が出来上がっていた。


 これらの三つの理由で活気づく領民達と彼等の手による祭りの準備を、目を細めて眺めながら散策する三人連れの姿があった。


「ほほう、聞きしに勝る活気ぶりじゃのう、流石は王都を差し置いて発祥地を騙るだけの事は有る」

「そうじゃろう、儂も王都暮らしが長うて本格的に見るのはここ数年じゃが、やはり本場の墓林祭は準備から違うな。ウムウム」

「ちょいと待て、どこが墓林祭の本場じゃと?」

「そう言えばお主、どこが墓林祭の発祥地じゃと?」


 三人連れのうちの二人の老爺が俄に言い争いを始めると三人連れのもう一人、老人二人の連れには似合わない少女が呆れ顔で咳払いをする。


「全く、二人とも何を言い争っているのです、いい歳をした年寄りがみっともない。発祥地だの本場だの、どこでも良いじゃありませんか」


 咳払いで老人二人の注意を惹いた事を確認した少女は、一般論を口にして仲裁するが、エキサイト気味の老人二人は互いに引く気配は無い。


「じゃがキャンディス、これには王都ボーナムっ子の意地がかかってるんじゃ! 引くわけにはいかん」

「おうともさ、パウエル産まれの男の意地がかかっちょる! ここで引いたらパウエルっ子の男が廃る」


 そう言って年甲斐もなく額を押し付けあって「ぐぬぬぬぬ」と睨み合うジジイ二人に、少女は心底呆れた顔でため息をつく。


「全く、そんなのどちらでも良いではないですか。そんな事は街の住人に任せておけばいいんです。私達為政者はよいよいもっともじゃと鷹揚に構えていれば良いのです。そうすれば住人達は互いに切磋琢磨して、より良い祭りに発展していくのです。住人達に悪い対抗意識が芽生えぬ様に、手綱を握っていなければならない立場の者が、先頭切って張り合うとはどういう了見ですか!?」


 軽く眦を吊り上げ、キャンディスがたしなめると、アクセルとポールはようやく、彼女の勢いに首をすくめる。


「それは分かっちょるんじゃがのう。のう、アクセル」

「ウムウム、それは分かっちょるんじゃよ、キャンディス。なぁ、ポール」


 アクセルとポールは、どうやってキャンディスの機嫌を直そうかと、上目遣いで探りながら、そう答えた。しかし、そんな二人の内心を、察した上でキャンディスは、なおも苦言を呈するのだった。


「だったらどうして言い争いなんかするんですか!? 年甲斐もなくそんなに血気盛んなら、二人ともいつ脳の血管が破裂して、ポックリ逝ってしまうか気が気でなりません! 周りの者、御付きの者の心情も考えて下さい!」

「ポックリって、大袈裟じゃないか? キャンディス」

「そうじゃそうじゃ、取り越し苦労も大概にせい。なぁポール、お主もそう思うじゃろう?」

「おうともさ、儂らがそう簡単にくたばる訳が無かろう」


 頷き合うアクセルとポールだったが、その態度がキャンディスの逆鱗に触れた様だ。


「おや、そうですか? その調子でこれからも、お二人は皆に心労をかけまくると? それは王家に連なる者として看過できませんね。臣下の者達が心安らかに勤めを果たしての王家だと言うのに、模範となるべく先王陛下が率先してその事を無視するというのは亡国の兆しと言っても過言ではありません。国を守る立場の者として、先王陛下を拘束し、去勢してどこかの修道院に押し込む事にいたしましょう」


 剣呑な台詞を口にしながら、キャンディスは背後に不気味なオーラを立ち上らせ、両手のひらに魔力を集束させていく。その姿に恐れをなしたアクセルは、腰を抜かして後退り、ポールに助けを求めた。


「いや、ちょっと待て、キャンディス、儂はそこまで言っとらんぞ! 早まるな、話せば分かる! のう、ポール、お主も何か言ってくれ」

「いやぁ~、なんとか言ってやりたい所じゃが、他人の家庭の事に首を突っ込むのは……」

「ポール! 貴様!!」


 家庭問題としてすっとぼけ、逃げを打とうとするポールに、アクセルは目を剥いた。と、同時にキャンディスの無慈悲な眼差しと舌鋒がポールを貫く。


「おや、ポール様、私、お二人と言いましてよ。お祖父様が王位を退いてからというもの、親友としてお諌めするのではなく、片棒を担いで火に油を注ぐ様な振る舞い、こちらも看過する訳には参りません! お二人とも、そこにお直り下さい!」

「「ヒィッ!」」

「おやおや、ずいぶんと物騒な事になっていますね。何事ですか?」


 キャンディスの剣幕に、抱き合って腰を抜かして震えるジジイ二人の背後から、地獄に仏のタイミングで、不意に慈愛のこもった声がかけられる。アクセルとポールがその声の主を認めると、懐かしさに思わず顔がほころんだ。


「久しいのう、アナスタシア」

「もう何年ぶりじゃ?」

「お互い老けましたね、凛々しい王様と、華麗な筆頭楽士様だったのに、時の経つのは早いものです」


 アナスタシアことマザー・ナターシャの登場に和むアクセルとポールの背後で、キャンディスは二人に向けていた殺気と魔力を引っ込める。そして、何事も無かった様に、優雅な仕草でカーテシーを決める。


「お初にお目にかかります、マザー・ナターシャ。私、そこなるアクセル・アルステリアが孫、キャンディス・クロックモア・アルステリアと申します。以後、お見知りおき下さいませ」


 女性として憧れの目標、マザー・ナターシャとの出会いに上気するキャンディスに、マザーは優しく微笑み、跪いた。


「これはこれはプリンセス、過分なるご挨拶を頂き、光栄にございます。私はこの領都パウエルにて、修道院の長を勤めまする、ナターシャと申します。この出会いに、神の御加護が有らんことを」

「ああっ、マザー、どうかお顔を上げて下さい」


 キャンディスは、深く拝跪するマザーの前に膝を着くと、その手を取りながら、慌てた声をかけて顔をあげさせようとする。しかし、マザーは微動だにしない、ますます狼狽するキャンディスに、アクセルはそっと声をかけた。


「キャンディス、お主は十五位とはいえ王位継承権を持つプリンセス、お忍びといえど、何処にどんな目が光っておるや分からぬ。軽々しく頭を下げるものではない」


 先王としてのアクセルの言葉に、キャンディスはハッとして顔を上げ、威容を糺してマザーに答礼を与える。


「うむ、大義である、そちの忠信、妾はしかと受け取った。妾は今少し散策を楽しむ故、そちは気の置けぬ仲間と旧交を温めるがよい」

「ははっ、このナターシャ、プリンセスの御厚情、有り難く頂戴致します」


 君臣の礼を終え、頭を上げたマザー・ナターシャと、アクセル、ポールに向かい、悪戯っぽくペロリと舌を出して、キャンディスはコツンと自分の頭を叩いて見せる。


「全く、お祖父様の事を散々言ったのに、私もまだまだですわね。ちょっと頭を冷やして参りますわ」


 そう言ってキャンディスは、三人に背を向けると、夜の街の人波の中へと消えて行った。


「いくらこのパウエルの治安が良いとはいえ、お一人にして大丈夫なのですか?」


 心配そうにマザー・ナターシャが二人に聞くと、アクセルもポールもあっけらかんと答える。


「まぁ、大丈夫じゃろう。あの娘をどうこう出来る不埒者など、そうそうおるまい」

「城の治安部隊も腕利きのハンター達も警備の目を光らせちょる、まず安心していいじゃろ、奴もおるでな」

「ジジイ二人の相手もなんじゃ、羽根を伸ばしてくれば良い」

「ウムウム、そうじゃそうじゃ」


 マザー・ナターシャの心配をよそに、二人は目を細めてキャンディスの背中を見送るのだった。


 三人と別れたキャンディスは、初めての一人の自由時間を満喫していた。普段は城内から出る事はほとんど無く、有ったとしても馬車の中で周りを近衛で固められての外出しかしたことのない彼女は、見るもの全てが珍しく新鮮であり、また自分の足で見知らぬ土地を歩く事が楽しく、ついつい目抜通りから外れ、寂しい裏道へと迷い込んでしまった。


「まぁ、ここは何処かしら? 迷ってしまいましたわ……」


 キョロキョロと見回しながら、道を探すキャンディスは、通行人を見つけて道を聞こうと歩み寄って行った。


「もし、そこのお方。道を教えていただきたいのですが、よろしいですか?」


 お忍びであるが故、高貴な者である事を悟らせまいと、言葉を選んでキャンディスは声をかけた。しかし、声をかけられた方の通行人は、足を止めただけで彼女の問いに答えず、じっと見下ろすだけだった。


「私、他の領地から観光でやって参りましたの。さすがパウエルの墓林祭ですわね、聞きしに勝る盛況ぶりに圧倒されました。物珍しくてあちこち見ながら歩いていたら、お恥ずかしい事に迷ってしまいました。どうか大通りまでの道をお教え下さいませ」


 愛想笑いと社交辞令の言葉を混ぜ、相手に失礼の無い様に道を尋ねるキャンディスに、声をかけられた通行人はニヤリと笑うと、無言で彼女の背後を指差した。


「有り難うございました。では、ごきげんよう。良い墓林祭を」


 通行人に謝礼の言葉をかけ、キャンディスが振り返り指差した方向に足を踏み出そうとして立ち止まる。なぜなら彼女の通行を妨げる様に、ローブを纏った老人が、クツクツと不気味な笑みを浮かべて立っていたからだ。怪訝な瞳で老人を見上げてから、キャンディスは振り返る。すると、さっきの通行人も、老人と同じような笑みを浮かべて見下ろしていた。前後を挟まれたキャンディスは、警戒心を露にローブの老人に向き直る。


「キャンディス・アルステリア王女にございますな」

「それを知って無礼を働くか、狼藉者」


 老人の誰何を、キャンディスが短く切り捨てる。しかし老人は彼女を年端もいかない小娘と侮っているのか、慇懃無礼な態度を崩さない。


「無礼などとんでもございません、私は王女に是非、我が国へ賓客としておいでいただきたく、まかりこした次第で有ります」

「賓客として招くつもりなら、こんな薄暗く人気の無い路地裏ではなく、正式な外交ルートで招くのが筋であろう。戦を欲するか、アマデウスの犬!」


 王女の威厳を放ち、キャンディスが啖呵を切る。だが前後を囲み、優位を占める老人は余裕の姿勢を崩さず、ニヤリと笑ってこう答えた。


「戦など望んでいませんよ、王女殿下。我々が望むのは、安全保障です」

「安全保障? フン、妾を拐かされた責を負わせ、このモーリア領の弱体化を狙うか!?」

「さすがは聡明と大陸中にその名を轟かすキャンディス王女、ご明察にございます。我々はその隙に、奪われた領土をモーリア辺境伯から返して頂くだけで、アルステリア王家と事を構える意志は、毛頭ありません」

「その方が奪われたという領土も、元々はモーリアの領地で我がアルステリアの領土であろう。事を構える意志が無いだと、ぬけぬけとよう言うわ」


 汚物を見る様な目付きで、キャンディスがそう吐き捨てると、老人は恭しく一礼をして言葉を返す。


「では、御理解頂けた所で、我々とご一緒して頂きましょう。王女殿下」



 このやり取りを、物陰から伺っていた、小さな影が三つ有った。


「んにゃッ! あんな勝手、許せないにゃ!」

「私も同感です、叩き潰してやりましょう」


 猫人族の少女とドワーフの少女が憤慨して、もう一人のヒト族の少女に同意を求める。


「若ちゃま、やっちゃうにゃ!」

「クリス様、お下知を」


 ヒト族の少女と見えたのは、実は少女ではなく少年だった。彼の名前はクリスロード・モーリアという、モーリア辺境伯家の三男である。この三人は、墓林祭の前夜祭を楽しもうと、連れだって目抜通りを歩いている途中、路地裏に迷い込むキャンディスを見かけ、心配して後を追って来たのだ。


「そうだね、王女様だろうと奴隷の子だろうと関係ない、このモーリア領で誘拐なんてさせるもんか!」


 立ち上がって駆け出そうとする三人を、横から飛び出した一人の老ハンターが制して押し止める。


「待ちなさい」

「ちょっと、おじさん!」

「しっ、静かに」


 クリスロードが抗議の声を上げると、老ハンターは口に人差し指を当てて黙らせて、目配せした。彼が目配せした先では、圧倒的に不利な状況の中、余裕の笑みをこぼすキャンディスの姿が有った。


「あの程度、彼女なら問題無い。それより事を大きくしておおやけになり、国際問題になる方が厄介だ。俺達はここに控え、何か有った時のフォローに徹するのが賢明だ」


 老ハンターの言葉に、不服の表情で不承不承従う三人の目の前で、圧巻の魔法戦闘が繰り広げられる。


「はて、どうして妾がその方らと同道せねばならぬのじゃ?」

「いやいや、今置かれている状況が分からぬ殿下ではありますまい。我が大帝陛下からは、多少手荒に扱っても良いと命じられておりますが、できればその様な無粋な真似はしたくありません。お聞き分け願えませんかな、殿下」


 クツクツと笑う老人に、キャンディスはニヤリと口角を上げる。


「手荒な真似とな? 面白い、やってみるが良い!」

「では失礼致します、後悔されても遅いですよ、殿下」


 キャンディスを囲む二人が、詠唱を唱えながら魔力を込める。その姿をキャンディスは、余裕の笑みで眺めていた。


「お噂では殿下、殿下は治癒魔法しか使えないそうではないですか? そんな殿下が、どうやって我らと戦おうと言うのです!? お覚悟!」


 そう言って前後から攻撃魔法を放とうとするも、二人からの魔法攻撃は彼等の意に反して不発に終わった。


「なっ、何故だ!? 何故魔法が……」

「何を覚悟するのじゃ? ほれ、妾は一歩も動かぬぞ、早く攻撃魔法を放って見やれ」

「うぬぬ……、もう一度、行くぞ!」


 二人はもう一度魔法攻撃にトライするも、結果は同じだった。狼狽する二人に、キャンディスは教育口調で、魔法講義を開始する。


「教えてやるから、覚えていられるなら覚えておくが良い。よいか、治癒魔法とは広く知られているのは、聖魔法や光魔法、水魔法で患部を再生、治癒するのが一般的じゃが、実はもう一つ方法があるのじゃ」


 そこで言葉を切ったキャンディスが、取り囲む二人に魔力を放つ。すると、二人はみるみる若返っていった。


「何をする、こんな事で……、はっ!?」


 老人だった男は、若返って明晰になった頭脳で、ある事に気がつき、ハッとした表情を浮かべた。その表情に、我が意を得たりとキャンディスは講義を再開する。


「気づいたかえ? 時間魔法で患部の時を巻き戻して、負傷や病気を無かった事にする方法も有るのじゃ。これでさっきその方らの攻撃魔法が、不発に終わった理由も理解出来たであろう? では、この魔法を患部だけではなく、全身に施すとどうなるか? 言うまでもあるまい?」


 キャンディスは魔力を強め、二人の時間を刻々と巻き戻して行く。


「やっ、止めろォ! 止めろォ……、止めてぇ! 止め……、えーん、えーん」


 キャンディスは笑みを浮かべて時間を巻き戻し続ける、二人は老人から大人、若者、子供、幼児へと若返って行く、そして……


「オンギャー! オンギャー! オンギャー!」

「あらあら大変、こんな所に捨て子が!? なんて可愛そうに……。誰かー! 誰かいませんかー! こんな所に赤ちゃんがー!」


 偶然捨て子を見つけた風を装い、小芝居を打つキャンディスの姿を見て、クリスロードはボソリと呟く。


「えげつなー」

「おっかないにゃー、若ちゃま……」

「あの魔法は……、恐ろしい……」


 キャンディスの魔法戦闘を目の当たりにしたタバサの二本の尻尾は、逆毛が立って、まるでキツネの尻尾の様に太くなっている。カエデも息を飲み、手をかけていたレンガの塀の一部を握り潰していた。


「言った通りだろう?」


 初老のハンターはウインクしてそう声をかけると、三人組はコクコクと頷いた。


「では、私も殿下の意を汲んで、あの小芝居に付き合うとしよう。君達はもう帰ると良い。ああ、そうだ、君は領主の三男の、クリスロード君だね?」


 腰を上げかけたハンターがクリスロードに、思い出した様に声をかけた。


「はい、そうですけど……」


 虚を突かれ、キョトンとして答えるクリスロードに、ハンターは言葉を続ける。


「帰ったら、カーレイに宜しく伝えてくれないか?」

「父を知っているのですか?」


 聞き返したクリスロードは、ハンターの続く言葉に、今日二度目の驚きを体験した。


「ああ、奴は俺の息子だ。どうしたんだい、お嬢さん。おお、これは大変だ……」


 呆気に取られるクリスロードを背に、ハンターはわざとらしくキャンディスに声をかけて走り出した。その背中をクリスロードは、ポカンと見送るのであった。



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