第11話ゴーレムをこの手に! 初めての冒険

 ゴーレム騒動の翌朝、目覚めたクリスロードは、朝日を浴びて大きく伸びをした。

 身支度を整え、部屋を出る前に、床に広がる羊皮紙を見る。女の子の感性で描かれた、格好良さより可愛らしさが勝ったゴーレムの絵に、感謝の中に幾ばくかの苦笑のエッセンスを含む笑顔を浮かべたクリスロードは、顔をピシャピシャと叩いて昨日の自分と決別した。


「おはようございます」


 食堂に入り、元気よく朝の挨拶をしたクリスロードに、家族全員が安堵の胸を撫で下ろした。


「昨日はごめんなさい、アルディー姉さん、ダルシー姉さん」


 ふさぎ込んでいた昨日の様子とは、打って変わっていつもの明るい姿を取り戻したクリスロードに、姉二人は安堵し、光り溢れ花咲き乱れる様な、極めてわかり易い喜びを表した。


「まぁ、そんな事どうでも良くってよ、クリス」

「元の明るいクリスに戻ってくれて、お姉ちゃん嬉しいわ」


 ずいっ!


「そうだ、元通りのクリスに戻ったお祝いに、今晩はレッドオリザを炊きましょう」

「それは良い考えね、楽しみにしててね、クリス」


 ずいっ!!


「だからお姉ちゃん達に」

「いつもより激しいおはようのチューを頂戴! 」

「「チューーーーーー」」


 ずず、ずいいっ!!!


 口をタコにして、ずいずい迫り来る姉二人をスルーして、クリスロードは次に両親の前に進む。後ろで何かがコケる物音がしたが、おそらくは絶対に気のせいだろうと敢えて無視を決め込んで、クリスロードは両親に謝罪する。


「父上、母上、昨日は御心配をおかけして申し訳有りませんでした」

「まぁ、なんだ、たまにはそう云う事もあるさ、なぁ、母さん」

「ええ、そうね、気にする事ないわ。それより、お腹空いたでしょう、たくさんお食べ」

「はい、ところでヨッヘン兄さんは……?」


 週頭は家で朝食を取ってから、士官学校の早朝点呼に間に合う様に宿舎に戻る次兄ヨッヘンリントの姿が見えない。あれっと思って誰に聞くともなく聞いてみると、怒りまだ冷めやらぬといった面持ちで、二人の姉が眉間に皺を寄せて、口を尖らせてクリスロードの疑問に答える。


「ふん、あの男なら、昨夜のうちに宿舎に逃げ帰ったわよ」

「クリスを泣かせて逃げるなんて、男の風上にもおけないわ」


 端正な顔立ちに、The most of 嫌悪感 な表情を浮かべ、そう吐き捨てる姉妹の姿に思わずため息をつくクリスロード。彼の目には彼女達の口が、ムッとした感情そのものの、カタカナの『ム』の字の形に幻視されていた。


「あんな男がよりにもよって私達の兄だなんて……」

「全く、あんな男は勘当すべきですわ。クリスもそう思うでしょう? 」


 そんな姉二人の物騒な台詞を無視して、食卓に着きながら、さらっと今日の予定を口にする。


「そうですか、では、今日のレッスンが終わったら、士官学校に行ってきます」

「あらまあ、クリスも賛成なのね。……って! 」

「なら早速、準備に取りかからなくっちゃ。……って! 」

「「ええええええええええええ〜〜〜〜〜!! 」」


 一も二もなく自分達の意見に賛成すると、信じて疑わなかった姉二人が素っ頓狂な声をあげて、最愛の弟の顔を見る。


「ええ、ヨッヘン兄さんに、もっとゴーレムの事を教えて貰わなくっちゃ。で、姉さん達、『かんどう』ってなんですか? 」


 顔が近いぞ、姉二人。内心でそう顔を顰めながら、クリスロードは天使の顔で疑問系の表情を浮かべ、次兄への援護射撃を行うと、二人の姉は面白いほどに狼狽えた。


「かんどう……、かんどうって何かしら、私達そんな事言ったかしら、ねえ、ダルシー」

「そうねぇ……何かしら、かんどう……、あぁ、そうそう、私達、クリスの寛大な心に感動したのよ! ねえ、そうよね、アルディー」

「勿論よ、ダルシー」

「「優しいクリスに、チューーーーーーー」」


 力技で誤魔化し、寄り切ろうとするアルドンサ、ダルシネアの背後で、ガチャりと食堂のドアノブが開く音がする、ドアが開かれ、長兄ウィリバルトが食堂に入室した。その姿を認めたクリスロードは、迫り来る二人のヒョットコをうっちゃり歩み寄る。枡席に何かが転がり落ちた様だが、気のせい気のせい。クリスロードは長兄に朝の挨拶と昨日の謝罪をした後に、現在の最大関心事の話題を振る。


「ウィリ兄さん、ウィリ兄さんもゴーレム魔法を使えるのですか? 」

「ああ、勿論だとも。我が領地は、未開発地が多い上に、魔獣の巣窟ポチョムキン大森海と、アマデウス帝国との国境線が有る、開発と領民保護、そして国土防衛に必須だからな」

「凄いなぁ。ウィリ兄さんは、どんなゴーレムを持っているのですか? 」

「私のゴーレムか、うーん、説明するより直に見た方がわかりやすいだろう、今日の午後、ゴーレム操錬場で、士官学校と合同訓練が有る。クリスも見に来るといい」


 元々士官学校にゴーレムを見学に行く予定だったクリスロードは、兄の提案に喜んで飛びついた。そんな理由で、上機嫌のうちにレッスンを終えたクリスロードは、一分一秒すら惜しむ勢いでゴーレム操錬場にやって来た。


「タバサ! こっちこっち! 早く早く!! 」

「若ちゃま、待つんにゃー」


 入場手続きももどかしく、駆け込んで来たクリスロードの目がキラキラと輝いてる。


「うわぁー、すっげー!! 」


 クリスロードは、操錬場に居並ぶ巨大なゴーレム達の姿に息を飲んだ。


「早速来たな、クリス」

「今日はモーリアの男子として、これからどう身を処すべきか、クリスにとっての転機になると……」

「兄貴、固い固い。クリスはまだ六歳なんだぜ! 子供は子供らしく、すげー、かっけーでいいんだよ。なあ、クリス」


 クリスロードの姿を認めた兄二人が駆け寄り、声をかける。厳しく模範的であろうとする長兄と、ざっくばらんで気のいい次兄、どちらも共通しているのは自分に対する掛け値のない愛情だ。前世のジャギとは大違いだと、折に触れクリスロードはその有り難さを感じていた。


「今日は有難うございます、ウィリ兄さん、ヨッヘン兄さん」

「お易い御用だぜ、クリス。これからも遠慮せずに、いつでも来いよ」

「ああ、そうだな、歓迎するぞ、クリス。タバサちゃんもね」

「はい、兄さん」

「はいですにゃ! 若様」


 ウィリバルトの言葉に元気よく答えた二人だが、若干ウィリバルトはタバサの返事に寂しさを感じていた。邪気の無い満面の笑顔で見上げるタバサに、笑顔を返すウィリバルトの瞳には若干力が無い。そんな兄の気分を知ってか知らずか、ヨッヘンリントが肘で小突くと、ウィリバルトの精神は現実に帰還した。


「じゃあ時間だから私達は戻るけど、二人共楽しんでいくと良い」

「はい、兄さん。怪我をしないよう、頑張って」

「おう、かっこいいところ見せてやるから、楽しみにしろよ」


 隊列に戻るウィリバルトの目が、ウルウルと涙目になっている。


「私だけ若様……、私だけ若様……」

「また始まったよ、うざってー」


 ジト目で自分を眺め、呆れた口調でボソリと呟くヨッヘンリントの言葉にも気づく事無く、ウィリバルトはうわ言の様に繰り返す。


「私だけ若様……、私だけ若様……」

「あー、分かった分かった。ほれ列戻れー、怪我すんなよー」


 そう抑揚の無い発音で言いながら、ヨッヘンリントはウィリバルトを列に蹴り込んだ。


 タバサはモーリア家の三兄弟を上から若様、若たま、若ちゃまと呼び分けている。皆『若様』なので分からないと、幼児らしい考えでそう呼び分けているのだ。これはタバサの気鬱が治って以来の事で、三兄弟をはじめ、周りの者は微笑ましく受け止めていたのだが、近年長兄ウィリバルトの心中にさざ波が立ち始めている。

 タバサがそう呼び分けた時、ウィリバルトは『若しゃま』と呼ばれていた。タバサ本人は『若様』と発音していたつもりなのだが、幼児故の舌っ足らずさで『若しゃま』と発音されていたのだ。その呼ばれ方に、そこはかとないくすぐったさに似た喜び『萌え』を感じていたウィリバルトであった。しかし、近年成長著しいタバサの発音が、若しゃまから若様に変化していき、ウィリバルトは彼女の成長を喜びながらも、そこはかとない寂寥を感じていたのだった。


 閑話休題


 ウィリバルトとヨッヘンリントがそれぞれの列に戻り、ゴーレム操錬訓練が開始された。小さい物でも十五メートルはありそうな巨大なゴーレムが、操錬場狭しと動き回る光景は正に圧巻の一言である、クリスロードは瞳を輝かせて見つめていた。


 ゴーレムとは、術者の魔力で創造される使い魔である。高度な錬金魔法で創造し、運用するこの魔法は、魔導師グスタフ・マイリンクを始祖とし、その高弟カレル・チャペックが一般に広めた新しい魔法である。初めは大道芸的なイロモノ扱いだったが、やがてその膂力が認められると未開地の開墾、開発に用いられる様になる。その強力な力に軍やハンターも注目し、国防や大型魔獣の駆除と、今では発展が著しい花形魔法となっていた。ウィリバルトは将来の領地開発と魔獣駆除を目的に魔道士学校でそれを修め、ヨッヘンリントは国防と領地の防衛や治安維持の為に士官学校で学んでいる。


 この日を境に、クリスロードは足繁くゴーレム操錬場を訪れ、一目も漏らすまいと食い入る様に訓練を凝視するのが日課になった。始めはただ「すげー」だったクリスロードだが、次第に中のオッサン新田九朗の面が頭をもたげ、ゴーレム魔導の疑問点問題点を洗い出していく様になる。まず、クリスロードが理解したこの世界のゴーレムは、前世知識のゴーレムとは似て非なる物である事だ。彼の前世知識に有ったゴーレムとは、ユダヤ教のゴーレムであり、予めインプットした単純な命令をこなす存在で、弱点は額に刻まれた『אמת (真理 emeth)』の字で、これからאを削り、『מת (死んだ meth)』とすれば元の土塊に戻る、という物である。

 しかし、この世界のゴーレムは、どうも逐一指示を出して操る必要があるらしい、喩えるならば『魔導巨大ロボット』とでも言う様な物である。巨大なゴーレムとその後方で術者が指示を出す姿は、ビルの谷間でガオーという『28号』や、「ま"」というかけ声がオチャメな『ロボ』を彷彿とさせ、心温まるクリスロードであった。

 心温まる一方でクリスロードは、冷徹にこの世界のゴーレム魔法の弱点を見抜いていく、弱点の一つは、正に心温まる一面の28号或いはロボ的な指示出し法である。巨大なゴーレムを操るには、術者の視点や視界が限られており、ゴーレムの能力を引き出すには全く向かない方法であると看破した。それともう一つは、ゴーレムその物のデザインである。確かに個人個人で違いがあり、個性的なデザインなのだが、クリスロードの目には皆同じ様な形に見えていた。その原因は、どのゴーレムにも肘や膝、腰や首といった可動部分に明確な関節が無い。そのせいなのか動きにスムーズさを欠き、無理矢理動かしている感が否めない、つまり、どうしようもない程のニブチンなのだ。

 これでは開拓、開発に用いるならば目を瞑れるが、戦いに用いるのには、些かならぬ不安が有る。ゴーレム同士の戦いなら兎も角、これでは大型魔獣の駆逐には戦力として全く期待が出来ない、なにより術者が直ぐ後ろで剥き出しというのが気に入らない。相手の攻撃を受けきれず、術者側にゴーレムが押し込まれたり、倒れたりした場合、術者の安全が確保出来ないのは非常に由々しき問題だ。ゴーレム制御に魔力を集中している時に、咄嗟の障壁魔法を張るなど、口で言う程簡単なものでは無い。

 これらの問題を兄二人にぶつけてみると、二人は揃ってうーんと唸り、頭を抱えてしまった。実はクリスロードが提起した疑問は、ゴーレム魔法運用上の問題点として既に挙げられており、その克服が今後の大きな課題とされていたのだ。結局クリスロードに分かった事は、現在この世界でゴーレムは、開発や開拓の大規模な力仕事がメインであり、大型魔獣の駆逐は脅して追い込む勢子としての運用が専らである、という事である。まだゴーレムを戦場に投入した戦争が起きていないため、戦術は確立されてはいないが、もし使われるなら魔導師部隊の攻撃魔法から歩兵を守り、戦線突破をする動く城壁として使われるだろう、との事だ。ゴーレム魔法は確立してからまだ歴史も浅く、手探りで可能性を確認して一歩一歩拡げていくしか無いのだと、そう兄二人は締めくくった。兄達の話を神妙な表情で聞きながらも、クリスロードは内心でほくそ笑む。


 するってぇと何かい、あのデカいゴーレムを活かす術が、勢子と仕寄りしかねえって事ですかい。そいつァ勿体ねぇじゃねえか。はい、はい、分かりやしたよ、要するに活かす術が出来上がっていないってぇ事だ。 こいつァなんと素敵な情況じゃぁねぇかい、全くもう。コイツは誰が何と言ってもオイラの出番じゃねえか! ヨシ、そういう事なら一肌脱いでやろうじゃねえか。オイラこの世界にゃあ一宿一飯の恩義が有るんだ、一肌でも二肌でも脱いでやりますよ、何ならすっぽんぽんにでもなってやろうじゃねえか! そうしなけりゃ、オイラの男が廃るってもんだ! なにしろオイラにゃ腹案が有る、前世で貯めたムダ知識は伊達じゃねえぜ、マジで本当にココだけの話。ほんじゃチョチョイとゴーレムを創造して、手本を見せてやろうじゃねえか、兄貴達驚くぜぇ、きっと。じゃぁポリっと一発……、一発……、あっ、オイラまだゴーレム創成の魔導具持っていねぇ……。畜生、こんな良い時にお預けかい、全くもう!


 そう、クリスロードの中の人、『新田九朗』の頭の中には、明確な問題解決策が出来上がっていた。だからこそ彼は、今現在自分がゴーレム創造魔導具を持っていない事が堪らなく不満だった。だからと言って頂戴下さいと手を伸ばしたところで手に入る訳も無く、それに何処に手を伸ばして良いのやら皆目見当がつかない。悶々として日々を過ごしているうちに、クリスロード七歳の七五三が目前に迫って来た。


 七歳の七五三は、今までの行事とは少し趣きが違う。三歳、五歳の時は、悪霊から目を誤魔化してやり過ごす、という内容だったが、七歳の七五三は武器を取って悪霊を退治する、という内容になる。これはこの世界では五歳までの乳幼児生存率が低く、無事に七歳までに成長したら、あとは事故でも無い限り、ほぼ天寿を全うできる事に由来する。乳幼児の死因は悪霊に起因して、七歳までの生存は神の祝福を受けたと信じられているこの世界では、七歳のこの行事は邪を切り伏せる神事として神聖視されていた。

 七歳の七五三で使う武器は、家族がこっそり用意して、ポチョムキン大森海の外周部に隠し、それを子供が探し出して神事に備えるのだ。これにもしっかりとした理由があり、家族が用意する武器は神の祝福を表し、これをやや危険な場所に隠し見つける事は、生存率の低い危険な時期を冒険に見立て、無事に切り抜けた事を表す。そして神事たる七歳の七五三でそれを振るい悪霊を切り伏せる事を、これからの人生の難事を切り拓く事に模するのである。モーリア辺境伯領では、この『やや危険な場所』に、ポチョムキン大森海の中で、魔獣駆除が粗方済んだ外周部を利用していた。粗方済んだとはいえ、魔獣の巣窟ポチョムキン大森海である、毎日好き勝手に入る事は許されない。毎月前半の二週間程に日程を組み、モーリア辺境伯領騎士団と、ハンターギルド所属のハンターの陰ながらの護衛の元に行われるのだ。この時、子供達は生まれた日を元に班を組み、オリエンテーリング方式で協力して武器を探すのだ。一番先に探し出した班には記念のメダルが贈られ、子供達のモチベーションになっていた。


「これで一等賞はいただきにゃ、若ちゃま」


 古木の根元の窪みから、両親が隠した変わった形の武器を見つけ出したタバサは、クリスロードにそれを掲げて得意気に振って見せた。タバサに両親が贈った武器は、両手にそれぞれはめる左右一対の暗器で、四本の鋭い爪が付いた掌に収まる鉄棒の一端に、ショーテール状の短剣が付いている禍々しいデザインの武器だ。こちらの世界の物に当てはめると、インドの暗殺用の武器『ビチャ・ハウ・バグ・ナウ』に似ているそれは、言うなればタバサの今後の人生の所信表明である。タバサの母親サマンサは、表向きはクロスロード付きの侍女であるが、実際は護衛のシークレットサービスでもある。クリスロードも最近知った事だが、サマンサはエリザベス小飼いの優秀な『くノ一』で、以前から密かにエリザベスの目として耳として働くと共に、護衛として重用されていたのだ。タバサは前世と今世で恩の有るクリスロードに対し、母に倣ってその任に就こうと決めていたのだ。そんなタバサに母親サマンサは、その意気を汲んで、自分の得意武器のそれを贈ったのだ、『これから厳しい修行が始まりますよ、覚悟なさい』との意を込めて。


「流石タバサだね、凄い凄い」


 笑顔でそう返したクリスロードではあるが、先に見つけ出したクリスロードの日本刀とオリハルコンの延べ棒に続き、自分の武器もあっさりと見つけ出したタバサの探知能力の高さに舌を巻いた。話を聞くと、他の班の全員の武器も、全て何処に隠しているか探知済みであるとの事。何でそんな事が出来るのかと聞いたクリスロードに、タバサは一瞬小首を傾げると、笑顔で「わかんにゃい」と答えた。道すがら話を聞いたクリスロードは、この力はどうやら彼女のオッドアイの力に由来する物だろうと辺りをつけた。

 タバサのオッドアイは人のオーラを視認できる、視認したオーラの色でその人の人となりや善意悪意を見抜く事が出来るのは確認済みだ。恐らく今回ずば抜けた探知能力を発揮したのは、その応用で無意識のうちに武器に残る両親の残留思念を読み取っての事だろう。探知範囲が広いのは、二本尻尾の特徴である強大な魔力量と魔力の精密コントロール能力による物だろう。猫人族の歴史の中で、オッドアイ、もしくは二本尻尾で産まれた者は何人かいる、その者達は皆優れた功績を残しており、直近で有名な者は医療魔導師として名を残した先代のタバサがいる。しかしながら、目の前のタバサの様に、オッドアイと二本尻尾の両方を持って産まれた者は神話の時代に遡り、魔導戦士ネコマタの他には居ない。屈託無く笑うタバサにクリスロードは、自分の事を棚に上げ、何そのチート無敵じゃん! と、心の中で目を剥いていた。

 そんなタバサの表情から、不意に笑顔が消えて険しい表情となる。どうしたのかと尋ねようとしたクリスロードを、口に人差し指を当てて制したタバサは、目を閉じて魔力を集中させる。


「何か泣きながら逃げてるにゃ、人間じゃ無いにゃ……、でも助けてって泣いてるにゃ! 」


 人間ではないという事は、今回参加している子供達ではない、そう判断してクリスロードは安堵する。


「追っているのは……、悪意、敵意の塊にゃ、一つ一つは小さいにゃ、でもいっぱい居るにゃ!! 」


 続いての探知に、クリスロードは小型魔獣の群れが補食対象を追って、近くまでやって来たと判断する。となると、一刻も早くゴールして本部会場に戻り、騎士団とハンターに駆除と他の子供達の護衛を依頼しなければならない。


「タバサ、急いで戻ろう!! 」


 そう言って駆け出そうとするクリスロードの袖を握り、タバサは涙目で嫌々をする。


「若ちゃま、それじゃあ間に合わにゃいにゃ、あの子も死んじゃうにゃ!! 」

「でも……」


 縋るような目で見上げるタバサを前に、クリスロードは逡巡する。タバサの言う『あの子』を助ける最善の方法は、やはり大人に報告して排除行動をするのが一番である。大人を最短距離で誘導するには、タバサの力が必要である、しかしそれでは間に合わないと彼女は言う。自分が呼びに行った場合、戻って来た時にタバサを見失う可能性が大だ、それより女の子を一人でそんな危険な状態に留める事は出来ない、家訓にもとる行為だ。では、どうすれば良いのか?


「タバサ、この近くにいる班はどこか分かる? 」

「? 」

「その子達に、大人に知らせに行って貰うんだ! 僕達は泣いてる子を守ろう! 」

「分かったにゃ! 」


 タバサは意識を集中して、一番近くにいる班を探した。


「こっちにゃ、若ちゃま! 」

「よし、行こう! 」


 クリスロードは、タバサの手を取って、彼女が示す方へ駆け出した。


「おーい、君達!! 」


 駆け出した二人は、程なくして五人ほどの男の子達の班を発見し、大声で呼びながら手を振って駆け寄った。五人の班は、自分達を呼ぶ声に気づくと辺りを見回すと、見た事の無い程美しい幼女が二人駆け寄って来るのを見つけた。


「ごめんね、いきなり声をかけて」

「別に、気にするなよ。それより何か用なのか? 」


 クリスロードが笑顔で声をかけると、一番小柄だが目つきの鋭い男の子が緊張気味にそう答えた。


「僕はクリスロード・モーリア、君は? 」

「俺はビッグジョンだ、ビッグジョン・ピーボディ、よろしくな! 」

「よろしく、ビッグジョン」


 クリスロードはビッグジョンの右手を取って握手した、思わず赤面する彼にお構いなしに、真剣な眼差しで彼の手を握り締め、魔獣の接近を伝えると、オリハルコンの延べ棒を手渡した。


「大急ぎで本部に戻って、この事を大人に伝えて欲しいんだ。これを見せて、僕の伝言だと言えば、きっと一番偉い人に、話を聞いて貰えるから」

「それは、うん、分かったけど……お前達はどうするんだ? 」


 ビッグジョンの問いに、クリスロードは答える。


「僕達は、これから魔獣の近くに行って、こっちに来るかどうか見張っている」


 クリスロードの答えにビッグジョンは血相を変える。


「何を馬鹿な事を言ってんだ! 女の子にそんな事させられるか! それは俺達がやるから、お前達が知らせに行くんだ」


 ビッグジョンの勘違いを、クリスロードは今は緊急時とスルーして、両手に魔力を集中する。そして掌の上に光球を二つ浮かべると、手頃な距離に有る大きな岩にめがけて飛ばした。光球が着弾すると、岩は轟音をあげて、木っ端微塵に吹き飛ばされた。ビッグジョン達五人の男の子は、跡形も無く吹き飛ばされた岩の跡と、その向こうに伸びる二条の破壊の痕跡を、口をあんぐりと開けて見つめた。


「……お、おい、あ……、あれ、お前が……」


 泡を食うビッグジョンに、クリスロードは天使の微笑みを向ける。


「うん、僕はこんな事が出来るから大丈夫、だから安心して知らせに行って」


 そう言ってクリスロードは、オリエンテーリングの地図を取り出すと、印をつけてビッグジョンに手渡す。


「僕達はこの辺に居るから、早く知らせてきてね、お願いだよ。君達だけが頼りなんだ」


 君達だけが頼りなんだ


 クリスロードのその言葉に、我に帰ったビッグジョンは顔を真っ赤にして答える。


「お……、おう、分かったぜ。お前達も、絶対危ない事すんなよ! じゃあな!! 」


 そう言うのが早いか、ビッグジョン達五人は、本部に向かって脇目も振らずに駆け出した。


「兄ちゃん兄ちゃん」

「何だ、リトルジョン」


 道中双子の弟で、巨漢のリトルジョンがビッグジョンに声をかける。


「さっきの子の魔法、凄かったね」

「ああ、凄く可愛かったな」


 クリスロードの笑顔が脳裏に焼き付き、うわの空のビッグジョンが、とんちんかんな答えを返す。


「何言ってんだ、兄ちゃん、あの大きな岩を砕いた凄い魔法が、可愛いなんて?」

「あの破壊力は反則だぜ、俺のハートが砕かれちまった」


 噛み合わない会話に、リトルジョンは首を傾げる。


「何の話をしてんだ、兄ちゃん。」

「クリス・ロード・モーリアちゃんか………」

「どうしたんだ、兄ちゃん? ははーん、兄ちゃんさてはさっきの子に一目惚れしちゃったか? 」

「バッ、バカ! リトルジョン! 」


 真っ赤になって否定するビッグジョンをからかう様に、リトルジョンが囃し立てる。


「やっぱりそうなんだ、兄ちゃんすぐ顔に出るからなぁ」

「うるせぇ! さっさと行くぞ! ほらもっとスピード上げて走れ、リトルジョン!! 」


 ビッグジョンはリトルジョンの後ろに回ると、彼の尻を走りながら蹴り上げる。


「痛い、痛いよ兄ちゃん、本当は痛くないけど」

「喧しい、つべこべ言ってないで走れったら走れ!!」

「分かったよ、兄ちゃん」


 この五人は成人後、クリスロードの親衛隊『オリハルコン五騎団』を結成し、国内外に勇名を馳せる事になるが、それは後の話とする。


 さて、五人と別れてクリスロードとタバサが目指すのは、助けを求めて魔獣達から逃げ惑う小動物の許である。二人は身体強化魔法を使い、全速力で目標に向かった。程なくして二人は、魔獣の群れに追われる、一匹のナキトビハナアルキを発見した。


「ナキトビハナアルキ!! 」

「なんにゃ? それ」

「珍獣中の珍獣だよ! 幸運の使者って呼ばれている」


 ナキトビハナアルキとは、鼻行類という哺乳類で、象の仲間に分類され、その中で最も小さい種類とされている。ポチョムキン大森海の固有種で、その中心部に生息が確認される稀少種である。特徴はその名が示す通り、二股に枝別れした長い鼻を足代わりに使って逆立ちし、その鼻で歩行をするのである。ナキトビハナアルキは普段は樹上で生活しており、手足は木の枝を掴んで安定させたり、餌となる木の実を掴んだりするのに使っている。そして強靭な鼻の筋肉を使って木々の間をジャンプして移動するのである。読者諸氏には、長い鼻で逆立ちをした、成猫程度の大きさの栗鼠を想像して頂けるとありがたい。


 追っている魔獣は、コンプソグナトゥスの群れである。この魔獣は、体高三十センチ程度の、最も小型の魔獣として知られている。


「あちゃぁー、まずいのに追われているな……」

「若ちゃま、あれなんにゃ? 」


 顔をしかめるクリスロードに、タバサは不安そうに尋ねる。


「あれはコンプソグナトゥスという魔獣でね、魔獣の中では一番小さい奴なんだけど、もしかしたら一番厄介な奴かも知れない……」


 クリスロードは、領主の息子として受けた教育で得た魔獣の知識から、タバサに簡単にコンプソグナトゥスの説明を始めた。


「頭が良く、俊敏ですばしっこいから、小さいからって舐めてかかると大変な事になるんだ。そして、超音波で連絡を取り合う事が出来るから、捕食対象が厄介となると、近くの仲間を呼び寄せて、あっという間に大軍になって押し寄せてくるんだ。その数の暴力に対応しきれずに、敗走したハンターも沢山居るんだよ」

「トラウマになりそうにゃ」


 ゲンナリとした表情を浮かべるタバサに、クリスロードははげどといった表情で頷き、説明を続ける。


「追いつかれたら身体じゅうに群がられて、生きたまま食われるんだけど、口が小さいものだから、なかなか致命傷にならず、恐怖と苦痛が延々と続くらしい」

「そんなの残酷にゃ! 早くあの子を助けるにゃ! 」


 タバサはクリスロードの話を聞くと、悲痛な顔で飛び出した。


「タバサ! 待って!! 」


 クリスロードの制止も聞かず、タバサは大声で逃げるナキトビハナアルキに呼びかける。


「こっちにゃ~! 早くこっちに来るにゃ~! 」

「ピィーッ!! 」


 タバサの声に気がついたナキトビハナアルキは、一目散に鼻を使ってカンガルーの様にジャンプしながら向かって来た。


「ピィーッ」

「もう大丈夫にゃ! 」


 胸の中に飛び込んできたナキトビハナアルキをしっかりと抱きしめ、タバサはそう言うと強力な障壁魔法を展開して、群がり襲いかかるコンプソグナトゥス達を弾き返す。


「まずいよ、タバサ! 」

「何でにゃ? 」

「コイツらの相手をする時は、デコイ魔法で群れの気を引いて、その隙にこっそり対応しなきゃダメなんだ」

「どうしてにゃ? 」


 不思議そうに見上げるタバサに、クリスロードは頭をさすりながら指を差して答える


「超音波で仲間と連絡を取り合うって言ったろ、ほら」


 クリスロードの差した指の先には、タバサの障壁魔法を打ち破る為に呼び寄せられた、地を埋める数のコンプソグナトゥスがひしめき合っていた。


「にゃぁ……。でも若ちゃまのドッカーン魔法を使えば大丈夫にゃ」


 一瞬マズいと思ったタバサだが、誤魔化し笑いを浮かべてそう言うと、クリスロードはため息混じりに首を左右に振って答える。


「いや、それがそうとも言えないんだ……」

「何でにゃ? 」


 首を傾げるタバサに、クリスロードは続々と集まるコンプソグナトゥスを眺めて答える。


「コイツらには、もう一つ厄介な特徴が有ってね」


 苦々しい表情を浮かべるクリスロードの顔を、タバサは目をぱちくりとさせて見上げている。


「一発で同時に殺さないと、傷口を融合させて群体を形成し、巨大化するんだ」


 流石に魔獣である、その非常識な生態にタバサは青ざめる。クリスロードは魔獣七、地面三という割合でひしめき合うコンプソグナトゥスを眺め、どう対応しようかと思案する。


 流石にこの数相手では、騎士団やハンターの手に余るだろう。下手を打つと返り討ちに合い全滅する恐れがある、最悪スタンピートを起こすきっかけにもなりかねない。それを防ぐには、自分達でこの夥しい数のコンプソグナトゥスを退治するしか無い。それも一回の攻撃で、正確に同時に全部を倒しきらなくてはならない。正面のみ根こそぎなら自信は有るが、この数相手に全方位精密攻撃をやりきる自信が無い……


 所詮オイラは力技しか有りませんよーだ、こんちくしょうめ。イージスシステム魔法とか無いんかい!? あっ、有った!


「ねえ、タバサ、コイツら、今何体いるか分かる? 」

「二千三百七十二体だにゃ! 」


 即答するタバサに、クリスロードは勝機の欠片を見い出した。


「こっちに向かっている個体は有る?」

「無いにゃ! 」


 またしても即答するタバサに、クリスロードは無茶ぶりとも言える、とんでもない提案をする。


「今から、二千三百七十二個のドッカーン魔法を作るから、それを誘導して魔獣達に正確に当てる事は出来る?」

「わかんにゃい、でもやってみるにゃ!」

「よし。じゃあ、いくよ!!」


 両手をタバサの肩に乗せ、クリスロードは例の形成炸薬をイメージし、それを魔獣のサイズに合わせて分割して小型化する。いくら集中力を高めても、バラバラになり霧消してしまいそうなそのイメージを固める為、クリスロードは適当な兵器が無いか、記憶の引き出しを開けてみる。


 気化爆弾、駄目、範囲が広過ぎて、爆発後の二次被害を抑え込むのが困難

 三式弾、駄目、離れた場所に撃ち込むならOKだが、囲まれた状態では最適とは言えない。

 クラスター爆弾、良し、上空に固定してやれば、タバサもコントロールしやすいだろう。禁止条約? 知った事か、ここは異世界だ!!


 クリスロードは、アメリカ軍が使用するCBU-59ロックアイⅡを、保険も含めて十三個イメージした。タバサはクリスロードが上空に作り上げた、十三個の光球を見つめ、両肩から流れ込んでくる魔法のイメージを正確に掴もうと、クリスロードの腕に尻尾を絡め、歯を食いしばって集中する。しかし、いくら強大な魔力の持ち主とはいえ、クリスロードもタバサもまだまだ駆け出しの魔導師である。兄弟でも出来るペアは稀な魔法のシンクロを、障壁魔法を展開しながら行うのはいささか手に余った。


「くぅううううーッ」

「にゃああああーッ」


 歯を食いしばって、必死に魔法をコントロールする二人を、タバサの胸の中でナキトビハナアルキが見上げている。


「ピー」


 ナキトビハナアルキは心配そうな鳴き声をあげると、タバサの腕の中から這い出して肩に移動し、そして付け根から二本に枝分かれした鼻を、それぞれクリスロードの腕とタバサの尻尾に絡ませる。


「ピィーっ! 」


 ナキトビハナアルキは一際甲高い鳴き声をあげて発光した。眩い光に包まれたクリスロードとタバサの間に、ナキトビハナアルキを仲介した魔力回路が開かれた。その瞬間、魔力負荷が消え、肉体的精神的にクリーンな状態になった二人は、同時に魔獣を殲滅する魔法の力を解放した。


「吹き飛べぇーっ! 」

「行っくにゃぁーっ! 」


 クリスロードとタバサの同時の掛け声と共に、魔導クラスター爆弾は炸裂し、正確に誘導されて魔獣達の命を刈り取った。


「やったぁ〜」

「にゃあ〜」


 安心してへたり込む二人だったが、ナキトビハナアルキは警戒を崩さず、折り重なるコンプソグナトゥスの死体を見つめている。


 ズリッ……


 ナキトビハナアルキは、一体の死体が動いた様に見えた。


 ズリッ……


 もう一度目を凝らして確認すると、やっぱり気のせいでは無い。


「ピィーっ!」


 最大級の警告の鳴き声をあげるナキトビハナアルキに驚いたクリスロードとタバサが周囲を確認すると、同時に倒しきったはずのコンプソグナトゥスの死体がズリッ、ズリッと這いずって、近くの死体の傷口を合わせて融合しているのを確認した。


「そんにゃあ……」


 落胆するタバサを抱きしめ、クリスロードは笑顔で励ます。


「いや、考え様によっちゃ、これは好都合だ」

「何で好都合にゃ? あんなにでっかいにゃ! 」


 巨大な群体に融合し、吼えるコンプソグナトゥスを前に、クリスロードは不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。


「これでお終いだからね、一対一なら負けないよ! 」


 そう言うと、クリスロードは特大の魔導形成炸薬弾のイメージを開始した。実際ハンターや騎士団も、コンプソグナトゥスの数を持て余した時は、わざと融合させて、手頃な数と大きさにしてから狩る手法を取っている。これはその特大バージョンだ、そう考えたクリスロードだったが、不意に彼を深い倦怠感が襲う。


「!! 」

「どうしたんにゃ! 若ちゃま!? 」


 急に倒れ込むクリスロードに駆け寄り、障壁魔法を展開するタバサも、同様に深い倦怠感に囚われ、気を失ってしまった。二人は初めてチャレンジした魔法のシンクロの影響で、魔力を枯渇させてしまったのだ。


「ピィイイイッ!! 」


 ナキトビハナアルキがクリスロードとタバサの許にやって来て、鼻をすり寄せたり顔を舐めたりして気を付かせようとした。その甲斐有ってか、クリスロードは気だるそうに瞼を開け、そして力無く手を動かしてナキトビハナアルキを追い払う。


「早く……、お逃げ……」


 最後の気力を振り絞って、クリスロードはそう言うと、再び意識を失った。その瞬間、彼はカメレオンメタリックレッドに耀く巨人の姿を見た様な気がした。


「あ〜あ、あれ、欲しかったなぁ〜」


 クリスロードの意識は、暗い淵の中へと落ちて行った。


 おー、また死んじまったよ、俺……。老衰でベッドの上で眠る様に死ぬ予定が……


 空間をふわふわ漂う浮遊感に、新田九朗はそう判断した。彼は胡座をかいて空中に座り「私は泣いています、ベッドから落ちて♪」と、碌でもない替え歌を歌いながら頭をかいて辺りを見回した。すると、オッドアイと二本尻尾が特徴的な、錆柄の子猫がやって来て、彼の膝の上で丸くなった。


「おじちゃん、あの子はどうなったかにゃ? 」


 子猫が直接頭の中に話しかけてきた。九朗は子猫の頭を撫でながら、自嘲的な笑みを浮かべて子猫に答える。


「分からない、助かっていたらいいな……」

「そうかにゃ……、悔しいにゃ……」

「ああ、悔しいな……」


 あの状況では、恐らく助かってはいまい、そう判断した二人はがっくりと肩を落とした、すると……


 大丈夫。無事、助かっていますよ。


 二人の頭の中に、誰かの声が響く。はっとして顔を見合わせると同時に、二人は急速な落下感を感じ、悲鳴をあげて落ちて行った。


「「!? 」」


 二人が同時に目を覚ますと、そこは天国でも別世界でもなく、さっき倒れたポチョムキン大森海の中だった。驚いて顔を見合わせると、二人は新田九朗でも錆柄の子猫でもなく、クリスロードとタバサであった。


「目が覚めた様ですね、勇気ある子供よ」


 はっとした二人は、声のした方に顔を向けると、そこには金色に輝く巨大な龍の姿が有った。龍は一際眩しく輝くと、中性的な人間の姿に変身して二人に歩み寄り、深々と頭を下げた。


「勇気ある子供達よ、此度は我が眷族の窮地を救っていただき、深く感謝致します。その際命の危険に晒された事、合わせてお詫び申し上げる」


 きょとんとして見上げるクリスロードとタバサに、龍は一瞬頭上に『?』を浮かべたが、二人の思考を読み取り破顔する。


「妾は善女龍王、清龍権現とも云う。この世界を統べる神獣である」


 微笑んで自己紹介した善女龍王に、クリスロードは恐る恐る質問する。


「あのぉ、僕達、生きているんですか? 」


 タバサの肩を抱き、しっかりと手を握って問いかけるクリスロードに、善女龍王は優しく頷いて答える。


「ええ、すんでの所で間に合いました。大丈夫、生きていますよ」


 その言葉に二人は安堵のため息をついた、そしてクリスロードは頭を下げる。


「こちらこそ、助けてもらってありがとうございます」

「ありがとうございますにゃ」


 鯱張って下げた二人の頭を、善女龍王は優しく撫でながら首を左右に振った。


「いえ、礼には及びません。我が眷族を救ってくれたのですから、当然の事です」


 その言葉と、頭を撫でられる心地良さに、クリスロードとタバサは目合わせて微笑みあった。


「ピィーっ」


 嬉しそうに鳴きながら、ナキトビハナアルキがタバサの胸に飛び込んで、頭を顔に擦り寄る。その姿を見たクリスロードは、顔をほころばせてナキトビハナアルキの頭を撫でながら、浮かんだ疑問を善女龍王に聞いてみる事にした。


「ポチョムキン大森海は魔獣の巣窟と僕達は聞いていますが、何故神獣の貴女がいるのですか? 」


 クリスロードの言葉に深く頷いて善女龍王はその疑問に答える。その内容は要約するとこうなる。

 ポチョムキン大森海は魔獣の巣窟ではなく、その中心部は神域であり、森全体も本来は神聖な場所である。そして魔獣達も、元を正せば神獣であり、人間達の負の感情を取り込み過ぎて闇堕ちした存在なのだという。

 神域であるポチョムキン大森海の目的は、人々の負の感情を集めて浄化する事にあり、その過程で負の感情に当てられ過ぎた、外縁部に住む霊力の弱い一部の神獣が闇堕ちして魔獣化するのだと云う。

 そうして生まれた魔獣はごく少数であり、生殖機能が喪われているので、一代限りで消えていくか、長生きしても神獣に退治されるかハンターに狩られるかで、巣窟と呼ばれるほど個体数が増える事が無いのが本来の姿である。しかし人間の中にそのメカニズムを知った者が現れた様子で、五百年程前から誕生と滅亡のバランスが崩れて来ており、とうとうポチョムキ大森海は魔獣の巣窟と呼ばれるに至ったのだという。今回の出来事も、偶発的に起こったのではなく、人為的に起こされた形跡 魔導によるゆらぎ が有り、それを感知した善女龍王がこうして駆けつけたのだという。


 それを聞いたクリスロードは口をへの字に曲げてこう思った。


 全く、いつでも何処の世界でも、我欲に溺れた人間てえのはロクなことをしねええな。


 そんなクリスロードとタバサの頭の中に、善女龍王が語りかける。


「勇気ある子供達よ、汝らにお願いがあります」


 来たよ来たよ! 異世界転移転生のお約束イベントが!!


「この事実を、人間達の間に広く伝えて下さい」


 続く善女龍王の言葉に、クリスロードの心は激しくずっこけた。


「えっ? それだけで良いの!? 」


 聞き返すクリスロードに、善女龍王は首を傾げる。


「それだけでとは? 」

「いや、だからですね、元凶を取り除けとか、魔王的な存在を滅ぼせとか、そんなアレじゃないの? 」


 クリスロードの言葉に、善女龍王は可笑しそうに声をあげて笑いだした。


「ええ、良いんですよ。そんな事をしても、第二第三の元凶が現れるだけです。それよりも、ゆっくりで良いから、人間の善意が広く世界に浸透する方が有益なのです。それに……」


 善女龍王は、会心の悪戯を決めた少女の様に、その笑顔の質を変えて言葉を続ける。


「貴方は、ベッドの上で、老衰で眠る様に死にたいのでしょう? 」


 あちゃあと舌を出し、思わず首を竦めて頭をかいたクリスロードに、それを見て顔を顰め肘で小突くタバサ。二人の仕草に、善女龍王はクスリと笑って話を続ける。


「そうなる様に、あなた達に、私から贈り物をしましょう」


 善女龍王が差し伸べた手元から、紅く光る光球が二つ現れ、クリスロードとタバサの元にふわふわと飛んできた。


「にゃにゃにゃ? 」

「これは……」


 クリスロードとタバサは、目の前に浮かぶ紅い光球に触れると、光球は弾けてアイテムとなる。アイテムはクリスロードに二つ、タバサには一つだった。二人は手にしたアイテムと、善女龍王を交互に目をぱちくりとさせて見つめた。


「二人は己の善意を行使する時、自らの生命すら顧みない傾向が有る様です、このままでは天寿を全うするのは難しいでしょう。今渡したアイテムは、そんなあなた達が望む、天寿を全うする為の大きな手助けとなるでしょう」

「ありがとう、善女龍王様」

「ありがとうにゃ」


 深々と頭を下げるクリスロードとタバサに、善女龍王はにっこりと微笑む。


「それから、記憶と感情の違和感を収合させる為、前世と今世の魂を同期しておきました。クリスロード、あなたには特に必要でしょう? 」

「うへぇ、左様でございますぅ〜」


 転生してからこっち、乳児プレイ幼児プレイに辟易としていたクリスロードは、それ故の数々の失態(黒歴史)を思い出し、一瞬顔を顰めるが、すぐに神妙な面持ちで謝意を表す。


「さて、私が時間を止めていられるのもあと僅かです、此度はこれまでにしておきましょう。ではまた、いずれ……」


 そう言うと善女龍王は、眩い光りを放ちながら、溶ける様に消えて行った。


「ほえええええ……」

「ふにゃあああ……」


 惚けてぺたりと座り込むクリスロードとタバサに、ナキトビハナアルキが「ピィーっ」と鳴き声をあげながら見上げ、さっきまでの出来事が夢ではなかった事を実感させた。


「帰ろうか?」

「だにゃ」


 クリスロードとタバサが立ち上がって土を払うと、遠くの方から二人を呼ぶ声が聞こえてきた。声の方向を見ると、そこにはクリスロードの父親にして、モーリア辺境領領主カーレイと、タバサの父親ダーリンが先頭に先駆け、騎士団とハンターを率いてやって来る姿が見える。他にも母親であるエリザベスとサマンサに、兄ウィリバルトとヨッヘンリント、姉アルドンサとダルシネアが血相を変え手綱を操り、馬を走らせ向かって来るのが見えた。


「おーい! 」

「こっちにゃー! 」


 二人は大声をあげて、手を振って居場所を知らせるが、ちびっ子故に皆は見つけあぐねていた。ならばとクリスロードは特大の魔法信号弾を打ち上げると、長兄ウィリバルトがいち早くそれに気付き「あそこだ! 」と指をさす。そして一行は信号弾に向かって手綱を扱き、馬に鞭を入れて全速力で二人の元にやって来た。


「父上! 」

「パパ! 」


 馬を降りた二人の父親達は、駆け寄る二人の愛し子の無事を確認し、安堵の表情を浮かべたが、それは束の間だった。カーレイとダーリンは、クリスロードとタバサの背後に有る物体を見るや、みるみるうちに表情を強ばらせていった。その様子に何事かと振り返り、父親の視線の先に有ろう物体を確認したクリスロードとタバサの顔から血の気が引く。


「こりゃあコンプソグナトゥスの魔石だな」


 馬を降りて、二人の背後の物体を一撫でして確認したヨッヘンリントが、呆れた表情でそう呟くと、ウィリバルトが眉間に皺を寄せて後に続く。


「この大きさに群体融合するとは……、元の数は五百や千ではすまされんぞ、一体どうやって倒したんだ? 」


 それを聞いたエリザベス、サマンサ、アルドンサ、そしてダルシネアの四人が卒倒した。


 ヤバい、気が抜けて証拠隠滅忘れてたと顔を見合わせたクリスロードとタバサは、背後に感じるただならぬ気配に、恐る恐る振り向くと。


「クゥリィスゥロォドォ〜!! 」

「タァバァサァ〜!! 」


 鬼の表情でカーレイとダーリンが我が子の名前を呼ぶ、その声音に並々ならぬ恐怖を感じたクリスロードとタバサは、回れ右して逃げ出そうとした。しかしながら、そうはさせじと腕を伸ばした父親二人にむんずと首根っこを捕えられ、それはもうこの上ない程しっかりと膝の上に、うつ伏せに組み敷かれてしまった。


「クリス! お前という奴は本当に! どれだけ家族に心配をかけたら気が済むんだ! 」


 カーレイの厳しい叱責の言葉とともに、クリスロードのズボンが下ろされ、尻が剥かれる。


「タバサ! こんな時、お前は若様をお止めしなければならないというのに、いつもいつも一緒になって! 」


 ダーリンの厳しい叱責の言葉とともに、今度はタバサのお尻が剥かれた。


「一体私達がどれほど心配したのか、お前には分かっているのか! 」


 ピシィッ!!


 カーレイの平手が高々と振り上げられ、勢いよくクリスロードの尻を打つ。


「お前にもしもの事があったらと、パパもママも気が狂う程心配したんだぞ! 」


 ピシィッ!!


 ダーリンの平手が高々と振り上げられ、勢いよくタバサの尻を打つ。


「痛いっ! 父上、ごめんなさい! 」

「痛いにゃ! パパ、ごめんにゃさい! 」


 何度も何度も叱りの言葉とともに、お尻に叩きつけられる愛のムチ、それは次第に力を失い、叱りの言葉も嗚咽が混じり、発音が不明瞭になっていった。


「良かった! 本当に無事で良かった……」

「お願いだから、もうこんな危ない事はしないでおくれ……」


 自分をしっかりと、そして優しく抱きしめて泣く父親の温もりに、この世界にそしてこの家族の一員に転生した事の幸せを噛み締めるクリスロードとタバサであった。


 さて、そんな出来事があってから数日後、クリスロードとタバサは無事に七歳の七五三の神事の日を迎えた。この日は二人だけではなく、同じ誕生月の子供達が一緒に集められ開催された。領主城地域では、コロッセオを会場に行われ、悪霊役は士官学校生徒と魔導学院生徒の有志が演じる事となっており、当然の如くウィリバルト、ヨッヘンリント、アルドンサ、ダルシネアの四名はノリノリで参加している事は言うまでもない。


「やい、ちびっ子ネコ娘、頭からガリガリ齧って食べてやるから、覚悟なさい! 」

「あらまぁ、怖くて足が竦んでいるようね、ママの元に逃げ帰っても宜しくてよ」


 悪霊役に扮装してノリまくる、アルドンサとダルシネアの演技過剰なその姿に、タバサは内心ゲンナリしてため息をつく。


「お姉ちゃん達、ノリノリ過ぎて、こっちが恥ずかしいにゃ。こうなったら、さっさと終わらせてバイバイするにゃ」


 タバサは左右の腰のホルスターに納められた『ビチャ・ハウ・バグ・ナウ』を引き抜くと、器用にクルクルと回して両手に構える。その所作の美しさに一瞬心を奪われたアルドンサとダルシネアは、「あのタバサちゃんが、よくもここまで……」と、悪霊の着ぐるみの下でそっと涙を浮かべた。タバサの勇姿に感動していたのは、相対する二人だけではなかった、その想いを一層強く胸に抱いてサマンサ、ダーリン夫婦が父兄席からタバサを見つめている。


「あなた、タバサがあんなに立派に……」

「そうだね……、よくここまで……」


 二人はかつて気鬱の病で臥せっていたタバサの晴れ姿を、手を取り合って目に涙を浮かべて見つめていた。


「タバサ、しっかり~! 」

「頑張れ~! 」


 両親の声援に、気恥ずかしさと嬉しさの感情がごちゃ混ぜになり、早く終わらせようと思う一方、カッコいい所を見せようという相反する気持ちを抱いた。その気持ちは、タバサに『派手な大技での一発勝負』という戦術を選択させる。タバサは気合いと共にアルドンサ、ダルシネアに駆け向かう。


「にゃあああああああああああーッ!! 」

「まぁ、生意気に向かって来ますのね」

「返り討ちにして差し上げますわ」


 向かって来るタバサに、細剣を構えるアルドンサとダルシネアは目を疑った。


「にゃッ!! 」

「「嘘……」」


 タバサは走りながら高速で左右に小刻みでステップを踏むと、会場からどよめきの声があがる。その姿は会場の者全ての目に『分身』している様に見えていた。


「にゃあああっ!! 」


 分身したタバサは、同時にアルドンサとダルシネアに斬りかかる。


「なかなかおやりになる様ね」

「でも、まだまだですわよ」


 内心で冷や汗をかきながらも、余裕の口調で細剣を捌き、タバサを弾き返したアルドンサとダルシネアは、さらに信じられない光景を目の当たりにして、着ぐるみの下であんぐりと口を開けていた。弾き返した事で、分身が解かれると思っていたタバサが、なんとさらに分身したのだ。


「「!! 」」


 四人に分身したタバサは、四方に散りアルドンサとダルシネアを正方形に結界魔法で取り囲むと、空中高くジャンプして一体に戻る、そして気合いと魔力を全身にみなぎらせた、両手に装備するビチャ・ハウ・バグ・ナウの爪部分が赤く発光して魔法の刃が伸びる。


「うにゃぁあああっ!! 」


 気合い一閃、タバサは猛スピードで、上空から飛び下り地面に魔法の刃を叩きつける。その衝撃で会場は轟音に包まれ揺らいだが、タバサが張った結界に守られ、被害は皆無だった。


「お姉ちゃん達、今にゃ」


 規格外の魔法戦法に度肝を抜かれ、茫然自失で立ち尽くすアルドンサとダルシネアに、タバサがそっと囁く。


「「はっ! 」」


 足元で技の残心を決めながら、笑顔で見上げるタバサの言葉で我に返る二人。


「「ぐああああっ!! やーらーれーたー!! 」」


 演技過剰なやられアクションで、控え室に戻るアルドンサとダルシネアを見送ると、タバサは父兄席の両親に向かって手を振って控え室に向かった。


「タバサ、凄い魔法だったね」

「ありがとうにゃ、若ちゃまも頑張るにゃ」


 途中すれ違ったクリスロードに笑顔でエールを贈り、その背中を見送るタバサだった。



「ウィリ兄さんもヨッヘン兄さんも張り切ってるなぁ、これじゃあ誰の七五三なのか分からないよ」


  会場の真ん中に巨大なゴーレムを操り、デモンストレーションを行う二人の兄の姿に苦笑したクリスロードは、入り口手前で立ち止まると一度大きな深呼吸をした。


「さて、じゃあ行きますか」


 クリスロードはニヤリと笑うと、首にかかったペンダントの鎖を引っ張り、胸の服の合わせから引き出した。ペンダントにはカメレオンメタリックレッドに輝く、小さな笛がついていた。クリスロードは引き出した笛を口に咥えると、静かに息を吹き込んだ。


「お、笛か? 」


 突然鳴り響く場違いな笛の音に、会場はざわめき出した。貴賓席に座るカーレイ、エリザベスの夫婦も、狐につままれた様な顔つきで見つめ合う。


「なぁヨッヘン、あんな所に椅子なんか有ったか? 」


 ウィリバルトが指をさす先、会場の中央部に、気が付かないうちに椅子が置いてあった。


「さて? 見たことない椅子だな。係員片付け忘れたのかな? 」


 二人は眼前の、見たことの無いデザインの、車のシート状の椅子を怪訝そうな目で見る。二人が椅子をどかそうと、会場設営のの係員に目を向けた時、入場口から椅子に向かって駆け込むクリスロードの姿が有った。


「おい、クリス、今その邪魔な椅子を退かすから、一寸待ってろ」

「ダメですよ、兄さん。これは僕の大事な相棒なんですから」

「相棒?」

「何だ、そりゃ?」


 クリスロードの言葉に、ウィリバルトとヨッヘンリントは、顔を見合わせて首を捻る。


「見てて下さい、兄さん達」


 クリスロードはそう言って椅子に座ると、団子に結った髪から髪飾りを引き抜いて魔力を込める。髪飾りは一基のギタールとなり、クリスロードに構えられた。


「♪~」


 静かに目を閉じてクリスロードがギタールでパワーコードを掻き鳴らすと、椅子を中心に地面が揺れて激しく魔法放電を起こしながら隆起を始める。


「まさか……、クリス……」

「マジかよ……、嘘だろ、おい……」


 目の前の出来事が信じられずに、思わず呻き声をあげるウィリバルトとヨッヘンリント。しかし、今起こっているこの出来事は、夢でも幻でもなかった。隆起した地面は、魔力放電をしながら収束して、巨大な人型を形成していく。先程のタバサの魔法戦闘を見て、もう大抵の事では驚かないぞと高を括っていた観客も、揃って言葉を失った。


「兄さん達、行きますよ!」


 躍動するカメレオンメタリックレッドに輝く巨人の頭部で、シートに座るクリスロードが、屈託の無い笑顔で兄達を見下ろす。クリスロードは今この瞬間、この世界におけるゴーレム魔導に一大変革をもたらした。





 七歳の七五三の神事を終えた後、モーリア家では合同出産で一緒になり、以降家族同然の付き合いとなっているスチーブンス家の家族を招き、共に産まれた子供が無事に七歳に成長した事を祝って、ささやかなパーティーを開かれていた。


「ゴーレムの後ろで指示を出すのではなく、直接乗り込んで操る手法は一度は誰もが考えるのだが……、鞍を装備したゴーレムを創成するというのは盲点だった」

「馬を操る要領でゴーレムを操作する……か、一体感を掴めば動きの鈍さは格段に解消されるとは考えてもみなかったぜ」


 神事で自らのゴーレムをあっさりと粉砕されたウィリバルトとヨッヘンリントは、それを行ったクリスロードの手法を反芻し、頷きながらその有用性を素直に認めつつも、どうにも腑に落ちない疑問を口にする。


「しかしクリス、お前どうやってゴーレム創成の魔導具を手にいれたんだ? 」

「ああ、俺達が隠したオリハルコンを加工しても、こんな短時間では完成しないだろう」

「それにあのゴーレムの色から察するに、あれはオリハルコンではなくヒヒイロカネだな? 」

「おう、あんな稀少金属、いつ、どこで見つけたんだ? 」


 ヒヒイロカネとはこの世界に存在する、魔導金属の一種である。数多有る魔導金属のなかで、最も高級な物はクリスロードの家族が今回彼に与えたオリハルコン、その他にミスリル、アダマンタイトと、今ウィリバルトが口にしたヒヒイロカネがある。オリハルコン、ミスリル、アダマンタイトは、魔力伝導率、魔力変換率、魔力増幅率にそれぞれ一長一短が有り、使用者の好みで評価が別れ、一概にどれが優れていると明確に言えないのだが、ヒヒイロカネは違った。ヒヒイロカネはこれら三種の魔導金属の長所を兼ね備えると共に、使用者の魔力に応じ、その能力を増大させる性質を持つ最高級品なのだ。豆粒大の大きさでも、小国が一国買えると称される魔導金属の王ヒヒイロカネ、そんな稀少金属をゴーレム創成魔導具として持つに至った経緯を、家族が疑問に思うのは当然の事だった。

 兄二人の問いに、クリスロードはタバサと目を合わせ、意を決した表情で頷き合うと、神妙な面持ちで家族達にポチョムキン大森海で体験した善女龍王との出会いの経緯と、彼女から伝えられたポチョムキン大森海の真の役割、魔獣誕生のメカニズムとそれが人為的に崩されている現状を伝えた。そしてゴーレム創成の魔導具はその時善女龍王から授けられた、ヒヒイロカネ製の三つの神器の一つだと答え、他の二つと共に改めて家族の前に提示した。クリスロードが授けられたのは、ゴーレム創成の小笛と、トレモロユニットの付いたギタールのブリッジである。ブリッジは強大な魔力量と魔法力を持つ故に、繊細な魔法感受性とイメージ力を持ちながらも、力業に偏りがちなクリスロードの魔法運用を矯正し、コントロールする為の道具である。前世で培った彼のギターテクは大胆でありながらも繊細で巧緻、それを魔法に活かす為のアイテムとしてもたらされた。タバサが授けられたのは、猫の首輪型のチョーカーである、彼女は前世で拾われた兄弟猫が会いに来たときに目にした、御主人様からもらったという鈴の音軽やかで綺麗な首輪をとても羨ましく思っていた。そんな彼女の記憶と思考を読んだ善女龍王は、クリスロードとの魔法のシンクロを容易にするアイテムとしてこれを授けたのだ。ちなみにタバサが与えられたチョーカーには、クリスロードから贈られたオリハルコンの鈴がついている。このオリハルコンは、ポチョムキン大森海で一緒に探したあのオリハルコンの一部である。あの五人組がスムーズに魔獣発生の報告を上げる為の勘合符として預けたオリハルコンの延べ板は、あの後六等分に分け、六分の五を五人組にお礼として渡し、残りをクリスロードとタバサで分けたのだ。それをクリスロードは自分の分をトレモロアームに、タバサの分をチョーカーの鈴に加工たのだった。

 クリスロードとタバサの報告を聞いたカーレイの顔は、父親から領主の顔へと変わり渋面を浮かべた。しかし、直ぐに父親の顔に戻すと、やや沈んだ不安な空気を吹き飛ばす様に、陽気な笑顔を浮かべた。


「うむ、その事は今後よく検討して対応策を練ろう、さしあたってはポチョムキン大森海の巡回警備を密にする事と、間諜を放って重点的に情報収集を行うとしよう。さて、この話は今はこれまでとしよう、今日はクリスとタバサの目出度い節目の日だ、さあ、楽しく祝おうではないか」


 こうして楽しいパーティーは再開され、皆心行くまで宴を楽しんだのだった。



 クリスロード達がパーティーを楽しんでいる同刻、ポチョムキン大森海の中の魔素の濃い場所の中で、一際高い一本の木の枝に、遠くのモーリア辺境伯居城、パウエル城を眺める不気味なカラスが三羽がとまっていた。


「やはり、あの二人は危険だ」

「うむ、我が国を仇なす存在になるやも知れん」

「早急に対策を練るべきだろう」

「成人前にけりをつけたいな」


 三羽のうちの二羽が、しきりに『二人』の脅威を恐れて剣呑な事を口にする。しかし、もう一羽は、他の二羽とは対照的に、楽観論を口にした。


「そうですかねぇ、私にゃ魔力のデカいだけの、常識的な分別のついた子供にしか見えませんがねぇ」

「何を言うか、その魔力量の大きさが脅威なのだ!」

「ああ、そうだ。あの魔力が我が方に向けられる事を想像すると、不安で仕方ないわい」


 しきりに怯える二羽のカラスに、もう一羽のカラスが呆れた様に苦言を呈する。


「だからといって、何でも荒事に頼るのはどうかと思いますがね。まさかお二人は五十年前の、黒死病の悪夢を忘れちゃいないですよね」


 茶化す様なその口調に、一羽のカラスが激昂する。


「黙らっしゃい! 若輩者の分際で!」

「まぁ落ち着け、こやつもこういう年頃なのよ、目くじらを立てる程の事では無い。それよりも……」

「ああ、今回のコンプソグナトゥスの失敗で、我等も多くの物を失った」

「うむ、再び時に備える為、一度引いて準備を整えるべきだな」

「左様、周到に周到にその準備を整えるのだ、徹底的に」

「徹底的に」


 二羽のカラスはそう言うと、顔を見合わせて不気味な含み笑いを浮かべて飛び立った。もう一羽のカラスはそんな二羽から一歩引き、哀れむ様な呆れる様な表情で二羽の話を聞いていた。そうとは気づかない二羽のカラスは、枝に残った一羽を振り返り、声をかける。


「おい、何をしておる」

「我等の話を聞いておらなんだか、さっさと帰るぞ」


 苛立たしげに言い捨てて、飛び去る二羽の背中を見つめ、ため息をついて最後の一羽が飛び立った。


「さてさて、張り切るのは構いませんが、せいぜい薮蛇にならない様に、注意して下さいよ」


 三羽のカラスは、ポチョムキン大森海を後に飛び去った、その方向は大陸最強の魔導軍事国家、アマデウス帝国の有る方向だった。

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