Ⅴ
Ⅴ 新築計画
小学五年生の夏。
夏休みが目前に迫った小学校は、子供達の活気で溢れかえっていた。
授業が終わり、わっとにぎやかになる教室。タカヒロが、ランドセルの中に入っている紙袋を押し退けながら、教科書とノートをしまっていると、友達数人が近づいてきた。
「タカヒロー、授業も終わったし校庭で野球しようぜ」
「いや、いいよ」
タカヒロは、あっさりと断った。
「ちぇ、またあの空き地に一人で行くのかよ」
「あんな所より、校庭とかコアラ公園のほうが遊び道具が多いのにさー」
今まで放課後をハルガと過ごさなかった日は無かった。もちろん、今日もそのつもりだ。早くいつもの空き地に行って、ハルガと遊びたい。
「やっぱこいつ誘うのやめようぜ、別のやつにしよう」
聞き流しながら、ゆっくりと席から立ったときだった。まるで自分の名前が呼ばれたみたいに、後ろからはっきりと声が聞こえた。
「そういやあの空き地、家が建つらしいぜ」
タカヒロは驚いて、振り返った。タカヒロの真剣な様子に、その言葉を言った友達が、ぎょっと後退りする。
「それ、本当か?」
「ああ、うちのお父さん、ふどうさんのしごとをしてるから、聞いた――」
タカヒロは、言い終わるのを待たずに、教室から飛び出した。ランドセルを、机に置いたままで。
廊下を全力で走って、階段を二つ飛ばしで降り、下校途中の小学生達の間を抜けて、赤信号の横断歩道を無理に突っ切る。クラクションの音が鳴っていたが、そんなのは気にならなかった。さらにスピードを上げて、空き地へと向かう。
急げ。もっと、急がないと。
息があがっているのは、走っているせいではなかった。
もやもやとした不安と焦りが、胸の中に膨らんでいく。
タカヒロが空き地に着いたときには、すでに何人かの大人達がいた。入口には、昨日までは無かったはずの黄色いテープが貼ってある。
タカヒロは息を切らしながら、そのテープを潜り、原っぱの中に入り込んだ。大人達が驚いたように、タカヒロに目を向ける。
「あ、この子供です、いつもここで遊んでいるのは」
息を整えながら顔を上げると、そこには白いランニングシャツを着た隣の家のおじさんがいた。おじさんの周りには、スーツを着た男達が、三人。その中でも一番背が高い男が、おじさんの声に反応して、タカヒロにゆっくりと近づいてきた。
「まったく、親のしつけというか管理がなってないんでしょうなあ。そんなに遊びたいのなら、公園にでも行けばいいんだ。ここをどこと勘違いしているんだ。人様の土地――」
「分かりました、少し黙っていて下さい」
長身のスーツ姿の男は、手をおじさんの前に出した。するとおじさんは、まだ言いたいことがあったのか、もにょもにょと言いながら引き下がった。
長身の男は、タカヒロに向き直ると、もう一歩近づいた。そして、無表情のまま、口を開いた。
男の革靴の底には、一輪のタンポポの花が踏みつけられていた。
「君がどこの子供か知らないけど、この土地は売却されたんだ。今は登録上、高井戸タカイド家の土地になっている。だから君がここに立ち入るのは、不法侵入なんだよ。分かるかな?」
タカヒロは、きょとんとした顔で聞いていた。
「うん、分かっているみたいだね。ここに家が建つのか店が建つのかは私は知らないが、自分の家に他の人が入ったら、嫌だろう? つまり、そういうことだ。早く、出て行きなさい」
「いやだ」
タカヒロは、思いっきりあっかんべーをした。
「ここはオレとハルガの場所だ。あんた達こそ出て行けよ!」
長身の男は、すっと目を細めた。もしかしたら殴られるかもしれない。そう思ったが、男は両手を広げると、振り返って隣の家のおじさんと話し始めた。
「この子の親はどこですか? ご両親に直接話を付けたいのですが」
「いえ、名前すらも知りません。時々春が来るだの来ないだのと言っているのですが、それが本人の名前とは思えませんし……」
「なるほど、なかなか頭の良い子供だ。名前を見ようと思いましたが、ランドセルも持ってないときたもんだ」
長身の男は、タカヒロを一瞥した。そして、側にいた二人のスーツ姿の男達を呼ぶと、軽く言葉を交わし、原っぱの外へと歩き出した。
道路の脇には高級車が停まっていて、スーツ姿の男達はそのまま車に乗り込むと、あっという間に走り去った。一人取り残されたおじさんは、タカヒロを怨めしそうに横目で見ると、すごすごと家の中に入っていった。
よくわからなかったけど、助かったみたいだ。草の上に腰を落として、ほっと安心する。
するとどこに隠れていたのか、タカヒロの座高よりちょっと上の高さで、ぴょこぴょこと近づいてくる子供の姿が見えた。ハルガだ。
「もう、タカヒロは危ないな。そんなに体を張ることじゃなかったのに」
「ううん、体を張るほど大事なことだったよ」
手を後ろに突いて、空を見上げる。今日は真夏らしい、晴れ晴れとした青空だ。
「だってここが無くなったら、ハルガと会えなくなるじゃん」
タカヒロは、最悪のパターンを想像していた。この土地が無くなったら、ハルガが死んでしまう……
「タカヒロは考えすぎだよ。ここに建物が建ったとしても、お店かもしれないだろ? それなら、いつでも会えるよ。お店だったら、私はラーメン屋がいいな。あれは一度、食べてみたい」
ハルガはわざと笑ったが、タカヒロの心には黒い霧がかかったままだった。ハルガが、大きな溜息をつく。
「ごめん、軽率だったな。私だって、今みたいにタカヒロと遊べなくなるのは、嫌だ」
ハルガは、タカヒロの脇に、ゆっくりとしゃがみ込んだ。そして、折れ曲がった黄色いタンポポの花の傷口に触れると、指先で大事そうに撫でた。
ハルガと、傷ついた花を見比べながら、言う。
「ハルガはさ、前は否定したけど、やっぱり桜の木のようせいなんじゃない? だから、ここに建物が建ったら、切られて死んじゃうよ」
ハルガは手を止めると、お腹を抱えて笑い出した。
「なんだ、そんなことを心配していたのか。違うよ、私が桜の木の妖精なわけないだろ」
「なんで分かるんだよ」
言ってから、声が自然と邪険なものになっていることに気付いた。
「それは私が感じるから。私は、この土地の妖精なんだって。妖精本人が言っているんだから、間違い無いよ」
「でも、でも……」
「もう、タカヒロは心配性だな」
ハルガはすっと立ち上がると、座っているタカヒロの頭を、いつもと同じように撫でた。
「でも、会えなくなるかもしれないのは、ちょっとだけ寂しいな。だけど、こればっかりは仕方が無いことなんだよ」
「しかたがないことってなんだよ。なんで、しかたないんだよ」
タカヒロは、拳を握りしめていた。ハルガに撫でられながらも、俯いた顔には、悔しそうな表情が浮かんでいた。いつもは、気持ちが良くて大好きなはずなのに、このときだけは、嫌だった。
「ハルガ、言ってただろ。しかたがないって、言い訳をするなって。それはただの、大人の逃げ道だって」
「私達がなにをしても、解決する問題じゃないんだ。すべては、大人達が決めること。だから、仕方が無いんだ」
タカヒロには、納得できなかった。いや、したくなかった。ハルガは、タカヒロにとって大事な友達だ。だからこそ、こうもあっさり離ればなれになるのかと思うと、やりきれなさで胸が一杯になった。
タカヒロがさらに口を開こうとすると、小さな手で口を押さえられた。ハルガの手だ。
「そっか、そうだよな。タカヒロにはまだ、分かることはできても認めるのは難しいよね」
そして、ハルガはなぜか、明後日の方向を向いた。
「じゃあ、今日はもうこの話をやめて遊ぼうか。タカヒロは何をやりたい?」
「……はいいろおに」
タカヒロは、渋々と言った。タカヒロ自身、ハルガと口げんかをしたくなかったからだ。ハルガは、満足したように、うんうんと頷いた。
「よし、いい子だ。いつ遊べなくなるか分からないから、今の内にたくさん遊んでおこうな」
ハルガの言葉は、なんとなく理解できた。だから、少しだけ悲しかった。
「じゃあ、私が先に逃げるから、タカヒロは後から追ってきなよ」
そう言って走り出したハルガの後ろ姿を、タカヒロはぼんやりと見つめていた。そして視線は自然と、原っぱの中央にいく。
タカヒロの目の先では、桜の木が夏の風になびいて葉を散らしていた。
タカヒロは原っぱから帰るときに、初めてランドセルが無いことに気付いた。
ランドセルが無いと、明日の科目の教科書を学校に持って行けない。タカヒロは、学校に取りに戻ることにした。
小学校に着くと、校門が閉まっていた。最初はよじ登ろうと考えたが、校門の奥の守衛室に、警備員のおじさんがいたのでやめた。
次にタカヒロは、校門の壁に沿って行った先にある、職員専用の裏口へ向かった。運良くこっちには警備員がいなかったため、こっそりと校内に入った。
校内は真っ暗だが、不思議と怖さは感じない。教室でランドセルを取り、そのまま同じように表に出る。ほっと一息をついてから、警備員のおじさんに言えばそのまま校内に入れてくれたかな、と思った。
タカヒロは家に帰ろうとして、ふと立ち止まった。ランドセルを肩から降ろして、中を覗く。ランドセルの中には、当然のように紙袋が入っている。蓋を閉じて、再び肩に掛けた。そして、少し迷ってから、もう一度ハルガのいる空き地へと走って行った。
原っぱの中に入ると、ハルガは草の上に寝て休んでいた。夜空の夏の星座でも見ているのかな。足音が聞こえたのか、ハルガは驚いたように体を起こした。
「あれ、タカヒロ、帰ったんじゃなかったの?」
タカヒロは、ハルガの側に駆け寄ると、ランドセルを原っぱの上に降ろして、蓋を開けた。これからハルガがどんな顔をするのか、とても楽しみだ。
ハルガは立ち上がって、タカヒロの後ろから肩越しにランドセルの中身を見ようとしていたが、タカヒロの背中が大きくて見えなかった。何回もぴょんぴょんとジャンプを繰り返したが、やはり見えないので諦めた。
「タカヒロ、もう帰らないと……」
「これ、ハルガにあげるよ」
タカヒロは、ランドセルから紙袋を取り出すと、ハルガに見えるように大きく開いた。紙袋の中には、とても大きな黄色いリボンが入っていた。それはまるで、タンポポの花弁のようだった。
ハルガが、えっ、と声を詰まらせて、タカヒロの顔を見上げる。タカヒロは、そっぽを向きながら、恥ずかしそうに言った。
「その、これ、学校の女の子がつけてたリボンなんだけどさ。ハルガ、いつもタンポポの花を大事にしているだろ。だから、ハルガに似合うと思って…その女の子に買った場所を聞いて、オレが買ってきたんだ」
実はすでに先月に買っていて、恥ずかしくてなかなかハルガに渡せず、一ヶ月間ずっと学校に持ってきていたことは言わないでおいた。
「それに、さっきハルガが言ってたけど、いつ会えなくなるか分からないじゃん……だから、今持ってきたんだ」
タカヒロは、横目でちらりとハルガを見た。ハルガの目は、じっと黄色いリボンに注がれている。
「その、オレ、ハルガの欲しいものとか分からなかったんだ……気に入らなかったら、いいけど」
「……ありがとう……」
ハルガは、突然タカヒロの体に抱きついた。タカヒロは、一瞬何が起こったのか分からなかった。だが、視点を下げた先に、ハルガの体があって、自然と顔が赤くなった。
「タカヒロ、私、嬉しいよ……! 私、今まで何ももらったことがなかったから…空き地の前を通る子供が、リボンを付けていて…本当はその子が羨ましくて……ずっと、欲しかったんだ……タカヒロ、ありがとう、ありがとう……」
「え、えっと……」
タカヒロは、嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちがごちゃ混ぜになった。どうすればいいのか分からず困っていると、ハルガの灰色の頭が目に止まった。だから、いつも撫でられているときと同じように、そっとハルガの頭に手を置いた。ハルガがぴくっと反応する。
「ハルガ、泣かないで」
「違う……妖精の涙は宝石なんだよ……これは宝石だ……」
「そっかそっか」
タカヒロは、ハルガの頭を、優しく撫でた。ハルガは、タカヒロの体を、強く抱きしめた。ハルガの小さな体は、温かくもあり、冷たいようにも感じられた。そしてそれは多分、これから何か大きな変化が起きるからだろう、と思った。
翌日。
タカヒロは朝早く起きると、毎朝の習慣で両親がいないのを確認してから、郵便受けから新聞を取り出した。そのとき、不意に新聞の見出しに書かれた文字が目に入った。
『高井戸家当主、交通事故を起こし意識不明の重体』
どこかで聞いた覚えのある名前だったが、タカヒロには思い出せなかった。そのまま新聞を玄関に放り出して、小学校へと向かった。
高井戸家当主、高井戸敦生アツオの昨晩の行動は、以下の通りだった。
敦生は、ラーメン店の開発予定地である空き地に車で下見に行った。
すでに何度か行ってはいたのだが、下見役の下沢シモサワに予定地に妙な子供が入り込んでいるとの連絡を受けて、再び来ることになったのだ。
予算費用等の話し合いをしていて、時刻は既に十一時を回っていた。敦生は疲労困憊の中、車を運転していた。
とりあえず、今日は予定地の空き地に、なにか悪戯がされていないかを確認し、後日下沢に子供を追い払ってもらおう。面倒なら親に言えば良い。話で聞いた限り、子供は何年もそこで遊んでいるらしいから、だらしのない親なのだろう。そういう連中は、最悪金で片付けられる。昨日の老人会との交渉に比べれば、楽な作業だ。
敦生は、この通りの先に三十分無料の駐車場があること思い出していた。そして予定地の前に差し掛かったときに、何の気無しに運転席の窓からその空き地を眺めた。
瞬間、敦生の目に異様な光景が飛び込んできた。
なんと、空中を黄色の物体が飛んでいるのである。敦生は最初、蝶かと思ったが、それにしても大きすぎる。バスケットボールよりでかい蝶が、こんな場所に飛んでいてたまるか。
しかもその黄色の物体は、羽ばたくような緩やかな動作ではなく、弾丸の如き直線で敦生の車の方まで突っ込んで来たのである。
「うわああああぁぁ!!!」
敦生は、思わずハンドルを切った。だが、その先には、対向車のトラックが――
「ハルガ、なにかあったのか? なんだか前の道に警察の人が集まってるけど」
今日は土曜日だったため、学校は午前中で終わった。
すぐに原っぱに来たタカヒロは、桜の木の木陰にいるハルガの側に立って、ソーダ味のアイスキャンディーを舐めながら尋ねた。ハルガが座りながら、ちょーだいと手を伸ばしてきたので渡してあげた。
「うん。なんだか聞いた話だと、この土地を買おうとしていた大人が事故にあったみたい。ありがと」
ハルガは、アイスキャンディーの先っぽを短い舌でちょろちょろと舐めると、すぐにタカヒロに返した。
「そうなのか。なんだか、不思議な話だな」
受け取ったアイスキャンディーを見て、ふと疑問に思う。
「なあ、ハルガ。お前って大人から見えないんだろ?」
「そうだけど、どうしたの?」
ハルガは暑いのか、原っぱに素足を投げ出している。
「ハルガがこのアイスキャンディーを持ったら、大人にはどういう風に見える?」
「浮いて見える」
ハルガは、タカヒロの顔を見上げながら、楽しそうに笑った。
「タカヒロもそれに気付いたんだな。えらいえらい。だからすぐに返しただろ。ああ、もっと舐めたかったのにな」
ハルガはタカヒロの頭を撫でようとしたが、とても届かなかった。タカヒロはそんなハルガの行動を見て、逆にハルガの頭の上に載っている、黄色い大きなリボンをぽんぽんと叩いた。
「じゃあ、そのリボンは? 浮いて見えるのか?」
「いや、それはない。妖精が身に付けている物は、同じように大人には見えなくなる」
だけど、とハルガは付け足した。
「それは、一晩経ったらの話だ。妖精が寝ている間に、私もよく分からないけど、私の体から小さな光る粉が出て、それが私の周りを包んでくれる。その粉が付くと、大人からは見えなくなるみたいだ。だから、一晩経ったからリボン全体にも粉が付いたというわけさ。とはいっても、私は不良だから、いつも深夜の三時頃に寝るけどな」
「ハルガ、それって夜更かしだぞ! 体によくないって言ってたじゃん」
「私は妖精だから、一時間寝れば大丈夫なんだよ。それに昨日は、事故が起こってから色んな大人達が来たり帰ったりで、うるさくて眠れなかったんだ。特に赤い光が眩しくてね……ずっと桜の木の裏に隠れていたよ」
「ハルガ、それはパトカーと救急車っていうんだぞ」
「そうか、初めて知った」
ハルガは涼しげに答えた後、納得したようにうんうんと頷いた。
「あまり他人の不幸を喜ぶのはよくないが、なにはともあれ良かった。これで、この土地に建物を建てる話は無くなっただろうしね」
タカヒロも、そのことについては素直に同意した。でも、あまりに呆気なく終わったので実感が湧かない。
タカヒロが気の抜けたように事故現場を眺めていると、ハルガは厳しい口調で言った。
「タカヒロも車には注意しなよ。この通りはただでさえ交通が激しいんだからね。右見て左見て、だぞ」
「ああ。分かったよ」
タカヒロは返事をして、舐め終わったアイスキャンディーの棒を元の袋にしまった。するとハルガが、なぜか手を出した。
「ここだと何も手に入らないからな。その棒、くれ」
「あげてもいいけど、何に使うんだよ?」
「まあ、いいじゃないか。記念だよ」
ハルガは棒を受け取ると、道路にいる大人達を気にしながら、桜の木の根元にそれを置いた。記念というには、あまりに汚い物だと思う。
「ハルガ、その棒をあまり持つなよ、大人達に……」
「知ってる、というか今私が教えただろ。まったく、知ったかぶりをしたがる年頃なんだなあ」
ハルガは、ちっぽけな棒を見下ろしながら答えた。そして、悪戯っぽく笑って振り返る。
「安心しろ、私はその妖精本人だ。大人達に物を持っているところを見られるなんて、ドジなマネをするもんか」
そしてタカヒロは、間もなくしてハルガと別れた。
大人達がいる場所ではあまり目立たない方がいい、というハルガの忠告なのだが、本心ではもっとハルガと遊びたかった。だから、ハルガに内緒で、一度だけ空き地に戻ってきた。
隣の酒屋の陰に隠れて、こっそりと原っぱの中を見る。するとそこには、頭の上にタンポポの花弁のようなリボンを載せたまま、原っぱをとてとてと走り回るハルガの姿があった。ハルガの表情は、目が閉じているように細く見えるぐらい、嬉しそうな顔だった。
タカヒロは、気に入ってもらえてよかったと安心し、また、昨日の夜もこんな風に走り回っていたのかな、と思った。邪魔をしたら悪いと感じて、今度こそ帰路についた。
タカヒロは後に、高井戸敦生の一件で、この空き地が『買うと呪われる土地』『購入した男性が交通事故で死亡した土地』と新たに噂されていることを知る。
最初はタカヒロにテレビ局から取材が来ていたが、ほどなくしてその熱は冷め、かえって誰も近づこうとしなくなったので、タカヒロはこれで良かったと思っている。
ちなみにタカヒロは知らないが、高井戸氏は二ヶ月半後に無事に退院した。そして、すぐに祈祷師の元に除霊をしに行った。
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