死後の世界
世間から浴びせられる鞭や侮り 圧制や権力者の不正
愛を引き裂かれる悲痛 裁判の引き伸ばし
役人どもの横柄さ 立派な人物がつまらぬものからこうむる
屈辱といったことを誰が我慢するものか
短剣の一突きでこれらのすべてから開放されるというのに
こんな重荷を背負い続けて
汗水たらしながら耐え忍ぶのも
死後に待っているものが恐ろしいからなのだ
死後の世界のことは誰にもわからぬ
そこから戻ったものがいないからだ
その不安が人間の決断を鈍らせ
未知の世界よりもいま生きている世界の不正を耐え忍ばせるのだ
余計な心配が人間を臆病にさせ
もって生まれた決断力も
未来への不安を前にして色あせるのだ
こうして壮大な志も
正しい道からそらされて
実現されるということがないのだ
(シェイクスピア/ハムレットより 第三幕第一場)
私は死んだのだと思っていた。
しかしながら、私はここにいる。
いや、在るといった方が間違いがないだろう。
私にはもうここが何処であるか確かめる目も、誰かの声を聞く耳も、芳しい香りを嗅ぐ鼻もないのだから。
しかしながら私はここに在る。これはどういったことであろう?
私はないのであろうが、私は在る、この状態を哲学者にでも一度問いただしてみたいものだ。
さて、そんなことをぶつくさと考えていても仕方がない。
私はさっさと死ななければいけないのだ。
死ぬ、というものが全ての終わりだと考えていた私にとって、これは死でもなんでもない。
油断していればまた果てのない無気力と憂鬱が私の頭の中を支配してしまうし、嫌悪や罪悪感といったものが、錆びた刺剣で私を貫こうとするのだから。
そんな思考を巡らせている内に私は何かに動かされるような感覚に陥った。
流されているような、抗えぬ力に、いや、今の状態では仔犬にさえ抗えようもないのだが、何か大きな流れに私は巻き込まれた。
そして私は、いつのまにか大きな渦の中にいることを理解した。
肉体はすでにないのだから、触覚で感じることもない。
眼で見えてるわけでも、痛みや苦しみが伴っているわけでもない。
しかし、私はそれを理解した。
まるで生まれたばかりの赤子が乳を吸うことを知っているように、とてもとても昔から、私がこうなることを知っていたかのように。
ああ、すべてがわたしであり、そしてわたしはすべてである。
その感覚のなんと気持ちのよいことか。
わたしはわたしに依り、すべてはすべてに依る。
いきるとはなんと苦痛だったことか、それがすべて吐き出されている。
すべてが救われている、わたしが救われている。
わたしの生きたなにもかも、ここに行き着く過程にすぎなかった。
わたしは流砂のひとつぶであるごとく。
わたしはすべてのひとつである。
そして私はどこかへ流れ着いた。
何処だろうか、さっきとは違いもう何も感じないものだ。
ああ、しかしながらここにも少しばかり覚えがある。
黒い、暗いと言えば近いだろうか、だがその言葉は決して当てはまらない。
私は「だれでもない場所」にいる。
なにもなく、果ての無い虚無だ。
そう、私はこれから緩慢な死を迎える、やっと、やっとのことで。
点も線も、時間もないこの場所で、私はゆるやかに消えていく。
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