お題小説「焼死体」「サンマ」「記者」

「十四時二十分、日向村に到着、インターネット上で囁かれている噂を解明すべく、これより聞き込みを開始する」


雅彦はボイスレコーダーを胸ポケットにしまうと、昨日の雨でぬかるんだ道を歩きにくそうに進んだ。

彼は三流ゴシップ誌を主に活動するフリーライターで、今回は数年前、この小さな村で起きた殺人事件を調査するためにここへやってきた。

インターネット上の噂では、この村で起きた事件の犯人は村の中に存在して、村が一丸となって匿っているために未解決なんだという。

と言っても、彼は真実を暴くためにこの村に来た訳ではない。

雑誌に載っている噂なんて誰も信用するとは思っていないからだ。

それらしい写真を証拠として載せ、それっぽく書けば読者は満足する。その信憑性を上げるためだけにここに足を運んでいるのだ。

しかしいざ村に来たものの、人の気配が全くしない。

ひどい山奥にある訳ではないが、これを村と呼んでいいのかと疑いたくなるほど、一軒一軒の家が離れているため、まだそこは道の途中のようにも見えた。

雅彦はこの家を回って聞き込みをするのも億劫だな、と思い、先に使えそうな資料写真を撮って回ることにした。


歩けども歩けども、舗装されていない道のせいで足元は泥だらけになっていた。

家を見かけたのも最初に村に到着したことを理解するきっかけになった一軒だけだった。

数分写真を撮りながら歩き続けると、遠くに教会のようなものが見えた。雅彦はあれは使えそうだ、と呟きながら歩を早めた。

近くで見ると寂れていながらもなかなか立派な教会だ。

宗教のことはよくわからないながらも、雅彦はなんとなくありがたさを感じた。

しかしふと、正面の扉の方に目をやると、看板らしきものが見えた。

『ふれんち風れすとらん ひなた』

雅彦はなんだ、と思わず肩を落とした。

ちゃんとした教会ならまだ書き荒らしようがあったものの、教会の形をしたレストランを嘘で固めようものなら、逆に信憑性に欠けてしまう。

念のため数枚の写真を撮ったが、使えそうも無かった。

ぐうう、と腹の虫が鳴く。

時計はもうすでに十五時半を回っていた。

予定していたよりこの村に着くのが遅くなってしまったため、雅彦は朝から何も口にしていなかった。

彼の足は迷うことなく店内に向かった。

からんからん、と鈴の音が鳴る。

店内は思ったより狭く、店の奥にマリア像が肩身が狭そうにちぢこまっていた。

狭く感じたのはおそらくもともと広間だった場所にカウンターや調理器具を後から取り付けたためであろう。

しかし、客が入ってきたというのに誰も出てこない。まさか店にさえ人がいないのか?と雅彦は首をかしげた。

ひとまずカウンターに腰をかけ、一服しようと煙草を取り出した瞬間、奥からヒゲ面の男が現れた。


「ああ、お客さんですか。すいません今日は定休日で……」


顔自体はヒゲのせいか強面に見えるのだが、彼の緩んだ表情筋のおかげで物腰の柔らかそうな印象を受けた。


「ああ、そうなのかい。何でもいいからありあわせで作ってくれないかな? ここら辺で飯が食えそうな所なんてないし、これ以上腹が減ったら俺は行き倒れちまうよ」


煙草をふかしながら、雅彦は横柄な態度をとった。

普段からこういう男な訳ではないのだが、少し押せばこの男は断れないと踏んだからであろう。

案の定、ヒゲ面の男は「そうですか……まあ、ありあわせで良いのなら」と奥のキッチンに消えた。

煙草を灰皿に押し付けると共に、二本目の煙草に火をつける。

新聞を広げると、それは昨日の夕刊らしかった。

こういう所はやはり、新聞も届くのが遅いのだろうか、などと考えながら活字を読み流す。

『山中に身元不明の焼死体』

『景況指数、戦後最悪』

『都内で連続殺傷事件。犯人は未だ捕まらず』

ああ、俺も一流誌で連載でも持てばこんなことをせずに済むのにな、などと考えていると、酷い臭いの料理が運ばれてきた。

それは何処かの定食屋の様なメニューで白ご飯にサンマらしき焼き魚、つけものという取り合わせの中に何故かオニオンスープが付いていた。


「おいおい、なんだよこれは。焼き魚ってのは料理のことを言うんだろうが。これじゃただのサンマの焼死体だろうが。」


そもそもなんでフレンチレストランでサンマが出てくるんだ、と文句を言いながら箸をつける。


「酷い臭いだな……。酷い臭いといえば、人を焼いた臭いって嗅いだことあるかい?酷い臭いなんだぞ……ふふふ。まあ嗅ぐ機会なんてなかなかないだろうがな。」


男がその言葉に少し反応した。その顔を見て、少し悪戯をしてやろうと雅彦は思いついた。


「なんで知っているかって?焼いたことがあったらわかるかもしれないね……。あんたは新聞読まないのかい?」


わざと一面に載る事件を見せつけながらにやり、と自分の出来る限りのあくどい顔をした。

しかし、困った顔をする男に笑いを堪えていられなくなり


「はっはっは!嘘だよ嘘! あんたがこんな料理を出すからちょっとかましてやろうと思っただけさ!」


下品にカウンターをバンバン叩いて笑う雅彦に、男はまた顔を緩めた。


「冗談が過ぎますよお客さん。少しぞくっとしましたけどね。こんな料理です、お代は今の話で結構ですよ。」


と、更に口角をあげてにっこりと笑った。

雅彦がその言葉にそうかい、と気をよくしながらスープをすすっていると、携帯が鳴り始めた。

オニオンスープはなかなかに美味しかったので「ちょっと電話をしてくるから下げないでくれよ」と念を押すと店の外に出て、電話をとった。

とるやいなや「おい! お前今どこにいるんだ!」とけたたましい声で同僚が叫んでいた。


「今? 取材で日向村にいるけど。」


「昨日の通り魔の犯人がそっちに潜伏してるんだそうだ!お前早く帰って来い!」


通り魔の犯人?

そういえばさっき読んだ新聞での犯人像はヒゲ面の中年男性で……。

足元に目をやると、無数の赤い点がついていることに気づいた。


ガチャリ、と扉が開く音と共に、背中に悪寒が走った。

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