第148話 後日談 ~ハリル解任~

「コーチ……」

 剣はスマホを食い入るように眺めていた。

 そして大作のラスボスを倒した余韻にひたるように。どこか寂しげな顔で。

「今更かよ」

 と、吐き捨てた。

 

 JFA田嶋会長の記者会見が終わると剣は練習場に現れ、いつものように戦術練習を行った。明くる日、選手達にせがまれ、練習後に講義を開く。



「知っての通りハリルが解任になった。


 個人的に気になるのは3つ。

 ① JFAがハリルに解任の可能性があることを伝えていたか。

 ② ハリルがW杯でどんな秘策を準備していたか。

 ③ ②をJFAに対して明かしていたか。


 ①。伝えていればハリルはJFAに対して点数稼ぎを試みたはずだ。だが、俺がJFAだったら伝えない。W杯の準備、テストをしっかりと行って貰いたいからだ。

 ②。これはハリルの口から説明して貰わないといけない。ハリルが意地の悪い人間ならW杯前に対戦国に伝えるかもしれない。もしくは会見で公開する可能性もある。

 ③。秘中の秘で誰にも明かしていない可能性はある。①で伝えていたなら、ハリルは点数稼ぎの必要に迫られ、明かしていたかもしれない。だが、情報が漏れる可能性がある。だから①で伝えていないことが悪いわけではない。


 

 田嶋会長の話では、選手と監督の間にできたミゾが深まってしまったということらしい。


 溝の原因ははっきりしている。ハリルの志向するサッカーでは、W杯を戦えないと選手達が感じたからだ。一部にはマスコミにまで吐露する選手もいた。


 おそらく、先日のウクライナ戦では大きな造反が起こっている。

 選手の中には指示に逆らい、パスサッカーをした者もいた。とにかくW杯に出たい選手はハリルの指示に反するのは嫌だったろう。試合中ハリルは『前に蹴れ』と叫び続けた。

 チームはバラバラだった。


 長友は言う。

『みんな考えすぎて自分のプレーができてなくて、楽しめてなくて、全然イキイキしていない。むしろ何かオドオドしてるというか、怖がってるように見える。1人がそういう怖さを見せるとチームに伝染していく。人間の体って恐怖を覚えたり、ネガティブになると体が固まる。今の代表はそういう方向に行っている気がする』


 これが監督の志向するサッカーと日本に根付いたサッカーの狭間で揺れる日本代表の状態だ。


 W杯、ハリルのサッカーで鍵になるのは大迫だった。リトリートしていても独り前線の大迫がロングボールをキープして両WGが上がってくるのを待ち、落とす。そうすれば攻撃の形が作れる。だが、このタスクを負えないとボール保持率が激減、ひたすら日本は攻撃を浴び続けることになる。


 以前、モウリーニョ政権下のチェルシーにけるドログバの話をしたな。W杯、対カメルーン戦の本田、対エレメント戦のハルバードもこの役割を担った。


 マリ戦後の山口蛍。

『翔哉のサイドにずっと『蹴れ蹴れ蹴れ』と監督は言っていたけど、そんなに全部が全部蹴れない。こっちは右サイド酒井&本田で時間を作りながらやっていこうと話してたけど、ああやって『蹴れ蹴れ』と指示されるとほぼサコ大迫頼りになってしまう。毎回サコも勝てるわけじゃない。そこはもっとうまくやらないといけない』

 大迫にかかる負担をおもんぱかっている。


 大迫は『W杯は僕の出来次第で変わると思うくらい大事なところ』と、その責任を自覚している。

 マリ戦を戦った後。『単に縦に速い攻撃だけでは無理。1、2本揺さぶるパスで相手を食い付かせることで、裏への意識を引き立たせることができる』とコメント。

 W杯で対戦するCBのレベルはマリより数段上だ。しかしマリにデュエルで劣勢。大迫にしたってお前がボールキープできなかったから負けたとは言われたくないだろう。本番ではおそらくもっと陣形を低く構えるだろう。ハリルは大迫にボックスの中にいるように指示している。となればCB2人を相手に大迫はサポートなしでポストをこなさなければならない。求められているものが大きすぎる。

 ハリルに重用されてきた大迫も、苦言を呈さざるを得なかった。


 最初から無理だったのだ。縦に速い攻撃以外に戦術を持たない監督では。


 もし日本に全盛期のドログバがいたら、ハリルのやり方で間違ってない。

 俺はエレメント戦、CBのハルバードをCFにコンバートした。

 ハリルも、とにかく空中戦に強い選手を選ぶべきではなかったか。ハーフナーマイクとか指宿とか。そしてキック&ラッシュでいいじゃないか。吉田をCFにしてもいい。それくらいやらなきゃ、このサッカーは成立しない。


 

 視聴率や代表人気の低迷も一因だろう。日本人には和の心、サッカーに活かしうる集団性があるのに、縦にロングボールを入れるサッカーじゃどうしようもない。

 娯楽性の高いザックのサッカーを見せた後にハリルのサッカーじゃ観客の心を掴むのは難しい。


 監督解任もむ無し」


「コーチさぁ、もうかれこれ2年近く、ハリルに文句言ってるじゃん? 

 

 嬉しくないの? 今日はさぞニッコニコで話すんだろうなと思ったんだけど、どしてそんなに渋い顔してるの?」

 と、カットラス。


「このまま、ハリルのサッカーでW杯を迎えるべきだった。これじゃあ生殺しだ。 

 答え合わせをしないまま、急遽きゅうきょ受験科目を変更して試験に臨む。


 ここからチームを改造して熟成させるには時間が足りなさすぎる。これで望むような成績を残せなかったとしたら、またカウンターをやろうと言う人が出てくるだろう。それだけ、南アフリカW杯とこの前のオーストラリア戦はカウンター支持者の心に焼き付いている。

 彼らは日本人の能力を見誤っている。カウンターならW杯GLを突破するのは難しくないと考えているかもしれない。カウンターに夢を見ている。

 

 違う。でも、勝機は十分にある。

 前回と比較すると乾、大迫、中島、原口、井手口、酒井宏樹、武藤嘉紀、柴崎、吉田麻也が成長し、かつ戦力になり得る。今回のW杯は前回より戦力が上だ。ハリルのおかげで成長していないように見えるだけだ。

 内田は故障により衰えた。遠藤は経年劣化した。

 だが、プラスが大きい。

 

 長谷部、本田、岡崎、長友、香川、川島、乾……etcなどなど。四年後、年齢的に落ちてくるかもしれない。四年後カタールW杯は遠い未来だ。

 ロシアW杯はむしろチャンスなんだ。

 日本代表は貴重な時間を、たくさん棄てた。 

 


 誤解の無いよう言っておくがカウンターを全否定しているわけじゃない。前線が数的優位であれば縦に速い攻撃を狙うのは当然だぞ? 

 ただ、確率の問題だ。可能性が低ければ横パスでいいと言ってるんだ。むざむざボールをくれてやることはない。

 

 これから西野監督が指導できる時間は3週間ほど。かろうじてチームのていを成せる程度の時間しかない。


 本田は『It‘s never too late遅すぎるということはない』とツイート。

 本田は、W杯に出るつもりでいる選手だ。



 俺は違う意見だ。

 これから大惨敗すれば、縦に速い攻撃メインで行くべきだったと主張する連中が騒ぐだろう。これでは今後パスサッカーを否定する人々を説得できない。

 もう、ハリルのままで良かった。失敗に終わったとしても、ロシアW杯は価値ある犠牲になっただろう。


 ここまで来たら実験的な意味でもハリルの集大成を見てみたかった。いくらなんでもtoo late遅すぎだ。

 負ければ日本は日本人に適したサッカーをするべきだと言う意見が強まるはずだ。だとしたら惨敗することも意味がある。長い目で見れば、負けることに意味がある。

 もちろん勝てば俺も喜んでたたえただろう。



 一方で、希望もある。

 田嶋会長は、ハリルのサッカーと付き合ってきて、さぞ苦しんだだろう。会見で『個人的には繋ぐサッカーをしたい』と言っている。

 JFA的には日本人に縦に速いサッカーは不適だと意見が一致したのかもしれない。


 ともかく。それはそれで。W杯が楽しみにはなった。

 ワクワクしてさ。

         楽しもうか!」

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