第147話 エピローグ

 剣はスマホをのぞき込む。おっさんAから連絡だ。

「3月4日、ヴァッフェU-18の選考試験セレクションを行います。今回はより幅広い年代から、小学生も募集します。

 つきまして剣さんもご参加をお願いいたします」


 人の潜在能力を視るのは難しい。一流のクラブが逃がした稚魚が他のクラブでタイになっていたなんて話はいくらでもある。

「おっし。SSRを引き当ててやろうじゃねーか」

 なんだこの熱いソシャゲーマーは。と、古着屋から出てきた男が俺を見やる。


 2月26日。月曜日の朝。

 昨日はひどい目に遭った。

 25年間毎年毎月毎週毎日余すことなく恥をかいてきた俺は、黒いガラスレンズ2枚で自分を守って今日も下北沢を駆ける。

 こいつを外すと、俺の正体に気づく奴が現れる。わらわれる。

 不思議な世界だ。

 みんな幸福。みんな満ち足りている。俺だけいつもお腹がすいている。


 あの人は自分の分身ミームがこれだけネット上に氾濫する世界を眺めて何を思うだろう。一語一句が流布され、あらゆる音声が素材に、すべての姿勢や動作を切り取られて玩具おもちゃにされるこの世界を。


 梅の花弁が力をたぎらせて、膨らむ。気の早いのはもう開いている。

 俺はなんだか丸くなった。


 そして絶叫。

「LS北見銅メダルおめでとう!」


 指導者になって気づいたこと。

 生徒というのは一人だとなんでもないが、集団になると途端に心強くなって、怪物になる。

 

 今、俺の家は泡だらけだ。掃除もろくにせずに飛び出してきた。俺は下北に石鹸臭を振りき走る。

 あいつらが侵入したときの三浦の顔は忘れられない。驚愕のあまり目を開いたまま石化した。


 このままじゃダメだ。


 俺は変身しなければならない。芋虫にでもなろうか。

 解っていても、難しい。

 人はそんな簡単に変われない。


 口を半開きにしてふと上を見上げた。

 街灯の上に、セーラー服の女が座って、街行く人を眺めていた。ひどく寒いのに背筋を伸ばし、丁寧に一人一人に目を配る。


 刀。

 昨日も誰よりも控えめで、ずっ と部屋の隅にいた。

 あのときもそうだった。

 あのときから始まった。


 そうだ。

 その、人捜しをしているような、自分に足りないものを見つけようとしているような目。

 その憂いを帯びた目が、綺麗だったんだ。


 今日、刀は受験だったはずだ。……どうだったんだろう。


「なあ、刀。パンツ見せてくれよ」

 ……どうして俺はこうなんだ。

 刀は顔をそむける。

「……。フラン殿に見せて貰えばいいだろう」

 そして、ちらちらと俺を見て眉を下げた。その口が何かを言おうとして、もがいている。 


 あ。

 大事なことなのに忘れてた。

 それはなぜかいけないことのような気がした。どうしてだっけ。

 自己欺瞞。気づかないふりをして。仕方ないんだ。もうすぐ春だから。

 そうだね。今は、自分の言葉で。


「お前に恋をしようと決めたんだ」

 



あとがき


 長旅になりました。ここまで読んでくださった方に大輪の花をお渡しします。

 ありがとう。


 女子サッカーを書こうと思ったのは、恋愛を絡めたかったから。そしてサッカーをよく知らない人のために一歩目から描こうと思ったからです。

 日本にはポゼッション=攻撃的、というイメージを持っている人がたくさん居ます。そこを変えたいというのが1つの動機でした。が、余りにいろいろなサッカーの話をしすぎてまとまりがなかったかもしれません。


 今作で書ききれなかったのはお金の話。現実のサッカー界はもっとお金にシビアです。しかし女子サッカーではお金に翻弄される人々を描くには規模が足りません。移籍金、代理人、契約延長、チーム格差……。いろいろ書けば楽しそうなテーマが並んでいます。リーガエスパニョーラあたりを舞台に書いていたらもっと専門的で血なまぐさい内容になっていたでしょう。


 なでしこリーグが架空選手で埋め尽くされ、なでしこJapanの話がほとんどできなかったのも心残りです。年々世界的に女子サッカーが普及し続けているのは喜ばしい限り。

 次の親善試合に乾が招集されない……。やはりハリルはカウンター以外に意識が向いてなさそうですね。井手口も呼ばれなかったのには驚きましたがどうするのでしょう。


 ロシアW杯は弱者の立場を利用するのがいいでしょう。

 コロンビア、セネガル、ポーランド。どのチームも、日本からは勝ち点3を計算しています。

 

 守るな。とは言いません。でも速攻にこだわりすぎない方がいい。

 守ってカウンター、ではなく、守ってポゼッション。そうやって相手を走らせ守備の時間を減らす戦術を採るべきです。そして、終盤、相手が前に出てきたときに速攻を狙う。



 平昌五輪カーリングはご覧になりましたでしょうか。

 拙作で話題に致しましたLS北見が注目を浴びました。


 3位決定戦対戦国イギリス、ガーディアン紙「もし笑顔という競技が冬季五輪にあるなら彼女たちは金メダルを取るだろう」


 彼女たちが明るく楽しく努めようとして、その姿勢がLS北見を非常に魅力的なものにし、ちょっとしたブームに。愛嬌のある人って、魅力的だなあ。(QVC福島しかり)

 ですが何より、見た目は地味ですが大変頭脳的で心の強さを問われるカーリングというスポーツが非常に魅力的なスポーツなのです。


 今作の難点は38話まで読まないと主人公があるホモビ男優の語録を使っている理由がわからない点です。そこまで読まないと中途半端に語録を使うお寒い主人公と感じられると思います。そもそもサッカーに興味があって例のアレも好きな人じゃないと楽しめないという……。ターゲットが狭すぎるかな。なんか愚痴ですみません。 


 今後、サッカーについて書く場がなくなることについてさびしく感じます。もし要望が集まれば、続きも書くかもしれませんが。

 これから一度、推敲して、完結にします。

 一言でいいので是非、感想を書いてください! 評価もつけてくれると嬉しいな。

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