第138話 乾坤一擲
「……どうしてフランを下げない」
原子時計はアナルにバイブを突っ込みながら毒を食らってHPをもりもり減らすホブゴブリンの囚人のようだった。その目が「お前にそんなことを言う権利があるのか」と、俺を刺し貫く。今までにない眼光。俺は口をつぐんだ。だが引き下がれん。
「交代しろ。今すぐ」
「何するんですか」
陽子とかいう助監督が横から俺の腕を振りほどこうとする。第4審判も俺に組み付いた。主審が飛んでくる。
「退席処分とします」
「おかのした」
俺はピッチに背を向けた。そのまま走り出す。
原子時計はアップを続ける選手に向かって告げる。
「鉛玉。準備をお願いします」
鉛玉は入念に靴紐を結び始めた。
グラディウスは息が苦しくなって大きく口を開いた。
観衆はテニスの話をやめて、サッカーを観ている。
ヴァッフェは真剣だった。
その抜き身の迫力に、エレメントがおびえているように見えた。
おそらく。ひたむきにボールを追う姿が、人々の心を
……ありがとう。
そうです。サッカーも。サッカーって、面白いんです!
胸が熱くなる。
サッカーを男のスポーツにしたくない。女子サッカーを文化にしたい。テニス、バスケ、バレー、バドミントンみたいに。
私の夢は、女子サッカーで観客席をいっぱいにすること。今日はその夢が半分叶ったけど。
!?
その瞳孔が、ふっと広がる。
「監督……」
剣が観客席に現れると、息を潜めていた観衆がざわめく。
「どけ。お前らに構っている暇はない」
まだテニスがどうのこうの言ってくる連中を無視して剣はピッチに目を投じる。
エレメントは難しい選択を迫られた。守備時、ヴァッフェの侵攻をどこまで許容するのか、プレスラインの高さ。勝利への気持ちと敗北の恐怖がガツンガツンせめぎ合う。
フランはボールを追い駆け回した。ナントカ還元水とヴェンティラトゥールは顔を見合わせ、仕方なくプレスに走った。黙って見ていたらフランの無駄走りになってしまう。そうすると中盤が空く。
前線がぱりぱり圧力を掛けないと、ハルバードにロングボールを入れてくるだろう。フランはきっとそこまで考えている。辰砂も重い膝に痛みを感じながらぜえぜえ走る。
82分。センターラインからランスがダッシュ。カタパルトから飛び出すモビルスーツのようだ。ぐんぐんスピードに乗り、手裏剣からパスを受ける。漂白剤は右手を伸ばし
「監……督?」
「いや、あの……。……もう少し待ってください」
もう85分だ。鉛玉は爆発寸前のボムのようにふくれていた。陽子はフランベルジュと書かれた交代用紙を持ってウサギでも跳んでこないかと待ちぼうけ。ショーテルのFKを眺めていた。
東京はボックス内に8名を送り込んだ。ハルバードをおとりにランスが左から飛び込む。鐵と競り合いながらヘッド。ソリッドが指先ではじく。
一方、ショーテルが午後の喫茶店で物憂げに景色を眺めるように右サイドを進む。そこに金閣寺が噛みついた。ショーテルの瞳孔が大きく開く。ギアを上げる。
金閣寺は自分の集中力が切れていたこと、そしてショーテルが自分を誘っていたことに気づいた。
これまでオーバーラップを控えていたショーテルの足はまだ新品。金閣寺を置き去り。余勢を駆って鐵を韋駄天でもってちぎる。しかし横浜は冷静にボックスに入り込むアタッカーにマークをつける。ショーテルは深く切り込んで顔を上げると、マイナス方向にクロス。みんなゴール前に殺到する中、クリスは独りバイタルエリアにたたずんでいた。クラウンエーテルは歯を食いしばってクリスに向かう。
クリスのポジショニングは読めない。だけど効果的だ。
クリスは間接視野でそれを認めると時間的余裕はないことを悟った。
自分の望んだパスが来ることを。信じろ。
足は重い。ひどく痛む。でも。
ランスはマーカーを振りほどこうと無我夢中で走る。
我が輩の力不足故に剣がコーチを辞す、左様な事態になれば末代までの恥。
絶対にフリーにしない。横浜イレブンはあらん限りの集中力で、東京イレブンを追う。
すごい。
クリスは髪に埋もれた目を輝かせた。
みんな動いている。
みんな疲れてるよね。へへッ。
そこまでして、勝ちたいんだね。
いろんな方向に走って、集まって、離れて。
あっちにもこっちにもパスコースがある。
ああ、サッカーっておもしろいなあ。
選びきれない。
だったら。
横パス? いや。
ボックスに入って。クリスは右足を振るう。
ボクは、超攻撃的夫人!
ゴール前の
シュート!?
ソリッドは面食らった。
しかし低くて球威は弱い。
某が今戦場に立っているのも、指南役のお陰じゃ。
……かたじけない。
指南役は致仕を
震え、る。
スカートを翻しボールに食らいつく。
明鏡止水。明鏡止水。
泰然自若。無私無心。無念無想。湛然不動。万里一空。木鶏。
虚仮の一念!
ボールはオー・ド・ヴィと競り合いながら精一杯伸ばした刀のつま先をかすめた。捕球動作に入っていたソリッドがもんどり打って反応。反転。
刀はほとんど受け身も取れず、ゴール前に
笑顔の手裏剣が飛び込んできて、抱きつく。ショーテルが続いた。その上にクリスものし掛かる。次々と選手が積み重なり何層にも渡るミルフィーユが完成した。ベンチからも、ついでにマネージャー役の弓やレイピアもピッチに駆けてきた。主審が何か言っている。
死にそうになりながら刀はゴールが決まったことを悟った。
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