第137話 不信

 78分。スタッフが駆け足でピッチを出る。

 横浜の若手達は神妙な顔で、刀が入ってくるのを眺めていた。彼女とはU-19年代別代表でチームメートだ。

 刀は一見、目立った特徴のない選手だ。足が少々速いぐらい。

 しかし気がつくといつの間にかフリーになっている。そこにボールが渡ると正確な技術でゴールを奪う。オー・ド・ヴィと鐵は役割分担について相談。


 CFフランは何度か中盤に降りてきた。しかし誰もパスを出そうとしない。

 CBが入ったこともあって横浜の意識は守備に傾いた。プレスラインとDFラインを下げ、CF刀を監視。同時にクリスにもDH漂白剤がマークについた。東京は後ろにマン・ゴーシュと錫杖だけ残して残り全員でゴールをにらむ。

 左WG手裏剣が手を挙げる。独鈷杵からパスが送られた。

 なら、あたしの出番。

 手裏剣は芝の深いエリアを避け、ドリブルで切り込む。

 シロガネーゼは体を当てに来た。

 どうやら、練習の成果を披露する時だ。

 手裏剣は長めにボールを蹴り出す。シロガネーゼがボールに左足を伸ばす。手裏剣は持ち前のクイックネスを活かし先に左足を伸ばしボールをたぐり寄せた。そして右足でボールを前に送り出しながら時計回りにターン。

 うっし! ルーレット☆初成功。と、CB硫黄泉がカバーリングに来た。余勢を駆ってもう一回。

 どう、よ!

 手裏剣は独楽コマのように回転しボックスに侵入。途中出場なのでまだまだ元気だ。CBくろがねが進路を押さえてようやく動きを止める。

 手裏剣はバイタルエリアに何気にボールを転がした。そこに猛然と駆け込む選手がいた。

 ランスだ!

 漂白剤は慌てて駆けた。

 馬上槍突撃ランスチャージ

 漂白剤は身を躍らせランスに突進。吹き飛ばされる。

 

 ランスには用心すべきだった。……トップスピードに乗せてしまったのが、敗因。


 あれにぶつかっていっては勝ち目がない。

 オー・ド・ヴィは右足を伸ばしてボールをかっさらおうと試みた。ランスはそれを察知し、ボールを蹴り出して回避。

 GKソリッドと1対1。

 ランスは何の駆け引きもなく右足を強振。ソリッドは左手を伸ばすがシュートは強烈でそして正確だった。ボールはゴール右上隅に突き刺さった。


「もう一点!」

 東京の選手達がこぞってボールを取りにゴールに入り、駆け足で陣地に戻る。


 2-2。

 東京は同点にこれっぽっちも満足していない。

 勝つ気でいる。

 小さな恐怖に、ソリッドの体がこわばる。

「なんかさ、狭く感じない? このピッチ」

 オー・ド・ヴィがつぶやく。

「せやなぁ」

 金閣寺が同意。 

 この、真剣勝負の感覚、懐かしい気さえする。


 

 東京は極めてリスキーな布陣で戦っていた。同点になってからも前掛かりだ。

 剣は指示を変えようか迷った。

 横浜相手に引き分けでも大したものだ。十分、評価を受けるだろう。俺なんか引退しても構わない。

 だが、欲が出ている。そして選手達の意気が上がっている。ヴァッフェ1部残留を考えると勝ち点3が欲しい。

 何より、選手達に勝利を味わってもらいたかった。もちろん、自分自身もそうだ。 

 横浜も、前に出た。殴り合いになる。


 クラウンエーテルは右サイドにドリブン低弾道のパス。ボール下部を横殴りに叩いてバックスピンを掛け、地を這う速いロングパスを放つ。クラウンエーテルはこの試合、芝に影響されず、ほぼノーミスだ。

 

 フランはスペースを求めて右サイドにスプリント。薙刀を引き離してようやくボールを受けた。右足がじんじん痛んだ。踏み込みがかない。削られながらカットイン、薙刀を抜く。しかしマン・ゴーシュがカバーに来た。

 背後に気配を感じた。フランは靴の外側アウトサイドでパスを送る。

 シロガネーゼは高い位置に上がると、テンションが上がるらしく人が変わる。最初は戸惑ったフランだったが、もう慣れた。

 中に切り込むシロガネーゼにマン・ゴーシュが追いすがる。

「お退きなさい!」

「かわいくない」

 左サイドにふたをする。それが私のアイデンティティ。

「がアアアアアアッ!」

 シロガネーゼは目を血走らせ、矢継やつばやにフェイントを繰り出す。しかし一歩目二歩目の速さに自信を持つマン・ゴーシュはほとんど反応しない。仕掛けてきてもボールを奪う準備はできている。

 シロガネーゼの速さは予想以上だった。阻止しようとするマン・ゴーシュと足が交錯する。マン・ゴーシュは姿勢を低くして当たりに耐える。ボールがこぼれた。CH辰砂とCHクラウンエーテルが追いつき、前を向いていた辰砂にボールを譲る。

 辰砂とフランの目が合った。

 確かに後半の君はおとなしい。

 だが君が手を抜くなんてとても考えられない。

 辰砂は力を抜くと靴の内側インフロントでボールをこすり上げた。ふわっとしたボールが詰めたDH独鈷杵の頭上を抜ける。フランはタイミング良くダッシュ。CB錫杖が詰める。


 3年前、拙僧はサッカー随一の環境と名高い横浜エレメントUアンダー-15の門を叩いた。首尾よく世をのがれたものの、拙僧は日々の修行で落伍した。

 己を大器晩成だと信じ、サッカーの道をひたすらに駆けた。今はヴァッフェ東京に属し、研鑽を積んでいる。


 拙僧にも意地がある。

 これ以上の失点は許さぬ。


 フランは今まで見たことないほど緩慢だった。ペナルティーアークに入った所でフランは振り切れないと悟り、右足を振り上げる。フェイントかもしれない。錫杖は滑り込まずに前をふさいだ。右足に痺れを覚え、フランは顔をしかめる。背後からも独鈷杵の気配を感じた。もう、撃つしかない。

 錫杖は左側のシュートコースを消していた。


 開け。開け。


 ボールを右に動かして、シュートコースを作る。錫杖も右にスライド。

 フランは錫杖の足捌きを感じ取る。シュート。足の甲に当て、サイドスピンでボールが浮き上がるのを押さえつけた。錫杖の足の間を通過。シュートはゴール左隅へ。錫杖の足にはボールがかすめた感触があった。

 ティンベーは打つ前にそちらにダイブしていた。 

 ワンイャーシュートをバンナイたくさん 受けてきた。 

 イャーシーヨーやり方シユン知っているジラーつもりやっさー!


 精一杯伸ばした手が、ボールに届く。こぼれたボールを錫杖が回収。


 最初のタイミングで撃つべきだったのか? 大事に行こうという意識が働いた!

 フランが空に吠えた。

 錫杖がびくっと振り返る。もしかして初めての勝利やもしれぬ。


 みんなの視線がフランに突き刺さる。それはなかなかがれなかった。

 だっていつもなら決めている。

 

 金属のれる音。チャラチャラと、テクニカルエリアで原子時計の嵌める手錠が騒ぐ。

 そこに剣が息荒く歩いて行く。

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