第126話 遠い
「よし。行ってこい!」
剣は選手達をピッチに送り出す。
ティンベーはベンチに座ると、
エキゾチックな琉球音階。軽快な、からっと明るいポップな曲。
♪谷茶前ぬ浜に
選手達はウォーミングアップを始める。
「少し、惜しい気もしますね。今日で最後なんて」
観客席が見る見る間に埋まっていく。おっさんAの頭の中でそろばんの玉がパチパチ上がっていく。おっさんBは力なく言った。
「まあ、仕方ないですね。これ以上お
サングラスを掛けた見上げるような背丈の男がベンチに入った。
フランとヴァッフェの面々が笑顔で声高く話をしている。フランは右足に分厚くテーピングをしていた。手裏剣はスタンドにグラディウスを見つけてぶんぶん手を振る。
「フランちゃん、あのね……」
ククリは下を見て話し出す。
「ククリ。それはダメだ」
カットラスが
「……うん」
ああ。
いつの間にか、こんなに距離が開いてしまった。
今のヴァッフェには、わたくしには話せない秘密がある。
フランはきびすを返した。
「そんなんで勝ったら、この試合の意味が無くなっちまう」
「解ってる。解ってるけどさ」
ククリはじっとフランの背中を見ていた。横浜のチームメイトの列に吸い込まれていく。
「おいおい、あの
「まじだ。デブじゃないのにでけー」
観客席の男どもが騒いでいる。
スタッフは漆黒のローブを着るのをやめた。走るとどうしたって胸は弾む。つい、前みたいに猫背になりそうになる。
でも、コーチは私の胸のこと褒めてくれた。見たけりゃ見せてやるよ。
胸を張って、走り続ける。
正直に言えば、
刀は瞑目した。
指南役の信頼を得たと勝手に盲信しておった。であれば、時宜を待つべし。
石になりたいと思った。
鈍感になりたいと思った。
俺はいつも
哀れなオオカミ少年だ。
トーナメントに出場するたびに『優勝する』と宣言してきた。四大大会の記者会見ですら。目の前の新参記者なんかは目を丸くしていた。
それがだんだん冷めた目に変わる。
俺が昨日言ったことに関して、メディアは何も伝えていない。どうやら誰もおしゃべりしなかったようだ。
12時になった。スタメンが発表される。
ソリッド、オー・ド・ヴィ、
4-1-2-3。ベストメンバーだ。
両チームは
選手が子供達と手を繋いでピッチに出ていく。
なあ、フラン?
どうしてそっちにいるんだ。どうしてそんなユニフォームを着ている。
気温は26℃。だが、もっと暑く感じる。剣はスクイズボトルを拾い上げ喉を鳴らして水を飲む。
一年前の記憶が蘇った。
「あっ!」
今日もフランは俺を叱りつける。
「それ、口をつけて飲むものじゃないんですよ! 間接キスになるでしょ!」
中坊に言いたい放題言われる大人。
フランは俺の手からスクイズボトルを引ったくる。
「こうやって飲むんです」
顔を上げ、スクイズボトルを顔の斜め上に持ち上げると、ボトルを指で
今日はキャプテンマークをハルバードが巻く。その腕がすっと伸びて。
「さ、マン・ゴーシュちゃんも」
「うん」
みんなで手を繋ぎ、初めて一つの輪になった。
剣はバックスタンドを振り返った。実況席が見える。また無名のアナウンサーが座ってやがる。解説もどこのどなた様だか存じ上げない。
「続きまして、ホームのヴァッフェ東京のラインナップです。GKはティンベー。CBはハルバード、スタッフ、錫杖。右WBショーテル。左WBマン・ゴーシュ。CHは独鈷杵、ランス、薙刀。そしてククリとカットラスのツートップ。以上が予想フォーメーションです。リザーブにはスクトゥム、モーニングスター、トマホーク、クリス、手裏剣、鎖鎌、刀」
「スタメンは守備的な選手が多い印象ですね」
「はい。おや? 剣臨時監督がこちらを見ているようですね。どうしたんでしょう」
「視聴者へのファンサービスかもしれません」
「トレードマークのサングラス。今日も社会の窓がフルオープン。真っ白な下着が覗いております。
なでしこリーグ12節。ゲームが始まりました。
横浜はいつものようにボールを回します。対して東京はじっと動きません。徐々に横浜は東京陣内に入っていきます。と、唐突に東京が動き出しました。辰砂からクラウンエーテル。と、ボールには勢いがありません。止まったボールをククリが拾って、持ち上がり、クロス。ハルバードが競り勝ってボールを落とす。スタッフがクリアー!」
「ちょっと待って下さい。……ハルバードとランスが前線に張っていますね」
「ヴァッフェ、フォーメーションをだいぶ変更した模様です」
腕にキャプテンマークを巻く辰砂が声を張り上げる。
「場所によって芝の長さが違うみたい。ぱりぱり把握に努めて!」
ヴァッフェの攻勢。しかしハルバードにはオー・ド・ヴィがうまく体を寄せて思うようなヘディングをさせない。高さでは勝てなくても、落下点に入らせないようにする位置取りの駆け引きが非常に上手かった。
こぼれ球を拾ったのはランス。
ランスはすかさずドリブル開始。IHクラウンエーテル、IH辰砂を寄せ付けず、スピードに乗る。
横浜のパスワークが機能しない。
見かねたフランが下がってボールを受けた。独鈷杵が隆々とした太ももをフランの右足にぶち当てる。フランは構わず前進を続けた。右へ左へ。スラローム。芝の状態が悪いのでさしものフランもボールを見ながらのドリブルになった。スタッフが向かう。鋭角に体を躍らせ、スタッフを振り切る。たまらず錫杖も出た。いつボールを触るのかまったく読めない。そしてまたも急激に切り返して、抜いた。ボックスに侵入。薙刀が向かう。しかしちぎられた。薙刀は懸命に足を伸ばし、フランのふくらはぎを蹴った。フランは止まらずにティンベーに向かった。
ティンベーは両手を広げ体を揺らし瞳孔に力を込め、フランの体を凝視していた。
右足、左足、右足……。一歩一歩、フランとの距離が詰まる。
と、フランがボールを蹴った。ティンベーは準備ができていない。ボールは緩やかなスピードでゴールに収まった。
ゴールの中のボールを回収するとき、ティンベーはいつも情けない気分になる。この気持ちはまったく慣れることがない。
フランはドリブルのモーションのまま右足を地面に下ろした。そのとき、つま先でボールを蹴った。ティンベーはほとんど反応できなかった。
剣は
サッカーは大概、背が高い方が有利な場合が多い。しかし背が低い方が重心が低くなり、敏捷性は増す。マラドーナは165cm。メッシは170cm。
ひょっとして男子に混じってもやっていけるんじゃないか?
フランはそして剣をじっと見つめていた。
「恩返しゴールのつもりか」
ぐったりと深く深く息を吐いた。世の指導者はこんなシチュで喜ぶのか。冗談じゃないぜ。
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