第116話 そして、眼を開くまで ③
「それでさー、合コン終わったらもうびっくりね。あたしの後ろを何百もの男どもがついてきちゃってさ! そんで次々に『僕と付き合ってくれないか』『君じゃなきゃダメなんだ』『受け入れてくれなきゃ今ここで自分の首をかっ切る!』って。いやー、参ったわ。
そしてそれを見た街行く男どもが波のようにあたしの周りをぐるぐる回ってね、あたしを称賛する歌を歌い出したからさあ大変。
静岡県が大混乱になるからさあ、慌てて逃げ出してきたってわけ」
「……はい」
ショーテルは気のない相づちを打つと、救いを求めて空を見上げた。この
東京がボールを持つと、浜松は積極的にプレスを掛けてくるようになった。
体が
プレスをかけるのが
ヴァッフェはずるずる下がった。独鈷杵、ハルバード、ランスは勇敢に闘ったがそれ以上の抵抗はないと見計らった浜松がボックス内になだれ込んで左右から殴打。翻弄された守備陣の間隙を縫ってギターがゴール前に進出。ボールが渡るとショーテルが追った。
ショーテルはシュートコースを
観客は浜松の味方だった。いや、もちろんそんなことはわかってたつもりだけど。
華やかな舞台、ゴールに歓喜するスタンド、それが失点してようやく現実のものだとカットラスは実感させられた。
ああ、まだふわふわしている。
「
ランスが清涼に朗々とよく伸びる声で呼ばわった。
何名かが顔を上げた。
わずかに士気を取り戻したヴァッフェは恐る恐るインストルメントに挑んだ。しかし劣勢を覆すまでには至らない。
モーニングスターは死に物狂いで体を当てに行く。
……フランは、こんな所で戦ってるのか。
膝と膝が交錯する。モーニングスターは顔を歪めた。尺八が崩れ落ちる。
「痛い痛い痛い! うがぁぁ……」
尺八がピッチを転げ回った。セミロングの髪を振り乱し、ピッチを拳でガツガツ叩いて悶える。
主審がモーニングスターにイエローカードを掲げる。
「……ちょっと待ってください。これはいくら何でも大げさです」
主審は聞く耳を持たなかった。
「立てる?」
尺八は息も絶え絶えにしゃがみ込むと「はい……」と答えた。立てないとピッチを出なければならない。
左サイドからFK。法螺はファーサイドへクロスを放つ。しかし高く飛びすぎた。グランドピアノは押されたわけでもないのにつんのめって倒れる。グランドピアノをマークしていたハルバードはそれに合わせて転倒。グランドピアノは両手を広げて主審を見るが主審はただゴールキックを示した。
法螺と笑顔を交わし元気に走り回る尺八を見て、モーニングスターは口を尖らせる。
メンタルが後ろ向きになった東京はポジションも下がり気味になる。ボールはまたも浜松のものに。
ヴァイオリンは時計を見た。前半33分。そして手を挙げる。自分が行
マン・ゴーシュは厄介
ヴァイオリンはバイタルに潜り込んでボールを貰うとカットイン。そこにランスが対応。ヴァイオリンはボールをまたいで間合いを測るとくわっと抜きにかかった。ランスは食らいつく。ヴァイオリンはボールを蹴り出して直進。ランスと
主審はペナルティスポットを指した。ハルバードが主審に食ってかかる。ランスは呆然と下を向いて動かなかった。
「自分から当たりに行ったように見えたがな」剣はそう漏らした。「正直、倒れ方が上手かった」
「今から緊急病院に直行してもらいますね」
と、横から雲母先生が告げた。後ろには担架に乗せられたグラディウスが死んだ魚みたいな目で空を見上げていた。
メンコン第1楽章はヴァイオリンが一番好きな曲だ。あらゆる感情を
キッカーはヴァイオリン。助走は長く取った。蹴る直前に静止、ティンベーが右に跳ぶのを見てから左に緩く蹴って決める。
ティンベーは、サッカーを音楽にして聴く選手だ。一人、浜松が始めた曲に反応してうっとりしていた。しかし間もなく静かに浜松を
調和してる。オーケストラが
剣は合間を見てメモを取った。この試合、修正点が多すぎる。この後15分で喋り切れるだろうか。
主役は完全にヴァイオリン。緩急自在のドリブルでショーテルを幻惑し、ぬるぬると抜き去る。自分にハルバードを引きつけるとニアサイドにラストパス。走り込んだ三味線のシュートは当たり損ね、ティンベーが捕球。出しどころが見つからず刀にボールを-
剣はホワイトボードを抱えてドレッシングルームに駆け出した。
先週、試合に先立ってヴァッフェU-18の生徒達は新しい契約を結んだ。
トップチームの試合に出た際に出場手当が出るのだ。それだけではない。勝利給、ゴール給、アシスト給、守備陣には無失点給もあった。
みんな目を輝かせた。サッカー選手としての一歩を踏み出したように思った。
剣は全員が集まるのを待ちわびていた。と、モーニングスターが口を開いた。
「手裏剣さ、もっとちゃんと体張って守備してくれない?」
「……うん」
刀が口を挟んだ。
「待たれよ。それは手裏剣殿の道ではござらぬ。手裏剣殿は己の為すべきことを図り
「確かに攻撃の時には頼りになるよ。でも今必要なのは体を張って守れる人なんだよ。前がプレッシャー掛けてくれないと相手が自由に攻撃してくるから後ろがとっても迷惑するんだよね。パスコース切ってるだけで私守備やってますって顔されても困る」
「
ショーテルもつい口が出た。
「刀はいいよね、ストライカーでさ。私たちが作ったチャンスを決めてさ、代表に選ばれて」
カットラスも続く。
「まあ、確かにオレらが山ほど決定機を作ってるわな。それを決めてれば活躍できるってもんだ」
自分が思う以上にフラストレーションが溜まっている。血が沸騰している。周りが見えない。余裕がない。本音が口を突いて湧き出てくる。
刀は黙りこくった。
「もう止めようよ」
マン・ゴーシュが泣きそうになりながらつぶやく。
「いやいや、モーニングスターだってびびってたし」
マネージャーとして参加していたスタッフまで口を出した。
「あれが浜松のやり口だ。わたしたちを
と、ハルバード。
「2点差付けて勝ってたのに……」
と、レイピア。
「まだ同点でしょ?」
ククリは弱々しく笑う。
「あんたもだよね、守備しないの」
モーニングスターはやり場のない怒りに満ちて無意味に歩き回った。ククリをにらむ。
「DF陣だってさ、そんなにいい守備してた? 殴られるままでさ、ボール取って供給して貰わないと前だって何もできねえ……」
カットラスが反論する。
言い争いが始まった。剣はそのうち収まるだろうと見ていたが、泥沼化していくのを見て慌てだした。これもうわかんねえな。
こんなときに、教え子達の本音が噴出した。罵り合う。
「ああ、もうやだ!」クリスは悲嘆に暮れた。子供のように泣き出す。「オマエ オレサマ マルカジリ!!」
「ほらみんな平和が一番! Love&Peace!」
スタッフが両手を挙げて仲裁しようとする。
小野は俺の言いつけをしっかり守って黙っている。雲母はビシッと言えるタイプではない。おっさんAと槍はグラディウスの付き添いだ。棍はピッチでベンチメンバーのアップを手伝っている。
そうだ。兆候はあった。仲違いの種は膨らんでいた。
そして、フランがいたらこんな事態にはなっていなかった。
フランがいた頃は楽だった。奴は俺が何も言わなくても生徒達を整列させ、指揮して俺の指導の円滑な浸透を図った。問題の兆候があればすぐにぶつかっていった。
一方で俺の家に来るとワガママな一匹の猫に成り果てひたすら俺に愛情を求めた。一体なんなんだまったく。同じ、一個の生き物に思えない。
ノックの音。
ああ……。
「ヴァッフェさん、時間です。ピッチに出てください」
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