第98話 審査
カラフルなノースリーブに浅黒い肌に映える真っ白なショートパンツで、ショーテルは現れた。
「化粧は嫌いだ。十代には必要ない」
「ごめん……」
ショーテルはうつむいた。
「どこ行きたい?」
「どこでもいい。その辺歩くだけで」
日曜朝9時の下北沢はまだ眠たげに眼をこすっていた。人もまばらだ。
「
「ああ、ようやくお前らが冒険心を持ったからな」
サッカーって冒険なのか。剣は不思議な表現をする。ショーテルは剣のゴツゴツした腕にしがみついた。
彼氏がいる友達が羨ましかった。サッカーやってると他のことやってる時間がなかなか取れない。このデートだって一時間確保するのがやっと。
こういうのやってみたかったんだ。
剣の頬がピクってなる。注射される前の小学生みたいだ。
ちょっとかわいそうだ。でも、かわいい。こんなに大きな体してるのに。
「でも最近、パスワークが変なんだよ。なんか、こう……。人を選んでパスしてるっていうか」
「個人的感情?」
「かも」
レコード屋でクラシックを漁る。予想通り、ショーテルは退屈そうだ。
「昨日のフリーキックは凄かったな。昔から得意なのか?」
「ひたすら練習だよ。みんなが引き上げてからが、本番」
ショーテルは毎日居残り練習をする。よく俺がキーパーになって練習に付き合うがえぐい角度で曲がってくるので軌道を予測してセーブするのは簡単ではない。
「なんかね、みんゴルに似てるかな。距離、キーパーの位置、芝の状態、天候、摩擦、壁、風……。勘案してどんな回転を掛けてどう蹴るか決めるの」
みんながキッカーを見ている。俺ならとても緊張に耐えられそうにないな。
「今度、蹴り方教えてくれ」
「うーん……」
ショーテルに触れられている部分が、じっとりと汗ばむ。ショーテルは嫌じゃないのだろうか。
「キスして」
彼女の色素の薄い目を見ていた。
そんなもんでいいのか。
唇くらいいくらでもくれてやる。
ああ、でも。
「なんかさ、みんなの話聞いてると、だんだんグレードアップしてるでしょ。負けてらんない」
どうしてこんなこと喋るのか。理解不能。
「お前、俺のどこが好きなんだ」
「なんかね、コーチ、お兄ちゃんみたいだなって思って。私、お兄ちゃん欲しかったんだ」
チャイコフスキーピアノ協奏曲第1番 ピアノはマルタ・アルゲリッチ、を買って店を出る。
「でも、お兄ちゃんじゃなくて……」
「お前が、トップチームのピッチに立ったら、な。さあ、もう行かなきゃ」
ショーテルは少し不服そうな顔をしたが、小さく、うんと返事をして剣の後を追う。
剣がクラブハウスに着くと、おにぎりを頬張るはち切れそうなほど膨らんだ老人が待ち受けていた。
「今度、テニスをしないか?」
俺は丸々と太ったライスの体を舐め上げるように見回してから「もうラケットは握らないと決めたんだ」と答えた。
「君の選手を調査したい。ご推奨の選手を教えて欲しい」
ごはんつぶが剣の顔に飛ぶ。ライスとはクラブハウスで何度もすれ違っている。が、いつも機嫌が悪そうに俺を睨んでくる。しかし今日はちょいと気分がいいようだ。……まあ違うだろうけど。
「2時から試合だ。観戦しておくといい。話はその後でいいかな」
「ああ、よろしく頼む」
何か違和感を感じる。
今日はプリンセスリーグ。ホームでエレメント横浜が相手だ。
少し期待していたのだがやはりフランは来ていないようだった。主要なメンバーもあらかた一軍に取られている。
ライスとヴァッフェ一軍コーチ陣はご飯の入ったタッパーを抱え観客席にやってきて、そこから試合を観ることにした。コーチがせっせとおにぎりを握ってライスに渡す。
「なんだ、うちの試合より(観客が)入ってるんじゃないか」
さすがに冗談だったが。一行は笑った。
「まあ、剣もナイスプレイヤーだったし、テニスファンが来ているんだろう」
試合が始まった。以前、U-18の試合を観たのは一年ほど前になる。使えそうな選手はいなかった。いや、フランだけは、期待していた選手だったのだが。
「常勝軍団エレメントに対し、どう守るかが焦点だな」
小野に渡された名簿を眺めながら選手の能力を測っていく。
「ヴァッフェは罠を張ってるな。ボールの取りどころを沢山作ってる。あ、
ヴァッフェのショートカウンター。一気にゴール前にボールを運びカットラスがスルーパスを出すも刀と意図が合わない。
続いて錫杖がボールを奪う。ゆっくりとボールをつなぐ。
「タックルはまだまだだな」
だんだん、ライスの口数が減っていった。
驚かされたのは攻撃に移るときの
「なるほど……馬鹿ではないな」
パスコースの選択など判断にはまだまだ修正の余地はあるが。
試合はヴァッフェが押し気味に進んだ。
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