第99話 不満足な豚
「いや、正直、見違えた。
生まれ変わったようだったよ」
11連ガチャを回す石を溜めた小学生のようにライスはほがらかだった。
悪い気はしない。丹精こめて選手を育ててきたつもりだ。
それにしても。ミーティングルームで、ライスと二人きりだ。こんなの意識しない方が無理だ。
「まずは練習に参加させたい」
「ああ」
自分の体がちぎられるような感覚。だが慣れねばならない。
推薦する選手を挙げ、一通り意見交換をする。
「今週すぐにでもやらせてみよう」
「君の口から告げた方がいいだろう」
俺は首を振る。
「いや、誰か他の人に任せるよ」
「そうか」
俺は立ち上がった。そして小さな声で。
「まったく、ポルターガイストがよく出る部屋だ……」
俺は忍び足でさっきわずかに動いたドアに近づいた。ためらわずにドアを開ける。廊下いっぱいに悲鳴が響く。手裏剣には逃げられる。が、モーニングスターを捕まえた。
「いや、だってさ! 心配だったんだよ。ライス監督が襲われるんじゃないかって! 監視! 監視!」
そこにおっさんAが勢い込んで駆けてきた。
「剣さん! 今! 刀が、U-19日本代表に招集されましたよ!」
クラブハウスは火の手の上がった
俺はなんだかさみしい気分になって、こっそり帰宅した。
6月26日。午前5時半。
手裏剣は顔を上げた。
「弓ちゃ~ん!」
手を振って駆け寄る。
汗を拭き拭き弓も手を振って応えた。
空は徐々に太陽に屈し、徹夜明けと早起きの人々がちらほら、信号機も所在なさげに点滅を繰り返す。
「手裏剣ちゃんも走ってたんだわん」
「うん……」
「一緒に走らないわん?」
「いいね」
「ちょっと、ちょっといい?」
手裏剣は走るのを止めた。
「わん」
弓は止まった。手裏剣が息を整えてから口を開く。
「サッカーは長距離走じゃなくて不規則な短距離走の連続だから、マラソンみたいに走るより、インターバル走がいいんだって」
「ああ、わん」
弓は手裏剣のやり方に合わせることにした。手裏剣のスピードについていくのは簡単ではないというか無理だし。
月曜日、おっさんBがU-18の主要メンバーに一軍への練習参加を告げた。
なんだかやけに刀の視線を感じる日だった。
火曜日、俺がクラブハウスに入ると、ばりっとしたダブルのスリーピーススーツを着込んだ見覚えのあるじいさんが廊下で立ち尽くしていた。俺を目にすると「平素よりお嬢様が大変お世話になっております」と頭を下げる。ああ、レイピア専属管弦楽団の一員だ。
「今日はお願いがあって参りました。
お嬢様にもっと目を掛けていただきたいのです。お嬢様は本当に、大変努力されています」
「ああ、わかったわかった」
「つまらないものですが……」
きれいに包装された箱を持ち出してきたので無視して歩き出すとついてきてジャケットのポケットに無理矢理何かねじ込んできた。
「はよーっす」
事務室に入るとポケットに手を突っ込む。紙包みだ。商品券かなんかだろう。
「これ、あげます」
首にロープを括ったおっさんBがうつろな目で俺を見上げる。
その日の練習後、クラブハウスを出た俺をレイピアが待っていた。
「うちの者が何か妙なことを言ったようですわね」
「そんなことあったっけ」
レイピアが緩く巻いたツインテールをゆらゆらさせて俺についてくる。
「何も気にすることないわよ」
仕方なくレイピアの速度に歩調を合わせる。
「それはそうと、貴方、土曜はお暇?」
「忙しい」
「日曜は?」
「忙しい」
レイピアは急に沸騰した。沸騰石でも持ってくれば良かったな。
「あたくしとは嫌だとおっしゃるの?」
「違う。コーチ講習会があるんだよ」
「では7月8日! いいですわね?」
ちょっと待ってくれ。俺の土日が全滅じゃないか。
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