第23話 ピースの形

「かつてセレッソ大阪を率いたクルピ監督が育てた香川、清武、乾には共通点が多い。そんなもん体をみれば一目瞭然だ。フィジカルコンタクトに弱い。中でも香川と清武はほとんど相似している」

「そうじって何ですか?」

 ああ、そういえばフランはまだ中学二年生だったな。面倒くせえ。

「お前んところ進学校だろ? もうすぐ習う。似てるって意味だよ」

 まあ掃除・・って変換してないからまだお利口さんだな。

「香川の方が若干テクニシャンで敏捷、清武は味方に合わせるFKがうまく、若干体が大きい。より尖った形をしているのが香川だ。大柄なドイツ人に、香川や清武と似た形をしたピースは少ない。ゆえに二人は輝いた。ではリーガスペインに清武が移籍したらどうだろう」

「清武は第一節でベストイレブン、エイバル戦でもアシストを記録しています」

「そうだ。結果は出している。でも試合に出られない。どうしてだと思う?」

「わかりません」

 フランは俺の靴あたりを眺めている。

 違うな。答えたくありません・・・・・・・・・、だ。愉快な気分になった。フランが不快なら俺爽快。

「さっき俺は言っただろう香川と清武は似ていると。清武もまた、守備力がない。ボール奪取回数が極めて少ない」

ブンデスドイツでは、重用されていたじゃないですか」

 フランは口元をゆがめた。瞳孔にさざ波が立つ。


「先日、昔のsportivaの記事に感銘を受けた。俺なりの解釈を加えて話してみよう。


 ドイツ人には、この二人のような形をした選手ピースが少ない。小器用で、視野が広く展開力のある選手。だから二人は起用される。

 塩酸と水酸化ナトリウムを混ぜると化学反応が起きる。しかし塩酸と塩酸を混ぜても何も起こらない。異なる物質が混ざることによって化学反応は起こりやすくなる。しかもファールもしっかり取ってくれる。ドイツは日本産テクニシャンにとって理想的な移籍先だ。

 

 だがリーガは、日本人タイプの選手、テクニシャンは掃いて捨てるほどいる。確かに清武はスペイン人とのパスワークに加われるだろう。だが、筋力がない。競り合いに弱く1対1デュエルで勝てない。


 横パスやバックパスをカットされるとショートカウンターにつながりやすくなる。要はカットされなければいいのだ。上手ければ問題ない。

 スペインはパスの選択肢が広角だ。横パスやバックパスをいとわない。


 多くのフットボーラーにとって、スペインは夢の地だ。一つ一つのプレーが知的で、だまし合いがあって、駆け引きがあって、意外性に満ちている。驚かされる。


 価値観は様々あろうがサッカーの、いや球技の魅力とはそういったはっとさせられるプレーにあると俺は思う。スペイン経済は活況とはいえない。しかしそれでもリーガ勢は国際的なカップ戦で好成績を残す。優れた選手でも高くない給料でリーガに残る者がいる。リーガのサッカーが楽しいからだ! 

 

 もちろんプレミアリーグのダイナミックで激しいフットボールを好む選手もいるだろうがね。プレミアリーグは商売上手で放映権を売るのが上手い。TVのカメラワークや環境面は最高だ。その莫大な収益力でプレミアに在籍する各20チームに順位に応じた100億円以上の賞金を保証する。今、サッカー界はプレミアを中心に動いている。……話がずいぶんれたな」

 気がつくと俺はいつの間やら立ち上がっていたらしい。どかりと座り直す。フランの顔色をうかがう。もう少しだ。

「清武は、ドイツだから活躍できたんだ。中村俊輔もスコットランドだから活躍できた。ヴォルフスブルクで大活躍したジエゴも、ユーベやAマドリーでは奮わなかった。スペインはテクニシャンの宝庫だ。そこで司令塔ゲームメーカー型の外国人がやっていくには+αプラスアルファが欲しい。もう弱点が露呈してしまった。冬にでもドイツに戻った方がいい」

「サンパオリ監督は清武を本当に評価していると記者会見で言っています」

「そうだな。今期、セビージャは清武の他にホアキン・コレア、パブロ・サラビア、ガンソ、フランコ・バスケス、ナスリを加入させた。おそらく清武はもう見切られている。しかし日本人をとりわけ褒めることには大きな意味がある。『使うよ! 活躍間違いないよ!』と言っておくことも意味がある。その甲斐はあった。日本の旅行代理店、HISがスポンサーになってくれたよ! よかったね!」

「コーチは日本人に見えます。どうしてそんなに日本人をざまに言うのですか?」

「悪し様になんか言ってるつもりはないね。ただ、お前はマスコミに持ち上げられた幻想を見ているから、現実を見せているだけだ。お前のためなんだぜ?」

 違うな。いつも口うるさいフランが涙目になってんのが痛快なだけだ。満足満足。ざまあ。

「概してファンて奴は勝手なもので、自分の応援する選手のプレーはとりわけ光って見えてしまう。悪いところは見ないし見えない。まあ仕方のないことではあるけれども。ああ、今日はもう遅い。帰れ帰れ」


 二人はトボトボと自転車置き場に向かった。

 みんなとっくに帰ってしまっている。

 こういうときって普通、コーチが帰り道を心配してくれるとかするものじゃないの? と手裏剣は秋のにぎやかな星空を見上げた。なんてつまらない空なんだろう。

 泣きじゃくるフランなんて見たことなかった。

「本当にサッカーの話するんだねえ」

「それ以外に何があるの?」

 ああ、今日はお互いに傷を負ったね。

「フランちゃんさあ……」

「ん?」

 ああ、これはまずいか。

「なんでもない」

 フランも大変だあね。

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