第20話 攻勢の功罪

九月二十八日。

 

 きょうはれんしゅうをしました。

 にんげんというのはいっかいいわれてそれがすぐにできるようになるわけではありません。

 じぶんもなんかいもおなじれんしゅうをくりかえしてできるようになったことをおもいだします。

 

 だらだらとデイリーミッションをこなしていると、ノックの音がした。

「入って。どうぞ」

「失礼します」

「邪魔するよ!」

 石鹸の匂い漂うブレザー姿のフランが入ってくる。その後から手裏剣が続いた。

「今日は二人か」

「あったり前じゃん。こんなケダモノとフランちゃんを二人っきりにさせてらんないからね」

「最近のサッカーのお話を聞かせてください」

 俺は二人に向き直る。

「日曜の横浜対川崎は面白い試合だった。あきらかに川崎の方が押していたが横浜の斉藤とマルティノスが両翼から豊かなスピードでカウンターを仕掛ける。川崎は首尾良く二点リードして90分が過ぎた。ロスタイムは9分。以前の話にもある通り、普通はパス回しをしてゲームを終わらせるのがセオリーだ。ところが川崎の風間八宏監督はそうしなかった。攻め続けた。後半51分、後半53分とカウンターを食らって同点。しかし後半55分に川崎が再び突き放して試合終了」

「馬鹿試合」

 手裏剣は苦笑い。


「昨日、2009-2010シーズンのCL準決勝、インテル対バルサを観た。CLのトーナメントはホーム&アウェーで2試合をこなし合計した点数が高い方が勝ち上がる。下馬評は圧倒的にバルサ有利。1st legはジュゼッペ・メアッツァインテルのホームで行う。


 しかしインテルに幸運が訪れた。アイスランドで火山爆発があり、火山灰の影響で飛行機が飛ばなかった。結局、バルサは十四時間バスに揺られ現地入りする羽目になった。


 それでも前半19分、バルサが先取点を奪う。

 バルサのパスワークは世界一。ロンドパス回してっし試合をコントロールする選択肢もあったはずだ。しかしバルサの監督、ペップ・グアルディオラは指示を変えず攻め続けた。結果、三点を喫して敗戦している。


 おそらくこの判断は間違っていて、ペップは悔い、反省したと思う。コンディションは通常より悪く、敵地アウェージュゼッペ・メアッツァでのゲーム。まったく攻める必要などなかった。この試合で一点取られたとしても2nd legでスコアレスドロー以上なら勝ち抜けられる。有利な状況だったのだ。


 ペップはその前のシーズン、就任した年に獲得しうる全てのトロフィーを手にしてしまった。その更に前年、2007-08シーズンは初めての監督業でバルサの下部組織を率いていた。監督としては三年生。万能感のまっただ中にいたに違いない。イケイケだった。インテルを甘く見ていたこともあるだろう。


 2nd leg。もちろんバルサはホームカンプ・ノウで猛攻に出た。インテルは徹底的に守備を固める。インテルの監督はモウリーニョ。人心掌握術で右に出る監督はいない。しかし前半のうちにインテルに退場者が出た。バルサは圧倒してはいるもののなかなかゴールが割れない。焦りが出る。インテルの右サイドバック、マイコンが負傷し、ピッチを出された。しかしってピッチに入り手を挙げ、試合を妨害する。時間稼ぎをする。


 プライドなんてかなぐり捨てている。すべては勝利のため。


 当時のモウリーニョには神通力があり、選手を戦士にした。バルサがようやく得点したのは84分。全員守備インテルの心は折れない。守り切ってインテルが決勝へ」

 エロスは、自分の饒舌じょうぜつなことに驚いていた。まだ、止まらない。

「川崎の風間監督は、ことによると間違っているのかもしれない。もし勝利を逃したら、そりゃあみんながっかりする。でもサッカーは、競技であると同時に、娯楽だ。川崎のホーム、等々力陸上競技場の客に攻撃的なサッカーを観てもらいたい、もっと点を取って勝ちたい。BS1で生中継されている。サッカーの素晴らしさを伝えたい。選手に消極的にならずに、前向きでいて欲しい。結果的にロスタイムに3点入って、試合は極上の娯楽になった。日曜のチケット代を高かったと思う者は誰一人いなかっただろう」

 フランは深くうなずいた。

「勝利にてっするか、信念にじゅんじるか。世界中でサッカーの監督は苦悩する」

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