第12話 監督初心者

 まだ不審者捕まってないのか。

 まだ残暑の色濃い街を、ポリスがうろついている。お縄を頂戴しないように俺は重い頭を引きずってコンビニに躍り込む。慌ただしくレジへ。カードを突き出す。

「お支払いはWAONでよろしいですか?」

「……はい」

 気分が悪くなる。読み取り機にカードを押し当てる。

 WAON! 機械が鳴いた。

「何がワオンだ。俺は犬が大嫌いなんだよ! ニャオン!」

 と、かっこいい捨てゼリフを残して、カップを取り外し、いやらしい舌使いでソフトクリームをめ回し、お外に出る。オハヨー乳業のジャージー牛乳ソフト。乳脂肪分が強くてコクがある。体は疲れきって食欲がなかった。そんなときは甘い物。



「こちら、トレーナーの雲母きららさんです」

「今日はよろしくお願いし……」

 雲母は俺の股間を見て凍り付いた。笑かしてやろうと思って腰を突き出そうとしたが、うっかり出たがりのやっこさんが堂々「こんにちは!」してしまうと少々面倒になるかもしれないので俺は賢明にも自制。

 雲母は推定二十代の女性だ。なるほど、四コマ漫画が好きそうな顔をしている。

「アンタが持ってる資格は何だ?」

「はい……鍼灸師しんきゅうしですが」


 俺はおっさんAに無茶苦茶肉薄して耳打ちする。 

「理学療法士じゃないのか……?」

 唇が、耳に触れた。

「そんな資格を持っていらっしゃる方はJ1でもまれですよ」

 そんなものか。芝の様子を確かめようとサングラスを外す。

「あの……目が真っ赤ですが大丈夫ですか?」

「ああ、ゲームのやり過ぎだ」

 俺は目をこする。雲母はさすがに観察力がある。 

「今日は、お手柔らかにお願いします」

 対戦相手、インストルメント浜松の監督らしき男が歩み寄ってきて、右手を差し出す。俺は無視した。変な顔をして監督が俺の目の前から消えた。

 薄曇り。微風。悪くないコンディションだ。観客はまばらだ。ベンチのフランベルジュが俺に尋ねる。

「コーチ。キャプテンマークは誰がつけましょうか」

「副キャプテンは決まってなかったのか。お前が適当に決めろ」

 ギリギリまでスタッフは外套を着ていた。しかしピッチに入る雰囲気になったのでスタッフは外套を脱いだ。

「おお、デカいな!」

 スタッフはゆでダコみたいに赤くなって腕で胸を隠した。

「今宵、わらわなんじに晦冥の咒文まじないを行う故、遷化の腹づもりをしておくがよい」

 俺は触ったら怒られるかなあと思ってまあやめておく。

 

 フランベルジュはランスにキャプテンマークを渡した。ランスは両手を広げる。みんな手を繋ぐ。いや。

「マン・ゴーシュ君。に入り給え」

「嫌」

 マン・ゴーシュはスカートを摘まんでそっぽを向く。

 仕方がないのでマン・ゴーシュだけ円陣の外で、ランスがみんなに向かって活を入れた。


 キックオフ。プリンセスリーグ第1節が始まった。

「パヌ! パヌ! パヌ! パヌ!」

 手裏剣が手を挙げ、ボールを要求する。

 地力の差は一目で判明した。うち東京の方が上だ。押し込む。浜松はリトリートし、守勢に回った。


「さて、どうしたもんか」

 ボールは踊る、されど進まず。

 小気味よくボールが東京の間を行き来する。いや、センターフォワードの刀はロクにボールに触れていない。密集するインストルメントDF陣に囲まれて見え隠れしている。


 ドリブルするスペースがない。行くよ。姉ちゃん。右WGウイングククリは思い切ってクロスを上げた。カーブを描いて左WGウイングカットラスの足下に正確に収まる。

 こういうときには、フリーランニング? でも走り込むスペースすらない。手裏剣は困惑する。カットラスにもすぐに相手がマークに来た。バックパス。弓がミドルシュートを狙おうとしたがそこにも素早く相手が詰めてきた。横パス。


 やっぱり羊のたわむれの域を出ていない。俺はいらいらした。今日はホームだ。勝たねばならぬ。

 こういうときはどんな指示を出せばいいんだろ。

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