第11話 フランベルジュの訪問 下

「チキタカと言えばFCバルセロナだ。日本はバルセロナを手本にしたサッカーを目指すべきだ」

「それはザックジャパン時にやっています」

「そうだ。ザックジャパンはアジアカップを征し東アジアカップを征し世界最速でW杯出場を決めた。日本人に適した有能な監督だった」

「でもコンフェデとW杯で惨敗しています」

「フランベルジュ。お前は日本の選手に能力がなかったわけじゃない、ザックが悪かったんだ、ザックじゃなければW杯で勝てたというストーリーにしたいようだな」

 フランベルジュはずっと目をそらしていたが、パン1の俺に貪狼の目を向けた。やばいパンツごと食われかねない。


 誤解していた。フランベルジュは俺が思っている以上に日本人だった。

「でも現実は逆だ。世界とは大きな差がある。アジアとそれ以外の地域という意味でね。アジア勢はブラジルW杯で仲良く2敗1分だった。どんなに有能な監督でも、魔法の杖は持ってない。俺はさっき言っただろ。日本の現在地を見ろと。これが日本の、アジアの現状だ」

 フランベルジュの真っ白な肌がわずかに赤みを帯びる。

「日本人は身体能力が低く、背も低い。男子バスケやバレーで勝てないのもこれが原因だ。背が低いということはどうしても身長が必要になるゴールキーパーやセンターバックの選択肢が少ないということだ。つまり、日本はどうしても守備力に問題が出てしまう。木曜日、UAE戦の西川はセービングすべきフリーキックを決められている。あれが日本の実状だ」

「どうすれば」

「2008~2012シーズン、ペップ政権下のバルセロナの手法を参考にすべきだ。ピッチ全体に大きく選手が散らばってロンドパス回しを行う。相手がボールを取りに来たらパスで逃げる。さんざん相手を走らせて疲弊させる。先取点を取った後が特に効果的だ。相手はボールを追いかけざるを得なくなる。日本がボールを持ってさえいれば、相手は攻撃できない。チキタカはむしろ守備的な戦術だ」

「だからそれで失敗……」

「おそらく、ハリルを選ぶ際にJFA日本サッカー協会には南アフリカW杯の岡田武史監督の残像があったのではないかと思う。南アフリカでは超守備的戦術でカメルーンの攻撃をしのいでカウンターで勝利した。だが、あの戦い方は今の日本にはできない。当時のセンターバックは日本のサッカー史上随一のセンターバックが揃ったからできたんだ」

「闘莉王と中澤ですね」

「そうだ。空中戦に強く、屈強で、闘志あふれ影響力があった。ひるがえって今の日本はどうだ。吉田はいい。相方がいないんだ。いくら守りを固めても相手が背の高いFWを起用してハイボールを放り込まれたらそれだけで苦しい」

 さ、もう帰る時間だ。俺はスーツを着る。

「ブラジルW杯初戦、コートジボアール戦は惜しかった。本田の個人技で幸先さいさき良く得点した。その後がいけない。コートジボアールの圧力に屈し、前線の二人を残してみんな引きこもっリトリートしてしまった。おそらく個人の判断でだ。前線の大迫と本田だけが相手陣地にいて、単発のプレッシングを仕掛けていた。二人だけでするプレッシングなんて無意味だ。そんな指示をする監督なんていない。意思統一ができず主導権をコートジボアールに渡してしまった。加えてコートジボアールの右SBサイドバックはフィジカルの強力なオーリエだった。マッチアップするのは左SHサイドハーフの香川。香川はオーリエにかなわないとみてオーリエのマークを放棄してしまった。


 左サイドの守備はほぼ長友一人で二人を相手にすることになった。自由を得たオーリエは狙い澄ましたクロスを何本も放った。闘莉王と中澤だったら全部跳ね返していたかもしれない。でも吉田の相方は183cm、センターバックとしてはそこまで大きいとは言えない森重だ。オーリエのクロスからヘディングで二失点。


 どれかを修正すれば勝てた試合だった。このW杯で評価されたオーリエはこの後PSGに移籍している」

 ズボンをはいてチャックを開ける。

「日本人は集団主義だ。選手達が連動して相手を翻弄するチキタカと相性がいい。ブラジルW杯で失敗したからチキタカをやめる? バカなことを言うな。迷うな。磨き続けるべきだ。ハリルは異文化圏からやってきた。彼の文化にチキタカは含まれていない。アルジェリア人と日本人は違う。そりゃ、勝てないさ。カウンターやろうぜとおっしゃるJFA日本サッカー協会に、痛い目に遭ってもらった方がいい。W杯予選落ちしたら、さすがにりるだろ。まあ、タイ戦を観てみよう」

「あの、さっきから気になってたんですが、そのメダルは何ですか」

 フランは俺の首に掛かるメダルを眺めて訊く。

「ただの玩具おもちゃだ」

 フランベルジュは立ち上がった。

「ありがとうございました」

 彼女は深く礼をする。

 フランベルジュから、俺が恐れていた質問はなかった。

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