第10話 フランベルジュの訪問 中

「オリンピックの日本対ナイジェリアは観たか?」

「ええ」

1対1デュエルで日本は完全に負けていた。アフリカ人の身体能力に日本はいつも手を焼いている。でもサッカーはもちろんそれだけじゃない。日本人にはチキタカの血が流れている。細かいパスワークは世界有数のものだ。

 日本は接戦の末、敗れた。まあ、ゲルマン人の血を引くお前には解らないだろう。身体能力で圧倒される悲哀なんて」

 フランベルジュの顔はぴくりとも動かなかった。それこそ、フランス人形みたいだ。俺は苦笑う。


「それはさておき、だ。選手の足を大きな顔をして引っ張っているものがある。マスコミだ。マスコミは選手を持ち上げ、アイドル化し、勘違いさせる。監督や選手が高い目標を掲げるのは構わない。目標が高くないと、どこかで手を抜いてしまうからな。でもマスコミが選手を増長させてはいけない。そうして高く高く持ち上げておいて、負けたら高いところからはたき落とす。選手は記事に翻弄される」

 俺の実体験だ。

「ドイツW杯が終わって行われた記者会見で日本代表の監督だったジーコは言った。


『日本人はフィジカルが弱い』


 この言葉はマスコミも含めた日本全体からひどく糾弾された。『そんなことは解っている。だからどうしてそれを踏まえた上で日本を勝たせる方策を取らなかったのか』と人々は口々に叫んだ。書き連ねた。

 違うんだ。

 日本の現在地を見誤ってはいないか。日本はW杯に出て当然のチームじゃないし、W杯本戦で一勝できたら上出来のチームだ」

 フランス生まれのフランベルジュに、俺は何を言っているんだろう。

「ジーコは、マスコミおよび日本人に、本当に現在地が見えているのか問い正したんだ。日本人がW杯で勝つのは至難の業。確かにドイツW杯時のメンバーは非常に優れ、グループリーグを勝ち抜けるチャンスもあったが、せいぜいそこ一回戦までのチームだ。日本人は身体能力が低い。そのハンデを肝に銘じ、乗り越える術を模索すべきだと、ジーコは言いたかったんだ」


「日本が勝つ方法はありませんか?」

「さっき言っただろ」

「……チキタカパスサッカー?」

「そうだ」

「チキタカは人数をかけて攻めます。ボールを奪われたときにカウンターのピンチになりやすい。失点のリスクが上がります。そしてチキタカで挑んだザックジャパンは攻撃的なサッカーで失敗しています」


「お前俺の話聞いてるか?」

 フランベルジュは唇をきつく結んだ。

 後で思えば、俺は少々潔癖症が過ぎたかもしれない。

「チキタカは攻撃的な戦術じゃない。むしろ守備的な戦術だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る