第9話 フランベルジュの訪問 上

「明日の試合だが、相手との力関係がわからん。新しいシーズンでこっちも向こうもメンバーが大幅に入れ替わっている。で、とりあえず入りは相手ボールだったら引きこもりリトリートでいこう。うちの方がはっきり強いと思ったら俺から指示を出す。そしたら攻勢に出る。守備のやり方も積極的守備プレッシングに変えよう。ボール保持者にパスコースを消しながら寄せていってボールを奪う。相手の守備陣形が整っていなかったら速攻だ。よし、プレッシングの練習をしておこう」


 ピッチの真ん中に、ふたたびぬいぐるみが立っている。

 俺だ。

 プレッシングの練習は俺よりよほど選手達の方に知識があった。気がつくとフランベルジュが練習の指揮を執っていた。


「さて、デイリークエを終わらせなきゃ」

 クラブハウスに戻り、俺は日誌をつけた。九月三日。ようやくまともな内容になる。

 正直、ほんの少し、満足感があった。続いて、おっさん達に悪いからすぐ帰るわけにもいかず、斬新な踊りの研究に入る。


 ノックの音。

「入って。どうぞ」

「失礼します」

 ドアが開いた瞬間にフランベルジュはスカートを抑えた。俺が頬と左手一本で体を支え、次の体勢を模索中だったからだ。俺の視線はいやらしくフランベルジュをローアングルから襲い、上昇パンしていく。悲鳴を上げなかっただけ立派だ。キモわってる。

「こんなところに何の用だ」

「木曜日の UAE戦はご覧になりました?」

「うん……こ」

 俺は人間らしく起き上がった。

「感想をお聞かせいただけませんか?」

 俺はスーツをいそいそと脱ぎ出した。そうして無課金アバターになる。フランベルジュは顔を背けた。


 勝った!


「結論から言えば、日本はW杯予選落ちしたほうがいい」

 フランベルジュは口を半開きにしたまま石化してしまった。見た目と身体能力はフランス人だが心は日本人かもしれない。


「監督がハリルに変わった経緯を考えてみよう。突然、アギーレが監督を続けられなくなり、JFA日本サッカー協会はフリーの監督が少ない、選択肢の少ない中での決断を迫られた」

 俺はフランベルジュに座るように促した。フランベルジュは言われるがままに椅子に腰掛ける。

「ハリルはアルジェリアを率い、前回のW杯で素晴らしい戦いを演じた。ドイツ対アルジェリアはこの大会のベストバウトだ。ドイツはこの大会で優勝しているが、アルジェリアが一番難敵だったと言えるだろう。


 アルジェリアは強豪国ドイツに対しリトリートし、ボールを奪うとアフリカ人特有のしなやかなスピードでカウンターを仕掛けた。このスピードが脅威でドイツはDFディフェンスラインを上げにくくなった。全力で攻撃を仕掛けられない。ドイツの高い技術に対しアルジェリアは走りに走ってプレッシングし続けた。試合は延長に入り、全員が最後の一滴まで精力を吐き尽くしたアルジェリアは力尽きた。美しい戦いだったよ」

「じゃあ、日本も……」

 俺は首を振った。

「日本にはアルジェリアと同じ戦い方はできない」

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