第16話 友達追加

 彼女とケンカをしたのは、つい先日のことだ。

 きっかけはささいなことだった。しかし、彼女にはどうしてもそれが許せなかったようで、口論の末に走り去ってしまった。

 以降、彼女からの連絡は一切ない。こちらから連絡すれば、あるいは状況が変わるかもしれないが、あいにくそんな勇気はなかった。


「なにやってんだ、僕は」


 情けない自分に嫌気がさした。

 その時、ズボンを通して振動が伝わってきた。淡い希望を抱きながらスマホを取り出す。


『アンリさんに友達追加されました』


 一気に脱力し、ベッドに寝転がる。

 天井を見上げていると、再びスマホが震えた。

 またしても、同じアカウントからだった。

 僕も友達追加をすると、気分転換も兼ねて返信を送る。


『僕も学生です。こちらこそよろしくお願いします』


 すると、今度は個人メッセージに通知がきた。やはり「アンリ」というアカウントからだ。

 送られてきたのは一本の動画だった。怪しい動画ではないかと一瞬ためらうが、好奇心から再生を押してしまう。

 映し出されたのは、殺風景な部屋。中央にイスが一脚置かれているだけだ。

 イスには学生服を着た少女が、画面に背を向けて座っている。

 少女は石像のように動かない。

 妙な寒気を覚え、腕をさすった。

 やがて、歌声が聴こえてきた。

 それが少女の歌声とわかるまでに時間がかかった。

 オペラ歌手のような美しい歌声は、自分と年の近い少女のものとは思えなかったのだ。

 僕は自然と少女の歌に聴き入った。嫌なことや悩みごとが洗い流されていく。あれだけ悩んでいた彼女のことも、どうでもよくなっていた。


※ ※ ※

 女性は目の前の彼を見て、その場に座り込む。


「ねぇ、なんで?」


 女性は尋ねるが、彼は答えない。


「お願いだから、もう一度わたしの名前を呼んで」


 女性は懇願するが、彼は答えない。


「もう一度やさしく微笑んでよ」


 女性が見つめる中、彼の瞳は焦点を定めていない。


「ごめんね、ごめんね」

 

 女性が謝り続けるが、彼はそれを拒絶するように体をゆらす。

 どこからか聴こえてくる歌声が、妖しいメロディーを奏でていた。


 

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