終末戦争日誌

 中国に端を発した大恐慌は一夜にして、世界を巻き込んだ。

 先進国の多くは大混乱へと陥り、発展途上国の多くでは飢餓と暴動が起きた。

 経済崩壊によって、分裂の危機に陥った中国は、一帯一路構想にしたがって多くの投資を行ってきた国々に対して、債権回収を始めた。それは当然ながら殆どの国が拒むわけだが、中国はそれを許さず、軍を送り、武力制圧にまで乗り出した。結果的にそれは紛争を広めた。

 中国が東南アジア、中央アジアを中心に拡大させた戦禍はやがて、テロという形で世界中に広まった。世界中に暴力が吹き荒れ、人々は混乱の中へと墜ちて行った。

 困窮が極まった朝鮮半島。

 政治的にも経済的にも利点が皆無に等しい場所故に周辺国は攻め込む事も無ければ、支援する事も無く、孤立した。その苦しみに耐えかねた朝鮮人民主義国は韓国へと雪崩れ込み、第二次朝鮮動乱が起きた。だが、これに際しても在韓アメリカ軍は後退をするのみで日本は一切の支援をしなかった。

 北朝鮮軍は化学弾頭を搭載した中距離弾道ミサイルを韓国領内に次々と撃ち込み。死に物狂いの兵士達が占領を後回しにした電撃戦にて、韓国軍を次々と撃滅していった。

 

 「まずい・・・このままだと大邱へと敵が進行する。我が軍は終わるぞ」

 小隊長がそう告げる。すでにここに至るまでに自分達の部隊は幾度も敵と交戦した。仲間は次々と倒れた。仲間の弾薬や武器を拾いながら、こうして後退をしてきた。しかしながら、それも限界を迎えようとしている。

 「小隊長、もう、我々は7人しか残っていません。後退して、再編成をする方が良いかと」

 元士(曹長)は小隊長にそう告げた。だが、小隊長はそれを良しとしなかった。小隊長の考えは解らない。だが、ここで後退したとしても、再編成どころでは無いのかも知れないという危惧はあった。韓国軍は北朝鮮軍の電撃的な進行によって、全軍が敗走を続けている。狭い場所にボロボロになった軍隊が終結している状態だ。補給なども混乱を極めているのは無線からも理解が出来た。

 「我々は・・・ここで敵を迎え討つ。時間を稼ぎ、反抗の機会を作るのだ」

 小隊長は真顔でそう言った。とても正気とは思えない作戦だった。しかしながら、今、韓国軍に必要なのは確かに時間だった。その為には犠牲が必用だった。

 「小隊長・・・我々は・・・勝てますか?」

 小隊長に尋ねた。まだ若い兵長だった。

 「勝てるか?それは俺が決める事じゃない。俺らは自分達がやれる事の全てをやり切る事だ。それしか無い」

 小隊長は真顔でそう答えた。誰もそれに異論など唱えられない。

 兵士達は携えた銃に命を預けるしか無かった。

 

 K1A短機関銃

 韓国初の国産軍用銃である。M16をベースに開発された事と使用する弾薬がライフル弾である事から、自動小銃と勘違いされ易いが韓国軍はあくまでも旧式化したM3短機関銃の後継として本銃を開発している。

 短機関銃として開発されている為、M16のように後方へリコイルスプリングを伸ばすのではなく、M16のカスタム銃に多く見受けられるように前へと移設されている。その為、伸縮式ストックを用いて、相当に全長を短くする事が出来た。銃身なども短くした事で短機関銃と呼べる大きさに纏める事が出来た。しかしながら、同様のコンセプトを持つCAR-15と同様に発射炎が過大に発生する問題と強烈な反動に初期型は悩まされる。

 しかしながら、これらの問題はCAR-15と同様にフラッシュハイダーを大型化する事である程度の解決が出来た。それらの改良と共に近代化として、ピカティニーレイルを搭載したのがK1Aである。

 

 ペグ兵長が携えているK1A短機関銃は元々、K1(88)戦車の搭乗員が携えていた物だ。彼は破壊された戦車の傍で死んでいた。その時、ペグが持っていたK2自動小銃は激しい銃撃戦の中で不調をきたしていた。

 「お前の銃は光学照準器があっていいな」

 同期のキムが笑いながら言う。

 「このクソみたいなストックじゃ、反動を抑えられないから、まともに撃てないよ。正直、この銃でどれだけやれるやら」

 ペグは正直な感想を言う。K1Aはあくまでも短機関銃だ。しかしながら、強烈な5.56x45mm NATO弾を用いる為に反動は半端なく、それを抑えるような装備も無い。故に命中性能など求める方がおかしい銃だった。

 北朝鮮軍は飢えていた。韓国領内で彼らは略奪の限りを尽くしながら、暴力の限りを働き、攻めに攻めていた。それは狂っていると言ってもよかった。

 短期間で彼らは韓国の半分を奪った。だが、それが限界だと言うのは彼ら自身が解っている事だった。すでに戦車の大半は動かない。そもそも戦車という道具は長距離を自走して走るようには出来ていない。ましてやその品質は北朝鮮レベルで、尚且つ、予算不足で整備不良だ。

 戦車も装甲車もトラックまで動かなくなっていた。むしろ、現在は韓国軍から奪った武器が主力となりつつある。

 まるで地獄だった。

 同じ民族同士が暴力の限りを尽くし、命を奪い合っている。

 同じ言葉、同じ血。だが、暴力の前にそんな事は関係ない。目の前に立つのは敵だ。だから撃つ。それだけだ。

 

 「来たぞ!」

 小隊長が敵を発見した。街道沿いの茂みの中で我々は敵を待っていた。

 「先遣隊だろう。奴らを潰して、足止めをする。ここに敵が待ち構えていると思えば、奴らは進行を止めるだろう」

 小隊長は攻撃を指示する。

 K1Aの排莢口のコッキングレバーを引っ張る。左側にある安全レバーを動かし、セーフティを解除する。他の兵士達も手にした銃を構えた。

 たった7人の兵士達がどこまでやれるか解らない。だが、ここで大事なのは相手に未知数の敵が待ち伏せをしていると思わせる事だ。その為には少数の敵を確実に潰すしかない。

 「攻撃開始」

 小隊長の合図と共に撃ち始める。

 手にしたK1A短機関銃は激しい反動で上下にブレる。ワイヤーストックは歪み、銃を保持しているとは言い難い。装着された光学照準も激しい反動の中で敵を見失う。

 銃弾は次々と街道を進んでいた敵に吸い込まれる。敵は最初の一撃で次々と倒れていた。無防備だったと言えば簡単だが、彼等だって、連戦に次ぐ連戦でそれなりに戦闘を知っている連中だ。多分、この僅かな期間でここまで突き進んだ疲れだったのだろう。だが、それが隙となった。

 僅か7人の兵士による集中砲火が一個分隊規模の偵察隊を一瞬にして全滅させた。彼らが奪ったのだろう北朝鮮のマークが大きく描かれた高機動車が燃え上がり始めた。

 「勝った」

 そう呟いた。

 誰もが初めての勝利に沸いた。僅かな勝利である。だが、これまで後退に次ぐ後退しかしなかった我々が初めて味わった勝利だった。

 「全員、後退するぞ。敵の後方部隊が追い付いたらまずい」

 小隊長は冷静に部下達に指示を出す。敵の進行を妨げる。我々の目的はまずは成功した。だが、小隊長はこれをまた、更に後方で行うつもりだった。とにかく時間を稼ぐ。それが目的なのだ。

 彼らは必死に街道を走った。敵は車両を有している。万が一にも追いつかれる可能性もあった。

 「急げ。次はこの地点で敵を待ち伏せする」

 小隊長は地図を片手に部下達を走らせた。

 だが、その時、銃声が鳴り響く。

 元士の腹が裂ける。

 「敵襲?」

 小隊長が転がるように茂みへと飛び込む。部下達も飛び込んだ。

 銃弾が茂みへと飛び込む。幸いにもその弾丸を受ける者は居なかった。

 「狙撃だ。いつの間に・・・」

 ペグは驚いた。敵は先遣隊がやられたと言うのに、追撃を優先したのだ。万が一にも待ち伏せされていたら、彼らも死んでいたかもしれないのに・・・。

 「小隊長、どうします?」

 部下の一人が小隊長に尋ねる。

 「相手は狙撃銃だろう。こちらの動きを監視しているはずだ。下手に動けば、狙撃されるぞ」

 「しかし、敵の本隊に追いつかれたら、終わりです」

 「解っている。しかし・・・」

 小隊長は苦虫を噛み潰したような苦い顔をした。

 ペグは茂みから覗いた。敵の姿は見えない。もし、数がそれなりに居るなら、すでに攻めてきても良いはず。攻めてこないのは相手も少数だからでは無いか?

 「小隊長、俺に任せて貰えませんか?」

 ペグはそう言った。その言葉に小隊長は驚く。

 「お前ひとりじゃ殺されに行くようなもんだ」

 小隊長の言う通りだった。

 「しかし、相手は少数。俺はこいつのお陰で茂みの中を潜みながら相手に近付けます。俺が囮になりますから、その間に後方へ」

 その言葉に小隊長は僅かに考え込んだ。

 「解った。無理はするなよ」

 小隊長の同意を得た事でペグはすぐに茂みの中へと入って行った。

 K1A短機関銃を手にしながら茂みの中を匍匐前進する。短い全長は茂みに引っ掛かる事なく、進む事が出来た。

 数十分後、茂みの中を進んだペグは茂みの中に敵を見た。僅か数十メートル先。敵はスコープ付きのAK47自動小銃を構えている。その視線はあくまでも仲間達が居る場所だ。相手は茂みから街道へと出てきたところで狙撃するつもりのようだ。

 これ以上、近付けば、音が発見されるかもしれない。

 ペグは狙いを定めた。ワイヤーストックを伸ばす暇は無い。しっかりとフォアハンドを握り、反動に備える。セーフティを解除して、引き金を絞った。

 激しい反動と発射炎。

 一瞬、敵を目映さに敵を見失う。

 当たったか?

 そう感じた時、銃弾が頭の上を通り過ぎる。

 撃った弾丸は外れた。相手はこちらに気付き、銃口を向けていた。

 撃ち合いになる。

 相手は狙撃銃。冷静に撃たれたら負ける。

 転がるように位置を変える。敵の銃弾が元居た場所に撃ち込まれる。

 やられる。

 ペグは一瞬、怯えた。だが、引き金を絞った。反動が両腕を震わせる。

 銃弾は荒れた。だが、それは敵に恐怖を与える。間近に飛び去る銃弾が幾つにも見えるたのだろう。

 相手は撃つの諦め、中腰で逃げ出そうとした。

 ペグは立ち上がり、狙いを定めた。

 激しい反動に耐えながら撃った。銃弾の多くは外れたが、最後に一発が敵の背中に当たった。そのまま、彼はその場に倒れた。

 やった。

 そう思った。空になった弾倉を外そうとした時、ペグの胸板に衝撃が走る。

 えっ?

 そう思った時、彼の視界は真っ暗になった。

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