狂気の日

 人を殺すなんて思わなかったよ。

 だって、殺人だぜ?

 普通に考えたって、ダメだろ?

 お前は平然と人を殺せるか?

 飯を食うみたいに。

 糞をするみたいに。

 人を殺せるかい?

 今日は良く晴れた日だ。

 人を殺すには丁度良いじゃないか?

 そう思わないかい?


 鬱蒼とした密林の中。

 遠くで銃声と砲声、爆音が響いている。

 汗と火薬と人間の腐った臭いが漂う。

 まるでここは糞溜めだ。

 飯はまずい。

 女は貧相。

 何が悲しくて俺はここで何年も過ごしているんだ?

 国じゃ、俺らはまるで犯罪者扱い。

 何もかもが嫌になっちまう。

 だから、俺は人を殺すのさ。

 手にした銃はそんな俺の狂気を具現化したような凶器だ。


 コルト社 AR-15(M16A1)

 アルミ素材と樹脂部品を多用した小口径自動小銃。

 ヴェトナム戦争時に旧来の大口径ライフル弾から携帯性、個人火力増大を図る為に小口径ライフル弾を用いる小銃が検討される中、フェアチャイルド社のアーマーライト事業部でユージン・ストーナーを中心として開発がなされた自動小銃である。後に事業縮小と共に権利の全てをコルト社に売却している為、商品としてはコルト社の物になる。

 それまで米軍が採用していたのは第二次世界大戦から使い続けた大口径ライフル弾を用いた自動小銃である。

 威力は大きいが、携帯弾薬数は限られ、連射には適していなかった。だが、短機関銃やドイツ軍が開発した突撃銃などの発想が自動小銃の構想に変化を与えた。

 一発の威力よりも多弾数による火力増大の方が効果を遥かに高める事が出来る。その考えに従って開発がなされたのがAR-15であった。それは軽量化も大きく考慮され、それまで銃器に用いられなかった樹脂や合金が多く用いられた。結果、兵士の負担は大幅に軽減される効果もあった。

 

 威力が低下した事よりも高い連射性能が大きく評価される。

 それはまるでマシンガンを手にしているようだった。

 撃てば撃つ程、俺は強くなった気がした。

 一気に飛び散る空薬莢は俺の気分がぶっ飛ぶ感じに似ている。

 威力が落ちたってライフル弾だ。人間に当たれば、相手は傷付く。

 肉が飛び散り、血が噴き出す。

 一度に大量に殺すにはピッタリの道具だ。

 

 俺の小隊は偵察任務に就いていた。

 密林の奥には集落が点在している。ヴェトコンはこうした集落を拠点にして、行動をしている。だから、集落を探索して、殲滅する。

 殲滅だ。

 相手は軍隊じゃない。

 ゲリラだ。

 米軍は軍隊であり、捕虜の扱いなども国際条約がある。

 だが、奴らはゲリラだ。

 軍隊じゃない。

 ただの武装集団。

 だから・・・どんな扱いをしても構わない。

 そう・・・誰もが思っていた。

 戦場という地獄が精神を壊したんだ。

 掘っ立て小屋みたいな家からAKが出てきた。

 それで充分だ。

 ここはゲリラの村。

 俺はAKが出てきた家の輩を家の外に引き摺り出した。

 彼は若者。

 涙を流しながら必死に何かを言っている。

 だが、現地語など解らない。

 解ろうとした事も無い。

 言葉が解らない方が殺し易いからだ。

 俺とモーリスはそいつを蹴り倒した。

 何かを懇願するそいつを散々、蹴りまくった。

 銃底で叩くのも良いが、M16の樹脂製の銃底は打撃に弱い。割れると困るので相手を叩く時は蹴りか、スコップだ。士官ならば、コルトガバメントのグリップの尻だろう。

 散々、蹴ると、痣だらけになって動かなくなった。

 「つまらないな」

 俺は退屈になって、そいつに銃口を向けた。

 小口径になったからって、人が殺せないわけが無い。

 軽い弾頭でも至近距離なら、男の頭蓋骨を軽々と貫いてくれる。

 銃声が鳴り響く。

 村から悲鳴が上がった。

 当然だろう。

 同じ村人が目の前で殺されたのだから。

 だが、本当の恐怖はこれからだ。

 暴力

 暴力

 暴力

 ヴェトコンを探し出す為に村人を片っ端から尋問する。

 尋問とは言葉だけの事。

 要は暴力だ。

 ヴェトコンかどうかを聞き出す為に殴る。

 否定すれば殴る。肯定するまで殴る。

 そして、肯定すれば、その場で処刑だ。

 そいつの身内も怪しい。

 尋問は苛烈になる。

 そして、殺害される。

 女は尋問と称して、犯す。

 尋問と拷問の違いなど無い。

 ゲリラに人権など無い。

 だから、ここにはゲリラしかいない。

 村人の多くを殺した。

 小口径の銃弾でも腹は割ける。

 腸が外へとはみ出たまま、死んだ奴。

 脳が爆ぜた死んだ奴。

 犯されて首を絞められて殺された奴。

 そんな死体が山積みにされた。

 そしてガソリンを掛けて、火の点いたマッチを投げ込む。

 燃え上がる死体。

 湿った空気が淀む。

 嫌な臭いが充満する。

 それでも生き残った村人達は怒りと悲しみの視線を米兵に送る。

 そんな中で配給されたタバコを吸う。

 「ゲリラを掃討した。帰るぞ」

 小隊長がそう言うから、俺らはその場を後にした。

 多分、村人は山積みにされて黒焦げにされた村人たちを弔うのだろう。

 きっと彼らは俺らを恨んでいる。

 恨まれて当然だと思う。

 それだけのことをやった。

 だが、逆に言えば、ヴェトコンは同じことを米軍にやる。

 やる事はどっちもどっちだ。

 だから、俺らがやっている事が特別な事って意識など欠片も無い。

 ここは戦場なんだ。

 戦場に住んでいる奴らが悪い。

 助かりたければ、米軍を支持すればいい。米軍に靡く事もしない連中だから、信用して貰えないだけだ。

 

 一方的に殺戮を楽しみ、俺らは意気揚々と村を後にする。

 何だか、自分達が落ちるところまで落ちた気がした。

 戦争が俺を狂わしたのか。

 それともこれが俺の本性なのか。

 目の前に転がる死体が物にしか見えないってのが問題だな。

 密林の中を一列に歩き、前の奴が手で合図を送って来る。

 敵か

 戦争だからそこには当然、敵が居る。

 そいつらを殺すのが本当の仕事だ。

 突然、起きる爆発。

 「RPG!」

 それはソ連製の対戦車ロケット弾の名称だ。

 普通は戦車に向けて発射される武器も平然と歩兵に向けて放って来る。

 ロケット弾は命中すると高温の噴射ガスを放つ。それと高速で飛翔する破片で多くの兵が倒れるからだ。

 「ちっ・・・」

 俺はその場に伏せる。銃声が鳴り始めた。音からして、それはソ連製のカラシニコフ。敵の銃だってことだ。

 激しい銃声を掻い潜り、手にした銃を銃声の鳴る方へと撃つ。

 AKはM16に比べれば、大口径ライフルとなる。元にした銃がドイツの突撃銃であり、それは小口径自動小銃に近いコンセプトで作られた事から、雰囲気は似ているが、圧倒的に威力は強い。だが、その分、反動も強く、フルオートでは正直、当たるとは思えないぐらいに着弾が乱れる。

 「ふん、無駄弾を撃ちまくる奴らだ。素人か?」

 余裕?

 恐怖が麻痺している。

 本当は怖く無ければならない。

 戦場で恐怖を失った奴は死ぬ。

 戦いが怖くない奴は猛然と敵の弾幕に姿を晒す。

 だから臆病者じゃないといけない。

 俺は臆病者だ。

 武器を持たない村人相手には平然と暴力が振るえる。

 だが、武器を持つヴェトコンにはビビって怖気づく。

 指が振るえる。

 手が震える。

 足も震えて、体も震える。

 ガチガチと奥歯が鳴ってやがる。

 それが頭に響いて鬱陶しい。

 仲間が撃たれた。

 一発で死んだか。

 負傷したか。

 悲鳴を上げてやがる。

 バカ野郎。

 痛さぐらい我慢しろ。

 俺が怖くなるだろ?

 小隊長や班長が撃て撃てと叫びやがる。

 簡単に撃てる程、こっちはタフじゃねぇ。

 酒が恋しい。

 タバコが吸いたい。

 マリファナが吸いたい。

 ダメだ。どんどん、ヤバくなる。

 手にした銃のセーフティを回す。

 フルオートで1マガジン。撃ち切れば、良いだろう?

 飛び交う銃弾。

 爆ぜる手りゅう弾。

 ここは戦場なんだ。

 俺は伏せたまま、茂みから敵が居るだろう場所に銃口を向ける。

 「突撃!突撃!」

 小隊長が叫ぶ。

 信じられない。

 なんでこんなに弾が飛び交っているのに敵に向かっていけるんだ。

 だが、仲間達は立ち上がり、銃を撃ちまくる。

 俺も訓練された通りに立ち上がった。

 軽機関銃が唸る。

 俺らはバカみたいに敵に向かって駆け出した。

 ここは戦場だ。

 皆、狂ってやがる。

 殺す興奮に殺される恐怖が相まって、俺の中の何かを壊しややがる。

 もう、まともじゃいられない。

 手にしたM16は凄い早さで弾丸を次々と放ち、空薬莢を飛び散らせる。

 あっと言う間に弾は切れた。レリーズボタンを押して、空のマガジンを落とす。

 腰のポーチから新しいマガジンを取り出す。

 便利なもんさ。以前の銃よりも簡単にマガジンの交換が出来る。

 汗塗れの顔面。

 銃の反動に痺れる左手はマガジンを取り出し、それを銃に挿し込む。

 その時、俺の身体を何かが貫いた。

 熱い。

 痛いじゃない。最初に感じたのは熱いさ。

 弾が抜けたんだ。

 衝撃で俺は一瞬、立ち止まる。

 解る。

 胸を弾が突き抜けた。

 そして、一気に足腰から力が抜ける。

 その場に倒れ込む。

 「おい!しっかりしろ」

 意識が失われる中、メディックの呼びかけが聞こえる。

 それだけだ。

 死ぬときの気持ちなんて、何もありはしない。

 ただ、世界が歪んでいくように見えるだけだった。

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