探偵と仔猫

 ピンクのネオンが窓を照らす。

 風俗や水商売で埋まる街の一角にある古くて汚い雑居ビルの三階。

 月3千円の激安家賃の事務所のソファで、寝ている男。

 明神 忠信

 それが本名なのかどうか。誰も確かめた事は無い。だが、彼は二年前にフラリとこの街にやって来て、いつの間にかここに探偵事務所を開いた。

 年齢はアラフォー。体躯は細身だが、弱々しいわけじゃない。顔はどこか疲れた感じのおっさんという感じだった。

 コンコンコン

 ドアをノックする音が聞こえる。

 明神は一瞬、目を覚ますが、すぐに瞑った。

 コンコンコン

 再び、ノックする音が聞こえる。

 「ちっ・・・営業時間外だよ」

 明神はそう呟くと毛布で頭を覆う。

 ゴンゴンゴン

 かなり強めに扉がノックされる。

 ゴンゴンゴン

 それも何度もだ。

 ガンガンガン

 叩く音は手から足に変わったようだ。一体、何者だ?こんな時間に。

 明神は面倒ながらも、ソファから立ち上がった。そして、扉の前に行く。

 「すいませんね。営業時間外なんで、明日、出直してください」

 「そ、そんな暇は無いんです!」

 女の子の声が聞こえた。

 「ガキ?子連れかよ」

 明神は厄介だと思ったが、扉を開いた。そこにはまだ、小学生高学年ぐらいの少女が立っていた。明神は周囲を見渡すが、少女しか居ない。

 「親は?」

 「私一人です」

 明神は訝し気に少女の顔を見る。緊張した面持ち。嘘を言っているようには思えない。

 「あっ・・・そう。俺、ガキからの依頼は受けないから」

 扉を閉めようとしたら、少女は半身を入れて扉に挟まれる。

 「た、助けてください」

 少女は必死だった。その様子は棄てられた仔猫のようだった。

 「助けてください?何をだ?飼っていた猫が行方不明とかなら、明日にしてくれ」

 「違うんです。私、殺されそうなんです」

 「殺されそうだ?だったら、警察に行きな。ここは場違いだ」

 人に殺されそうになって、探偵事務所に駆け込むのは意味が無い。探偵は人を守るのが仕事では無いからだ。殺されそうなら、素直に警察に行くべきだ。警察が相手にして貰えないなら、警備会社に相談すべきだ。金さえ払えば、個人の警護だってやって貰えるだろう。

 「わ、私・・・ここしか・・・頼れる所が無くて」

 少女は頬に涙の滴らせる。

 「一体・・・何なんだよ?」

 少女は名刺を出した。それはかなりクシャクシャになっているが、明神の名刺だ。

 「俺の名刺?これを何処で?」

 仕事以外では渡す事の無い名刺だ。それほど、多くの人が持っているとは思えない。

 「お母さんが・・・昔、世話になったとか。命が危ないと思ったら、ここへ駆け込みなさいって」

 「お母さん?」

 「マリアって言うの」

 マリア。その名前に聞き覚えがある。この探偵事務所を始めた頃、暴力団と揉めていた風俗嬢だ。30代中頃の美人だったが、こんな子どもが居たとは知らなかった。

 「そうか。お母さんは今、どこだ?」

 少女は泣き出した。正直、こうなると困惑するしか無い。

 「わかった。警察は俺が呼んでやる。中に入って待っていろ」

 警察が来るまでの間の子守りだ。明神はそう思って、彼女を中に入れた。扉にはしっかりと錠を掛けて、少女をソファに座らせてから、俺は携帯電話を取り出す。すると電波が圏外になっている。おかしい。この場所で圏外はあり得ない。

 明神は携帯電話を懐に戻し、すぐに事務用の両袖机の引き出しを開けた。そこには丁寧に油紙で巻かれた物が入っている。

 「まさかな・・・用心の為だ」

 明神は油紙を破り捨てる。中から黒い塊が出て来た。


 コルト ローマン 2インチ銃身


 コルトが法執行者向けに開発した回転式拳銃だ。安全性と耐久性が高く、マグナム弾も仕様が出来る堅牢な拳銃である。他の特徴は特にないが、コルト社でも低価格な部類に分けられるも、性能的には充分な拳銃である。

 明神はフラリと冷蔵庫に向かう。この中に弾丸が箱入で保管してあるからだ。使う弾は38+P弾。普通の38スペシャル弾よりも高い圧力で弾頭を発射する事が可能だ。ただし、強烈な圧力が掛かる為にローマンぐらい、しっかりとした肉厚の銃じゃないと破裂する可能性がある。まぁ、高い圧力と言っても、357マグナム弾よりは遥かに低いのだが。

 箱から弾丸を取り出す。ローマンの右側のノッチを親指で後ろに引っ張り、弾倉を左側にスイングアウトさせる。6発分の薬室に一発づつ、弾を詰めていく。嫌な緊張感だと明神は思った。

 「なぁ、お嬢ちゃん・・・相手はどんな奴だ?」

 「こ、こわい人」

 「怖い人か・・・何か・・・武器を持っていたりとしたかなぁ」

 「わからない」

 まだ、小学生の女の子に聞いたのが間違いだった。弾を詰め終えると、手首をクイッと動かし、弾倉を銃へと装着する。ウォールナットのグリップをグッと握り締める。角の立ったチェッカリングが掌に食い込み。

 「出来るなら・・・荒事は勘弁してくれよ」

 明神はそう呟いた。刹那、扉が激しい衝撃と共に吹き飛ばされた。明神は銃を構える。散弾銃を構えて入って来た男の顔面を撃った。男はそのまま仰向けに倒れる。後から入って来た短機関銃を持った男の邪魔になる。

 その一瞬を逃さない。明神は短機関銃の男の顔面にも撃ち込んだ。二発の銃声が鳴り響き、火薬の香りが部屋中に漂う。明神は五感を澄ませる。他に敵が居ないか。必死に情報を集める。数分が経ったが、特に敵の気配は感じない。

 「こいつら・・・だけか?」

 明神は警戒しながらも、二人の男に近付く。服装は清掃員などが着ているような作業服。防弾ベストなどを着ている可能性を考慮して、難しヘッドショットを行ったが、それは正解だったようだ。作業服の下にはしっかりと防弾ベストが着用されている。使っている銃はケルテック社のKSGという散弾銃。

 チューブ式マガジンが副列になっており、切り替えて使うことも出来るプルバック方式の散弾銃だ。タクティカル要素を大きく取り入れており、狩猟用と言うよりも軍用に寄った性能だ。もう一人が持っているのはマイクロウージーだ。

 「ヤクザ・・・にしては銃の選択が面白いな」

 取り敢えず、死体の処理は後にして、明神は残りの弾を上着のポケットに突っ込み、少女を連れて、ここから逃げ出す事にした。あれだけの銃などを装備させる連中だ。他に仲間が居ると思った方が良いだろう。数で攻められたら、勝ち目などは無い。

 雑居ビルを少女の手を引いて、ひたすら走る。夜の街を駆け抜け、とにかく走った。どこで奴等は監視をしているかわからない。とにかく、やるべき事はこの子を警察に渡すべきだろう。それしか、この子の安全を確保する手段は無い。

 夜の街には必ず、交番がある。揉め事が多いからだ。そこまで少女を連れて行く。それだけだ。夜の街と言っても、時間的には仕事帰りに一杯呑んだサラリーマンなどが多く居る。ここで、襲って来るはずは無い。明神は上着のポケットの中では常に拳銃を握り締めているが、どこか、楽観的な気持ちはあった。

 前から歩いて来る若い男達。チンピラ風だ。普通の時でもあまり近付きたくない連中だ。だが、彼等の目は明らかに少女を見ている。

 「よう、おっさん。その子、俺らに貸してくれよ」

 金髪鼻ピアスの男がそう絡んで来た。最初から、狙いはこの子だろう。

 「止めておけ・・・」

 明神はそう答えるだけだ。

 「ふざけるなよ・・・貸せよ!」

 男が強引に少女の腕を掴もうとしたから、明神は少女から手を離し、男の手首を掴んだ。そして、一瞬だ。男の体は明神の前で転げる。男自身、何が起きたわからないだろう。明神は男の手首を捻り、男の身体の力の掛かる方向を変えてやったに過ぎない。男は自分の突進力で地面に転がったそれだけだ。そして、その曝け出された延髄を明神が蹴る。それだけで、男の意識は朦朧として、動けなくなるだろう。

 「お、お前・・・何を」

 残りの二人は怒りに任せて、ポケットからナイフとスタンガンを出した。

 「チンピラと遊んでいる暇は無いんだよ」

 明神はズイッと彼等の前に一歩、踏み出す。その何も恐れていない態度に奴等は圧されて、一歩後退った。彼はこいつらなら、追い払えると思った。

 「今なら、許してやる。俺の前から失せろ」

 明神は彼等を睨み付けながら、恫喝する。それに怯えて、彼等はさらに後退る。これで良い。無用な喧嘩は無しだ。

 きゃあ!

 背後から叫び声が聞こえた。振り返ると、突然、銃声が鳴り響く。咄嗟の事で明神は何も出来なかった。左肩に痛みが走る。そのまま倒れ込むしか無かった。視界には子どもを強引に脇に抱えたサングラスの男が逃げ出す所だった。

 やられた。

 チンピラは囮だった。咄嗟に金でも渡して、雇ったのだろう。チンピラ達も突然の発砲でビビったらしく、蜂の子を散らすように逃げて行った。

 このままじゃ、銃声を聴いた警察官がやって来る。ポケットに拳銃を突っ込んだままの明神が逮捕されるのは火を見るよりも明らか。逃げるしか無かった。

 明神はどこをどう、逃げたかわからない。結局、あの少女がどこに連れ去れたのか。そして、どんな目に遭っているのか。それさえもわからない。油断したつもりはなかった。だが、考えてみれば、最初に銃を持って突入してきた奴等の事を考えればチンピラごときに時間を掛けるべきじゃなかった。

 色々と考える。だが、それで結果が変わるわけじゃない。明神は諦める事にした。これまでの経験上、どうにもならない事など、幾らでもあった。それは命が懸かった事でもだ。タバコを吸おうとズボンの尻ポケットから小銭入れを出そうと手を突っ込む。そこにクシャリと紙の感触があった。何かと取り出すと、見覚えの無いチラシの切れ端があった。それはある風俗店のチラシだ。

 「人妻ソープねぇ」

 こんなチラシをポケットに突っ込む明神じゃない。だとすれば、入れたのはあの少女だ。これが手掛かりだとすれば・・・まだ、やれる事が残っているわけだ。彼はニヤリと笑って、歩き出した。

 チラシの店は繁華街の少し、裏に入った通りにある店だ。繁華街で探偵をやっている明神はこの店の事を知っている。バックは暴力団とは無縁の連中。ただし、政治家や官僚との付き合いもあるような連中だ。噂では政治資金などから集めた金をマネーロンダリングするための店だとも噂される。どこまでが真実なのか知らない。

 明神は店に入る。店員が愛想良く、挨拶をしてくれる。待合室で、少し待つ。特に指名など無いから、すぐに個室へと案内された。中に入ると、40手前ぐらいか。少し苦労を感じたような熟女が待っていた。

 「アンリで~す」

 彼女は愛想良く、挨拶をする。

 「あぁ、それより、店員を呼んでくれ」

 突然の明神の言葉にアンリは機嫌を悪くする。

 「いきなり、チェンジって!」

 「チェンジじゃないよ。良いから、呼びな」

 アンリは不貞腐れながら、店員を呼んだ。

 「あ、あの、アンリちゃんが何かぁ?」

 店員は慌てて入って来た。明神はそいつの顔面に拳銃を突き付けた。

 「なぁ・・・ここのバックになっている会社の所在地を教えろ」

 「あ、あんた・・・何者なんだ?」

 明神は空いた左手で店員の腹を殴る。アンリが背後で叫ぶが、そんな事は明神は気にしない。

 「殺されたくなければ、答えろ」

 「うっ・・・そんな事したら、俺、殺されちまう」

 腹を殴られて、蹲る店員の後頭部に銃口を強く押し付ける。

 「今、死ぬか、後で死ぬか。その違いは大きいと思うが?」

 「わ、わかったよ」

 店員は泣きながら、この店の運営会社の所在地を喋った。明神は彼を蹴り飛ばし、気絶させてから、部屋を後にする。

 運営会社はビジネス街の一等地にある高層オフィスビルに入っている。取り敢えず、コンサルティング会社となっているが、正直、何をやっているかわからないような会社だ。明神は朝が来るのを待って、オフィスビルに出勤するサラリーマン達の群れに紛れて、ビルに入った。幾つもの会社が入るオフィスビル。ヨレヨレの背広の明神は目立つが、それを咎める奴なんて居ない。

 明神は無事に目的の会社が入るフロアに到着した。受付はインターフォンのみという簡素ぶり。俺はインターフォンの受話器を取った。モニターに映ったのはOLだ。

 「失礼ですが、所属と氏名、ご用件を承ります」

 「俺ぁ・・・明神って言う探偵だ。ちょっと、ここの偉い人に仔猫を預かって無いか、お聞きしたいと思ってね」

 OLは明らかに不審な顔をする。

 「あの・・・悪戯でしたら、警察を呼びますよ?」

 「警察か・・・呼べるなら呼んでみるとイイ。困るのはそっちだと思うがね?」

 明神は自信満々に答える。その様子にOLはすぐに何処かに行った。数分後、オフィスの扉が開いて、明らかにサラリーマンとは違う、がっしりとした体格の外国人が二人、OLと一緒に出て来た。

 「あの人です」

 OLは明神を指さす。

 「答えは・・・それか」

 明神はニヤリと笑って、二人の男を見る。

 「お客さん・・・すいませんね。ちょっと別室へと来て頂きますか?」

 黒人が流暢な日本語で話す。

 「おっと、俺は仔猫の居所が知りたいだけで、お前等と乳くり合いたいわけじゃないんだ?」

 白人は懐に手を入れた。何か得物を持っているのだろう。

 パン

 銃声が鳴り響く。明神のポケットに穴が開いて、火薬の匂いが漂う。その直後、白人は胸を抑えて倒れ込む。そして、明神はポケットから拳銃を抜いた。

 「時間が無いんだ。仔猫の居所を教えて貰う」

 黒人はさすがに銃口を突き付けられて、抵抗しようとは思わないようだ。OLが叫び声を上げて、逃げ出す。面倒だが、警察を呼ばれるわけにはいかない。彼女の足を撃ち抜いた。OLは廊下を転げた。

 「動くな。殺すぞ?」

 そう言われて、OLは泣きながら、明神に何度も頷く。そのまま、オフィスに入った。中には数十人の男女が仕事をしている。だが、オフィスの前で起きた発砲で、誰がも何事かと見ていた。

 「おい!ここで一番偉い奴は誰だ?」

 拳銃を持った男の掛け声に誰もが一斉に奥の個室を見た。

 「そこか・・・悪いが、邪魔をするなよ」

 明神はその個室へと近付き、擦りガラス越しに中を見た。どうやら、一人が居るようだが、どうしているかまではわからない。明神は扉を近くのOLに開けさせる。そしてOLを盾に中に入った。突然、銃声が鳴り響く。OLの体に穴が開いた。明神は慌てて、横っ飛びにかわす。オフィス内は混乱となる。

 個室から飛び出してきた男は明神を撃とうと自動拳銃を構えるが、それを待ち受けていた明神がその拳銃を持った手首を掴み、投げ飛ばした。

 「よう、あんたが黒幕か?」

 明神は床に倒れた男に銃口を向ける。

 「お、お前は?」

 50代後半ぐらいの禿げたおっさんは倒れたまま、明神を見た。

 「俺か?探偵さ」

 「探偵ごときが・・・こんだけの騒動を起こして、どうるすつもりだ?」

 「仔猫を探している」

 「仔猫?」

 「言い方を間違えた。マリアの娘はどこだ?小学生ぐらいの子だ」

 「マリア・・・お前、あの子の何だ?」

 「知っているみたいだな。言えよ」

 刹那、明神は振り返って、発砲した。その先には拳銃を持ったさっきの黒人が居た。彼の額に穴が開き、貫通した弾丸が後頭部に大穴を開けて、脳髄や血を撒き散らした。それをモロに浴びたOLが悲鳴を上げる。それを見たハゲ親父が明神を脅す。

 「こ、ここもすぐに警察が来るぞ?」

 「来るかな?警察はあんたらの仲間だろ?」

 それを言われて、男は黙った。

 「さぁ、言えよ。あの子はどこだ?」

 「ふん・・・殺したければ、殺せよ。俺は何一つ言わん」

 銃声が鳴り響いた。男は左肩を撃ち抜かれて、悲鳴を上げる。

 「殺してどうする?お前は余生をダルマとして生きていくだけだ」

 再び銃声が鳴って、男の左足の付け根が撃ち抜かれた。

 「ひぃいいいい!止めてくれ。頼む。止めてくれ」

 「言えよ。あの子はどこだ?」

 「埠頭だ。埠頭の倉庫だ。だが、今頃は・・・」

 最後に男の腹を撃って、明神は会社を後にした。

 男から手に入れた場所へとタクシーで向かう。思ったよりも警察が動いていない。多分、この件で警察は動かない。何かしら、その辺の事が絡んでいるのだろう。明神にとってはどうでも良い事だが、マリアはそういう危ない事に足を突っ込んでしまったようだ。相変わらず、運の悪い女だ。明神はそう思って、埠頭でタクシーから降りた。

 埠頭には会社から連絡が入ったのだろう。武装した男達が待ち受けている。手にはどこで手に入れたか、機関銃や散弾銃などを持っている。ちょっとした軍隊だ。明神は彼等の前にフラリと現れた。誰もが、訝し気に見ている。

 「よう、仔猫を返して貰うよ」

 誰もがその言葉を理解が出来なかったようで、一瞬、シラケる。

 相手は武装していると言っても5人。明神は笑った。そして、ポケットから拳銃を抜く。ロウマンの細いグリップは掌にしっかりと収まっている。距離は50メートル。相手は自動小銃。明神は圧倒的に不利だ。

 だが、不利なんて、やってみないとわからないだろ?

 こんな法外な場所で誰の法が絶対かを教えてやる。

 明神は右腕を真っ直ぐに伸ばし、拳銃を構えた。

 激しい銃撃の男は1分も掛からずに終わる。

 倉庫の中では一人の少女が痣だらけで倒れている。色々な虐待を受けたようだ。倉庫の扉が開く。

 「おい、終わったのか?」

 少女を見張っていた小太りの男が叫ぶ。

 「うるせぇよ。こっちはケガしているだ。騒ぐなよ」

 入って来たのは明神だった。スイングアウトして弾倉から、空薬莢が落ちて、堅いコンクリートの床で金属音を立てて、跳ねる。ポケットを探ると、弾は一発しかなかった。

 「ちっ、なんでぇ・・・、タバコも空なら、銃も空か」

 そう言って、一発を薬室にぶち込み、弾倉をカチャリと戻した。

 「てめぇ・・・探偵だってな。依頼主は・・・誰だ?」

 小太りの男は手に自動拳銃を持って構える。

 「それを聞きたいのは俺の方だ。子どもを嬲って、何が楽しい?」

 「うるさい。こいつが大人しく、吐かないからだ」

 「マリアはどうした?」

 「マリア?あぁ、こいつの親か。あいつは拷問して殺してやった。どうしてもメモリーカードの在りかを吐かないんでね」

 「ほう・・・メモリーカードか。そんな物の為に、てめぇらは親子をこんな目に遭わせたのか?」

 明神の声は少し震えた。

 「う、五月蠅い。貴様に国家の事などわかるか!」

 銃声が鳴り響いた。小太りの男の口に弾丸が入り、首から抜けた。

 「うるせぇって・・・言っているだろ?国家が何なのか知らないが、ガキに手を挙げる糞野郎はそこら辺死んで、犬の餌にでもなっちまえ」

 明神は倒れている少女の脈を診る。どうやら、生きているようだ。彼女はそっと目を開けた。

 「助けてくれると思った」

 「ちっ、厄介事を押し付けてくれる」

 明神は少女を抱えて、倉庫を後にした。

 その後、事件がどうなったか。それは何も報道される事は無かった。事務所に戻れば、最初に殺した二人の死体も綺麗に無くなり、後から明神の口座に1千万円が入っていた。どうやら、迷惑料のようだ。

 メモリーカードがどこに行ったのか。そんな事は明神は知らない。ただ、これ以上の厄介事はもう、無いだろう。それだけは確信出来た。

 明神はいつも通り、ソファで横になっていた。いつもの生活が戻って来たわけだ。

 「ただいま!」

 ただ一つ、この事務所に仔猫が棲み付いた以外は。

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