オールラウンダー

 マークスマン。

 それは一般の歩兵の中でも射撃成績の優秀な者の事だ。無論、狙撃手というのが専門的になった現代において、彼等を狙撃兵とは呼ばない。あくまでも歩兵の中で、射撃が優秀な者という事だ。ただ、与えられた任務は違う。その優秀な射撃能力を活かし、真っ先に敵の重要目標を潰す事が求められる。

 ホースマン一等軍曹もその一人だった。


 アジアの大国が経済破綻と政治腐敗、軍部の暴走によって、周辺国へと攻め込んだ。世界が崩壊する危機を前に、大統領は海兵隊を彼の地へと放り込んだ。だが、それは魔女の鍋に生贄を放り込んだに過ぎなかった。

 彼が所属する部隊は湾岸都市の制圧を行い、橋頭保を築くのが任務だった。だが、すでに統率を失い、ただ、濁流のように暴れ回る大国の軍隊は無謀にも戦術核を使用した。それはあまりにも自暴自棄な行為だった。米軍や連携する同盟国軍はその防空能力の全てを動員して、敵の核弾頭の破壊を試みた。だが、半島を中心に大きな被害が発生した。それは彼が所属する部隊が侵攻した先にも落ちた。

 一瞬だった。爆風で建物が倒壊した。対峙していた敵は一瞬で、炎に焼かれて消えた。彼等も自分の仲間が放った核弾頭にやられるとは思っても居なかっただろう。

 ホースマンも何とか、生き残った。多分、被爆はしたが、今のところは、症状は出ていない。仲間の半分は死んだ。だが、小隊長はそれでもここを防衛すると言い張る。無線機は核弾頭の影響で、使用不能になっていた。

 きっと、助けは来る。そう信じて、俺らは当初の命令通りにここの防衛を行う事にした。


 M14 DMR 自動小銃


 バトルライフルと呼ばれる自動小銃だ。これは米軍が第二次世界大戦から小銃用に用いている大口径ライフル弾を使用する自動小銃に名付けられた名前だ。一般的にアサルトライフルと呼ばれる自動小銃が6ミリ以下の小口径なのに対して、7ミリ以上の大口径の弾を用いるバトルライフルは射程、威力共に、アサルトライフルを上回っている為に、分隊用の狙撃銃などで、用いられる事があった。

 M14はM1ガーランド自動小銃の後継となるべく、開発されたモデルで、基本的にはM1ガーランドを踏襲している。クリップで装填する内部弾倉を改め、着脱式弾倉として、利便性を高めている。だが、M16の登場で、M14は日陰へと追いやられた。軽量で、多弾数のM16は次世代の歩兵火器として、その座を奪った。

 M14は重く、また、M1ガーランド譲りの古臭い機関部が陸軍からは嫌煙されたが、逆に海兵隊は信頼が置けるのと、威力が高いことを評価して、暫く、主力として採用していた。その間に、M14に狙撃銃としての能力を見出した為に、海兵隊ではM16に主力の座を渡した後も、分隊支援火器として、M14を使っている。

 俺の手にはよく使い込まれたM14DMRがある。俺にはこれしか無い。


 核攻撃を受けてから1週間が経つ。携帯兵糧は尽きた。味方からの支援は無い。小隊長はここの防衛を諦めると言った。敵の姿は無い。この街は黒く、廃墟しか無い街になってしまった。

 生き残った仲間の数人がすでに血を吐いたりと、被爆による症状が出ているようだ。バタリ、バタリと倒れていく。まだ、元気な者が何とか彼等を担架に乗せて運ぶ。俺は彼等を守るために常に周囲を警戒した。

 街から出て、何とか、味方が居るだろう港へと到着した。だが、そこには味方の姿は無かった。どうやら、味方は核攻撃を受けて、撤退をしたようだ。破壊された港の倉庫の中に俺らは隠れた。

 通信兵は仲間に救援を呼ぶ為に必死に無線機を弄っていたが、無線機は強い電磁場を受けたせいか、壊れているようだ。幸いにも港湾の倉庫で俺らは味方が陸揚げした食料を発見した。安全な飲料水も保存されていた。倉庫の中には乱雑ながらも高く積み上げられた物資が豊富に残っており、食い物と水には心配が無かった。

 だが、体調を崩した仲間はどんどん衰弱をしていく。数週間、食料には困らなかったが、無線が繋がる事は無かった。その間にも、生き残った兵士の殆どが吐血をしてその場に倒れた。そして、小隊長も倒れた。

 不幸にも俺だけが無事だったようだ。いや、まだ、症状が現れていないだけか。正直、この一帯の放射線量だって、低くは無いはずだ。その中で動いているんだ。俺もいつか、彼等と同じように体が動かなくなるだろう。

 怯えていても意味が無い。俺は俺の任務を全うするだけだ。小隊長からはこの倉庫の防衛を命じられた。ここで待っていれば、必ず、仲間が助けに来てくれるはず。そう願っていた。

 それから3カ月程度が経った。

 敵も来ないが、味方も来ない。最初に体調を崩した仲間が死んだ。俺以外はほとんど、寝たきりになった。俺自身も血を何度か吐いた。身体もダルい。だが、それでもやれるのは俺しか居なかった。

 ある日、俺は煙草を吸っていた。死んでいく仲間の介護より、無人の街の景色を見ている方が気が楽だった。銃を構えて、レオポルド社のスコープを覗く。こんなことをやっていても、敵が来るなんて思えない。それぐらいに破壊された街は静かだった。

 だが、その日は違った。街の合間を進む一団を発見してしまった。そうだ。敵だ。数からして、小隊規模。多分、港湾施設の制圧が目的だろう。俺は静かに動静を見た。そいつらを見ると、中にはまだ、子どものような兵士もゴロゴロ居る。あの国はあんな年端もいかない子どもも戦場に出すのかと反吐が出そうだった。

 俺は指揮官を狙った。奴等もここには誰も居ないと思っているのか、あまりに無防備に歩いている。一度、痛い目に遭わせて、帰っていただくのが良いだろう。

 チャージングハンドルを引っ張り、初弾を薬室に装填する。安全装置を解除して、狙いを定める。距離は600メートル。良い感じの距離だ。撃つ時は少し緊張する。相手が人間だからとか、的だからとかって事じゃない。単純に緊張するんだ。

 そして、一発、撃った。弾丸は指揮官と思しき、男の側頭部から入り、反対側へと貫いた。一撃で、始末した。周辺に居た兵士達は右往左往している。当然だろう。突然、指揮官を失えば、統率は無くなる。このまま退却をしてくれれば良いのだが。

 だが、願いは虚しく、裏切られる。下士官らしき男が逃げ出そうとする少年兵の後ろ襟を捕まえて、引き倒す。何か怒鳴っているようだ。それを聞いた兵士達は再び、歩き始めた。厄介な事に怒鳴っている下士官は狙撃を恐れて、隠れてしまった。

 兵士達は狙撃を警戒しながら、身を伏せて、進んで来る。俺は狙い易い奴から撃った。弾丸は兵士の一人を撃ち抜く。空薬莢が宙を飛び、次弾が装填される。セミオートマチックライフルの強みだ。次々と撃っていく。敵兵達が次々と撃たれて倒れる。だが、全員では無い。銃撃を掻い潜って、迫って来る。何とも無謀な作戦だった。こちらが一人じゃなかったら、どうなっているか。

 「素人共が・・・」

 軽機関銃などを先に潰した。だが、死に物狂いで走り寄って来る子ども達を逃してしまった。俺は倉庫街に入って来た敵を倒す為に歩き始める。

 「おい・・・軍曹。敵が入って来たのか?」

 虫の息の小隊長がそう呼び止める。

 「はい。今、迎撃してきます」

 「俺の銃を使え。接近戦でそいつは、不利だろ?」

 小隊長は傍らのM4A1カービン銃を指して言う。

 「安心してください。こいつは俺の身体の一部です。接近戦でも問題ありません。むしろ、そんなちっさい弾じゃ、不安ですよ」

 俺は笑いながら、その場を去った。

 「さぁ・・・ガキ共。ビビって逃げ出すなら、今の内だ。さすがに俺も相手がガキでも手加減は出来ないんでね」

 身体は重い。今にも力を失って倒れそうだ。歩く度に体力を削られる思いをしながら前に進む。工場の中は多くの荷物が残されている。隠れるには都合の良い場所だ。あのガキ共の動きを読むのは簡単だ。どこから入って来るか。それを見越して、射撃地点を決める。そして、伏せる。

 案の定だ。敵は倉庫の電力を失って、空きっ放しになっている搬入口から入って来た。俺はそれをただ、撃つだけだ。

 最初のガキの右足を撃ち抜く。これで奴はもう、動けない。現地語で何かを泣き喚いている。良いぞ。盛大に喚けば、仲間が助けてくれる。そのまま、連れて帰れば、任務は終わりだ。

 だが、奴等は違った。泣き叫ぶ奴を放っておいて、別の奴が中に入って来る。そいつの足も撃ち抜く。そいつも泣き叫んだ。ガキの泣き叫ぶ声は聞いていられない。まだ、他にも居たはずだが、姿を現さない。どうやら、裏手に回り込むつもりのようだ。何とも・・・ガキってのは常識が通じないから困る。

 ガキを殺すか・・・戦争だ。それもあるだろう。

 俺はそう思う事にした。厳しい訓練を経て、海兵隊員になった。覚悟など出来ている。戦争なら、勝つ事が至上の目的だ。

 M14 DMRは銃身が長い。狭い屋内での戦闘には不向きだ。むしろあいつらが持っているカラシニコフのコピーの方が取り回しが良いだろう。ましてや、相手はまだ、ガキだ。背丈も低い。屋内じゃ、発見が難しい。

 だが、所詮はガキだ。

 カツン、カツン

 足音に反応して、銃口を向ける。そこにはガキが居た。手には自動小銃。先に撃ったのは俺だ。当然だろう。奴等がこちらに気付く前から気付いて、構えているのだから。あまりにも隙が多過ぎるのだ。だが、それは君達がまだ、経験の少ないガキだからだ。これから多くを学ぶ為の時間が本当ならあったはずなのだ。それを俺は今、摘み取る。

 銃弾は少年の胸板を貫く。強烈なパンチ力を至近距離で受けた少年の体は軽々と吹き飛んでいった。その後ろには彼の仲間だろう。同じ年頃の少年が慌てて銃を撃とうとした。だが、悪いが、それを撃つチャンスなど無い。空薬莢が空を舞っている間に俺は二発目を撃った。こいつは狙撃銃だが、狙撃銃じゃない。そういう銃なんだよ。

 二人目の少年も体を吹き飛ばされ、転がった。足音がまだ、聞こえる。ガキがまだ、居るのか?一体、何人、居るんだ?正確な数を把握出来なかったのは痛手だ。

 俺は静かに倉庫の中を歩き回る。一か所に留まるという手もあるが、少しでも敵を先に発見したい。そう思ってだ。

 相手はまともに戦闘訓練も積んでいないようなガキだ。だが、それを舐めちゃいけない。下手に訓練を受けた兵士なら、セオリー通りに動いてくれる。だが、ガキは違う。セオリー無視でどんな風に攻めて来るかわからない。

 頭上から微かに音がした。俺は咄嗟に上に銃口を向けた。そこにはナイフ片手に高く積まれた荷から、飛び降りようとするガキが居た。

 銃声が響き渡る。

 飛び降りたガキの体をライフル弾が貫き、その威力で彼の体はビクンと一瞬、空中で止まったようにも感じた。そして、二発目が彼の胸を貫く。背中に空いた穴から血飛沫を飛び散らせながら、ガキの体は硬いコンクリートの床に落ちた。

 ちっ、ヤバかった。

 積まれた荷と言っても、かなり不安定に積まれている。暗闇でこの上に登って、動き回ろうなんて、大人には思い付かない。

 「ガキめ・・・やるじゃないか。生きて、成長していれば、戦争の無い世界でその発想力が役に立ったかもな」

 俺は何で、こんなことを口にしたのだろうか。そう思いつつも、血を流し、動かない男の子の躯を見ていた。戦場ではその瞬間さえも危険だ。

 銃弾が頬を掠める。目の前には自動小銃を構える少年兵がフルオートで射撃をしている。アサルトライフルとコンバットライフルに違いなどそうは無い。どちらも同じように連射機能があるし、ライフル弾を使う。違うのは使う弾の大きさぐらいだ。だが、それは近距離では大きなアドバンテージになる。

 少年が持つ銃は大量の弾丸を一本の弾倉に詰め込み、速いサイクルで弾を撃ち出す。それは機関銃と言っても過言じゃないだろう。だが、その反動を押さえるのは大人でも難しい、それがまだ、年端もいかない少年ならなおさらだ。

 弾が上にいっている。反動を押さえきれていない。そして、幾ら多くの弾を弾倉に詰めていても、発射サイクルが速いのだから、弾が切れるのもすぐだ。

 俺は冷静に少年を狙った。彼は弾が切れて、慌てて、弾倉を交換しようとした。もう遅い。スコープの中には涙を流しながら、焦る少年の顔が大きく映る。

 そして、銃声が鳴り響いた。

 俺は重たい足取りで元の場所に戻る。体力が激しく削られている。ここに辿り着くまでにも吐血した。体は蝕まれ、終わりを迎えようとしているだろう。俺は仲間たちを見た。腐敗が始まっている奴は別の部屋に移していたが、もう、別の奴が腐敗を始めていた。そして、さっき、虫の息だった小隊長も、天井を見るように死んでいた。俺は窓際に座った。俺の死に場所はここだ。敵が見渡せるここが、俺の死に場所だ。俺を最期まで見送ってくれるのはこの銃だけだ。

 港は再び静寂に包まれた。

 

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