本編

【表現】高いところから落ちる

 大きなショックを表すのに『高いところから落ちる』という表現はよく用いられるように思う。誰もが一度は想像したこともあるだろう危機の一つだし、人によっては経験したことさえあるかもしれない。

 だからショックや絶望は高いところから落ちるイメージで表すと非常に読者に伝わりやすい。似たような表現にガラスが割れるイメージがあるけれど、それとこれとじゃ読者の受け取り方が全然違う。


 ただ、実際にキャラクターが高いところから落ちると、生きてんのかこいつ、なんて思ってしまう時もよくある。「不思議の国のアリス」で白ウサギを追って穴に入ったアリスが長い距離を転がり落ちるシーンとか。三半規管壊れなかったのかなあの子、なんて心配になる。夢オチだったけど。「となりのトトロ」でトトロの巣穴に通じる穴を転がり落ちたメイもね。落ちた後ほんの少し目を回して頭を揺らしただけで起き上がれるってどう鍛えたらそうなるのか。バレエとかフィギュアスケートとか向いてるかもしれない。


 あとは私が昔遭遇したウェブ小説では二秒間自由落下して地面に叩きつけられていたただの人間のはずの主人公がいたかな。え、何がおかしいのって? よし、じゃあ実際に二秒落下したらどうなるか考えてみよう。


 重力加速度がおよそ秒速十メートル毎秒だから、一秒ごとに下向きの速度が秒速十メートルずつ増加するとすると、地面に叩きつけられる時の速度は秒速二十メートル、時速に直すと七十二キロメートルかな。わー、地道走る車より速い。車に轢かれる歩行者並みの凄惨な死体が生まれるね。その主人公は肩痛めただけで済んでたけど。主人公補正にも限度があるってば。

 高校物理を使って計算すると、四十メートルの高さ(ざっと十三階建てのビルの屋上くらい)を落ちるとちょうど同じくらいの落下になるかな。もはや投身自殺だ。


 ちなみに自由落下の時間が一秒なら、衝突時は時速三十六キロメートル、高さで言えば三階建てのビルの屋上、骨折裂傷打撲の上痛みで気絶昏倒、すぐに入院できても全治一ヶ月は固いんじゃないかな。どれだけ運が良くても二週間は動けないと思う、多分。打ち所が悪くない限り即死はないと思うけどね。


 高いところから落ちるのは別に物理的な話だけじゃない。順位の高いところから落ちることもある。勉強ができる学生が突然テスト順位を落としたり、強いと言われたアスリートが大会の順位を落としたりすれば、読者に「この人何かでショック受けたんだな」って悟らせられる。

 テンションが高いところから落ちるなんてこともある。さっきまで普通に喋っていたのに突然黙る人がいれば、ああショック受けてるなってわかる。同じ意味でショックを受けている人は頭に血が上らないから怒れない。怒っていた人が突然黙ったらやっぱりそういうことだよね。

 他にも、高みの見物という言葉があるように、事件の内側と外側では外側の方が高い位置にあると思う。だから騒ぐ人を我関せずの顔で見ていた人が同じように騒ぎ始めたら、それは高いところから落ちてる。


 まあぐちゃぐちゃと書いたけど、今回私が言いたかったのは、文章を書くなら『高いところから落ちる』って表現は説得力や多様性の面で便利だから使いこなしたいよねってことと、物理的に二秒自由落下したら死ぬから気をつけようねってことかな。

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