040 サバイバーたちのいるところ

 田舎に住むことのメリットは、田舎へのあこがれがなくなることです。定年退職を機に、縁もゆかりもない田舎へ引っ越して、悠々自適の暮らしをする。のんびり家庭菜園でもしながら……なんて妄想とは無縁です。冬の空っ風で、畑の土が舞い上がり、窓から入ってきた砂などで家の中がなんとなく埃っぽい、みたいな体験をしてますから。

 自然が豊かなのはたしかです。そこについて異論はありません。でも、自然は人間のためには存在していない。やさしい自然は人工物です。人間の神経を破壊し、死に至らしめる毒性の極めて高い成分は、自然の中の方がよっぽど多い。人工的な毒物よりずっと、うっかりで触れてしまう危険がある。例えば漆の樹液は、触れると皮膚をかぶれさせますが、漆の木って見分けがつきますか? わたしにはつきません。きのこだったら、むやみに食べると危険、ってくらいは誰でも理解しているでしょう。ものによっては、ひどく苦しんで死ぬそうです。たったのひとつ口に入れただけで。

 小学生のわたしは、学校まで歩きで通っていました。学校へ行くまでに牛を飼っている小屋だったり、墓地のあるお寺が道沿いにあるルートを抜けます。そこが一番近く、なおかつ県道で道幅が大きい。

 服屋はスーパーマーケットより遠いです。CDや本を扱っている店となると、さらに遠い。裸でごはんを買いに行って、着るものを手に入れたら、知識を得るため書店へ行く。そこまでの情熱がなければ、生きていけないんですよ、あの土地では。住民すべてがサバイバー。今はネット通販で何でも手に入りますから、いいですね。

 都会へ電車で出たときに、ランドセルをしょった、小学校の一、二年生くらいの子供を見かけました。そのときの衝撃と言ったら! 別に大したことはなかったです。でも、生きてる世界が違うとは感じました。

 小学生のわたしは、最も遠い場所に住んでいる友達の家まで行こうとしたら、自転車で片道5kmくらいはかかります。なもんで、学校から離れたところに住んでいる子同士の連帯感を察知してました。独自コミュニティーが形成されている。仲良くなっても、家が離れてるとどこかよそ者っぽく思えてしまう。勝手な思い込みかもしれませんけど。

 夕方になって、道にでも迷おうものなら、そりゃあ不安で不安で。四方を木々に囲まれた道路しかない。あっても畜舎か田畑。車だってあまり通らないし、動物のにおいはするし。おまけにこっちは、地図に弱い。

 迷子になって、大通りに出られたときの安堵は、成人を過ぎた今でも同じです。

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