第12話 【3】ー1
【3】高校生・葛見祐人
買い物と悪魔の襲撃という日常と非日常をくぐり抜けた次の日。俺は朱花とともに桃山町を歩き回ることにした。
母さんには建前として「
「じゃあ母さん、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませ」
「はいはい、行ってくるわ」
現在俺たちは、家から最も近い駅に来ていた。学生にとって今は春休みだが、世の大人たちは関係なく出勤のためにその多くが駅を利用している。
母さんもその内の一人であり、今日から明日の朝にかけて仕事をする母さんの手荷物は他の会社員たちよりも多い。
「……どうですか、祐人さん?」
「いや、この中にはいないな……」
俺は辺りに視線を配りながらそう答える。
俺たちが今日やることは、悪魔の仮契約者探しである。
昨日、偶然にも俺以外の仮契約者を見つけることができたが、それは俺が仮契約者から出た契約の証を見ることができたからだ。悪魔と人間が契約を交わすと、魔法により絆のようなものが結ばれる。これは悪魔ですら視認することはできないのだが、それを俺はなぜか捉えることができるようだ。
朱花に尋ねてもその理由はわからなかったが、これにより相手の悪魔には複数の契約者がいることがわかった。
仮契約者は複数持つことができるらしいが、一般的には一人で十分であり、大抵の悪魔は二、三人としか仮契約を結ぶことができないそうだ。だが祐人は昨日、改めてショッピングモール内を回るとさらに三人の契約者を見つけることができた。祐人と家具屋の店員を合わせると、これで計五人もの契約者を相手の悪魔は抱えていることとなる。
これはあまりにも異常であると朱花と話し合い、今日は街中を巡って契約者を探すこととした。
なのでまず、仕事場に向かう母さんを見送るついでに、人の集まる駅に来たのだ。
「今度はもっと住宅の密集しているところに行くか」
契約者を探す理由は二つ。
第一に、相手の悪魔がどれほどの仮契約者を抱えているかを把握するためである。契約者が多いということは、悪魔はそれだけ多くの魔力を人間から補給することができるということだ。敵の悪魔が何を目的としてそれほどの魔力を収集しているかわからないが、相手のことを知らないままというのは不味い。
「先導は
第二に、相手の悪魔の戦力を削るためである。ただでさえ昨日の襲撃で相手を警戒しているというのに、その上敵の魔力が多いとなると恐怖でしかない。相手がさらに襲撃してくるかはわからないが、何も対策しないというのも不安がある。なので俺たちは契約者を探し、その契約を解除していくことにした。
これが昨日朱花と話し合ったケンフェルト家の悪魔への対応策である。
「少し歩くけど、東の方に行ってみよう。そっちなら住宅街と高校がある」
契約を破棄するという行為は、間違いなく相手の怒りを買うだろう。実際に、朱花が俺の契約を破棄した次の日に相手は襲撃を仕掛けてきた。
だが受け身になり相手に潰されるよりは、こちらから仕掛ける方が良いと自分は判断した。なにより、相手が魔力の多いままだと戦いになったとき、抵抗すらできない恐れがある。それは避けたいので、今の活動を始めることとしたのだ。
「あ、近所にはここしかコンビニがないから、コピーとかコンビニ決済がしたい場合はここで済ますんだぞ」
駅前のコンビニを指差し、朱花に街の情報を伝える。
街案内は建前であったが、このまま契約者が見つからなければ本当にそれだけで終わってしまいそうだった。
「
他の地域ではどうしているからわからないが、少なくともこの一帯では、軽い買い物はここで済ます者が大多数である。
「基本的に買い物は、昨日のオールか駅前で済むからな。買いたい物がそこで揃わなければ、電車使うしかないけど」
俺たちが向かっているのは、駅の東方面である。
東には先ほど話していた通り、スーパーや高校、さらに俺の通っている散髪屋や銀行がある。この高校は俺が通っている桃山高校ではなく、桃山東高校であり、その近くには住宅街があるので契約者探しには向いている。
「自転車さえあれば大抵の買い物ができてしまうのは良いですね。私の実家では車が必需品でしたから」
朱花の地元の田舎ぶりは聞いていたが、想像よりもへんぴな場所なのかもしれない。
というか、自分もその地域に住んでいたというのだから、田舎の風景ぐらい覚えていてもいいと思うのだが、一向に思い出すことはできない。
「車はやっぱ家政婦さんが運転してたのか? それとも朱花のお母さんか?」
昨日朱花から聞いたことを思い出していると、洗面所での一件が頭をよぎる。今日の朱花の反応を見るに特別気にしている様子は無いので、自分ももう忘れたほうが良いのだろう。だがそれでも、裸を見られたのだから意識せざるを得ない。無表情な朱花の顔に、恥じらいや嫌悪の色が見えないかとビクビクしながら観察してしまう。
「母は運転ができないので、
朱花によると、彼女の実家から学校までは自動車を使わなければ到底通えない距離らしい。なので中学生になるまでは家政婦の香織さんに送り迎えをしてもらっていたとのことである。他の生徒も、親に送ってもらうか、学校が手配してくれるタクシーで通っていたそうだ。
「それは大変だったんだな。俺は家から高校まで歩きで三十分かかるけど、それで遠いとか言ってちゃ駄目だな」
それから目的地に着くまでは、朱花の壮絶地元トークを聞くこととなった。
最も驚いたのは、週に一回はイノシシを見かけ、月に一回は庭に入り込んだイノシシを狩り、その肉を食していたという
「なんか朱花って無人島でも生き残れそうだな……」
「流石にそれは無理だと思いますが……」
朱花との話が一段落ついたところで、自分は道路上によく知った人物を発見する。
何が楽しいのか、その人物の表情はだらしなく緩んでいる。馬鹿面を公衆の面前にさらすなど友人として恥ずかしい限りである。
「おい、何やってんだ
自転車に乗りながら横断歩道で信号待ちをしている
「なんだ祐人か……てっきり警察かと思ったよ……」
凌介はなぜか警察官に職務質問をされることが多いらしく、俺が知る限り昨年だけで三回呼び止められたことがある。その三回は俺と一緒に歩いていたときだったので、もしかすると俺も怪しまれたのかもしれないが、原因は凌介であると今も信じて疑わない。
「今わかったよ。お前はにやけ過ぎているから疑われるんだ」
いつものように挨拶代わりに軽口をたたき合う。ここまで自分をさらけ出して話すことができるのは凌介だけなので、その存在には感謝しているが、その変態性は理解に苦しむ。
「うるさいよ。俺は今からバイトっていう神聖な業務があるんだ。お前の方こそ春休みの日中を一人寂しくぶらぶらしてんのか?」
凌介は水泳部に所属しており、同時にスイミングスクールでアルバイトをしている。
水泳は彼の単なる趣味であるが、バイトの方は彼の性的欲求を満たすために通っていると言っても過言ではない。年上の女性が好きな彼は、スイミングスクールに通う幼児たちの母親目当てでバイトをしているからだ。特に長期休暇の間は、母親も参加できる子ども水泳教室というイベントが彼のバイト先で開催されるので、それが人生で最も幸福な時間であると彼は語っていた。
「違うよ。俺も街の案内という崇高な使命を帯びているんだ」
どうやら凌介は朱花の存在に気がついていないようなので、彼女が見えるように自分は一歩退く。
いずれ朱花も俺と同じ高校に通うというならば、凌介に紹介しても構わないだろう。
「この子は今年桃山高校に入学する与沢朱花だ。朱花、こいつは真嶋凌介。変態だ」
軽く互いの紹介をしてあげると、朱花は凌介に対して丁寧に頭を下げ、凌介は俺の頭を叩いた。
「変態に変態って紹介されたくねぇよ」
というのが凌介の主張である。
「っと、初めまして、与沢さん。ちょっと待っててね」
そう言うと凌介は俺の服を掴み、引きずるように朱花から引き離した。
「おい祐人。あんな可愛い子どっから拉致ってきたんだ」
「人聞きの悪いことを言うな……。あの子は母さんの知り合いの子でな。こっちの高校に通うから、うちに下宿してるんだよ」
そうありのままの事実を伝えたのだが、凌介は一厘も納得していない様子である。
「嘘つけ。お前にあんな可愛い知り合いがいるわけないだろ。絶対どっかで誘拐してきたに決まってる……はっ! そういえば一昨日借りたゲームの中に催眠モノがあったな……」
エロゲをやったからといって催眠術を使うことができるわけがない。それにどちらかというと魔法などを使うのは朱花の方なのだが。
「何を妄想してるんだ……いい加減現実を受け入れろ」
凌介は、朱花のような美少女が俺と一つ屋根の下で暮らしているという事実を受け入れたくないのだろう。先ほどから湯気が見えそうなほど頭を悩ませているようだ。
「認めねぇ! 祐人があんな見目麗しい女の子と知り合えるなんて! 世の中は間違ってる、神は死んだのか!?」
こんなことに名言を使われるニーチェが可哀想で仕方がない。
「まあお前は海外で良い思いをしてきたんだろ? ならこれでおあいこだ」
俺のこの言葉でもまだ納得していない凌介は、絶望ここに極まるという表情を浮かべている。
「くそ……許せねぇ……。どうせ家ではあの子といちゃいちゃしたり、一緒にお風呂入ったりしてるんだろ……」
「それはない」
脱衣所で裸を見られはしたが。
「でもお前のことだから風呂上がりの寝間着姿や家でくつろいでる姿は眺めてるんだろ!」
「うぐっ」
流石は我が友というべきか、俺の行動パターンを完全に読んでいる。
というより、朱花のような可愛い子が同じ部屋にいれば、視線がそちらの方にいってしまうのは健全な男子高校生としては仕方がないと言えるだろう。
特に朱花の、雪のように白い肌が風呂上がりに上気している様は俺の股間を凄まじく熱くする。
「それにそれだけ眺める機会があるなら、とっくにスリーサイズも見極めているんだろ」
俺は女性の写真や動画を見過ぎだ結果、どんな服の上からでもスリーサイズが見極められるようになった。写真集でその実力を試したところ、誤差1㎝未満で言い当てることができた。
この特技のせいで凌介からすらも変態も呼ばれるようになったのだが、女体に興味関心のある思春期男子なら呼吸するようにできることだと自分は思っている。
「まあな。でもお前には教えん」
自分の見立てでは、朱花は着瘦せするタイプだ。その低い身長からは想像できない大きさの果実を持っているだろう。しかし太っているというわけではなく、昨日もエプロンのリボンでくびれが強調されていたように、非常に身体のバランスは良い。
冷徹な印象もあるため、これで身長が高ければクール美女としてより注目を集めていたに違いない。とはいえ低身長のおかげで朱花の可愛いらしさが強調されているので、これはこれで自分は好きである。
「祐人だけ情報独占するなんてずるいぞ! 俺の知る権利を尊重しろ!」
嫉妬のあまり、もはやわけのわからないことを口走る凌介。男の嫉妬は醜いものである。
「つーか、バイト行く途中なんじゃないのか? 時間、大丈夫か?」
凌介との茶番でストレス解消もできたので、そろそろ解放してやろうと自分の腕時計を彼に見せる。
すると彼の表現は怒りから焦りに急変した。
「うおおお! 遅刻するじゃねぇか! こんな馬鹿に付き合ってる場合じゃねぇ!」
凌介は自転車のペダルに足をかけた後、律儀に朱花に声をかける。
「待たせてごめんね、与沢さん。今度会うときは学校で! 入学おめでとうね!」
「ありがとうございます。真嶋さん、アルバイト頑張って下さいね」
朱花の
しかし年上好きの凌介はダメージが少なかったのかすぐに正気を取り戻し、「じゃあ」と俺たちに別れの挨拶をすると、全力でペダルを漕ぎながら凌介は去って行った。
「……凌介さんと何を話されていたのですか?」
凌介の後ろ姿を見届けた後、感情の色を完全に消し去った表情の朱花が俺を見上げる。
「ああ、ただの世間話だよ。聞く必要もないぞ」
まさか朱花の話をしていたとは本人には言えない。といっても朱花は全く気にしないのだろうが。
「そんなことより歩こう。せめて契約者の一人は探さないとな」
未だ目的地への道中である俺たちは、再び帆を進めた。
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