第8話 【2】ー4

 朱花の買い物が一通り終わった後、ちょうど昼飯時ひるめしどきになったので俺たちはフードコートに足を運んだ。

 そして今は二人とも食事を終え、食後にジュースを飲んでいるところである。

「なあ、そのレモンミントジュースっての美味しいのか?」

 自分が朱花の分も購入したのだが、彼女が俺に伝えた商品名は耳を疑うような物であった。

 朱花が注文したのはミント・レモン・砂糖などを撹拌した、健康によさそうな緑色のジュースだ。自分はグリーンティーなどの緑色をした飲み物はあまり好きではないので、その見た目に苦手意識が出てしまう。

「美味しいですよ。祐人さんも飲んでみますか?」

 そう言って朱花はストローから口を離し、こちらに向けてくる。

 レモンミントジュースなどという、甘そうじゃないのにジュースという名がついているものなど普通なら飲まないのだが、これは数少ない間接キスのチャンスではないかと煩悩が働きかける。

 いける。今ならなにも怪しまれずに間接キスができる――が、朱花は間接キスのことを気づいていないのではなく、ただ気にしていないだけではないかと考える。感情が希薄なため、間接キスのことを恥ずかしいと思っていないのではないのだろうか。

 もしそうだとしたら、それは真の間接キスではない。俺はただ間接キスがしたいだけではないのだ。間接キスをしてしまったことに朱花が気づき、それを恥ずかしがる反応を見るまでの一連の流れが間接キスであり、俺が求めるものはそれなのだ。だが、今ここで朱花のジュースに口をつけても、彼女が意識しないためそれは実現しないだろう。それでは意味がないのだ。

「いや、俺はミントはいいわ。ミントって味がキツくないか?」

 残念だが朱花の申し出は断り、自分用に購入したバナナジュースを飲む。バナナは甘い上に、女の子が食べているところを見るだけで幸せになれるので大好きだ。

「私はミント好きですよ。ミントと名のつく物ならなんだって食べます」

 ――もうそれただミントって名前に条件反射的に食いついているだけのような気がする。そんなにも朱花はミント好きなのか。

「じゃああれか、アイスとか食べるときって」

「もちろんチョコミントです」

 食い気味で答えられた。

「さらに言うと私はミントだけが好きなので、チョコミントのチョコを本当は抜いて欲しいです。このレモンミントジュースも、レモンはいらないのですが……」

 ミントガチ勢の姿を今初めて目の当たりにした。これから朱花にお土産を買うときはミントの入った物を選ぼう。

「俺にはわからない世界だな。ミントとかハッカとか、スーッとするものがそんなに好きじゃないからなあ」

「それが私は好きなんですよ」

 レモンとミントという、すっぱくて飲みにくそうな物を美味しそうにちゅーちゅー飲んでいる朱花を見ていると、何とも言えない気持ちになってくる。本当に美味しいという可能性もあるので、今度こっそり飲んでみようか。

「そういえば朱花って、美味しいとかは感じるのか」

 朱花を見ていてふと思ったことは、感情が薄いのに美味しいと感じるのだろうか、ということだ。もしかすると今も演技をしているのではないだろうか。

「もちろん感じますよ。美味しいと感じるのは感覚ですからね。感情は関係ありません」

 飲んでいたジュースがそろそろなくなりそうなのか、ストローの位置を変えながら朱花が話しを続ける。

「強いて言うなら、私は美味しいと感じることはあっても、美味しい物を食べることができて幸せだと思うことはあまりない、といったところですね」

 朱花の説明に、彼女についてまた一つ理解を深める。つまり朱花は感覚がないわけではないということだな。

 なら、彼女の脇をくすぐったら笑うのだろうか。

 ――見てみたい。朱花の無表情を笑いで歪めて、息も絶え絶えになるほど笑わせてやりたいという欲求が生まれるが、セクハラになるので自重しておく。

「そうか、たしかに美味しいかどうかわからなかったら料理とかできないもんな」

 味見のできない人間が料理をすると大変なことになってしまう。そう考えると、朱花の味覚がまともであってありがたい、と思ってしまう。

「あ、話は変わるけどさ、契約のことについて教えてくれよ」

 食事も終わり一息ついたところで、そういえばここに来る道中聞きそびれていたことを思い出す。あのときは聞く寸前に襲撃を受けてしまったためそれどころではなかったのだ。

「いいですよ。せっかくなので魔法全般の話もしましょうか?」

「お、いいのか? ならぜひ頼む」

 魔法の話、と聞くと不覚にも少年心がくすぐられてしまう。悪魔が使う魔法というのはどんなものだろうか。あと、エロい魔法はあるのだろうか。

「では、順番に説明しますね」

 そう言うと、朱花は持っているポーチから手帳とボールペンを取り出し、何か図のようなものを書き始める。

「………………すみません、お待たせしました」

 そして手を止めると、手帳を俺に見えるように置き直す。そこには、魔法の体系が樹形図で図示されていた。

 おそらく口頭説明では上手く伝えることができないと朱花は考え、このような図を用意したのだろう。

「……まず、悪魔の使う魔法は大きく分けて二つあります」

 左から右に広がる樹形図の左端を指差し、朱花が説明を始める。

 ――なんだか朱花のプレゼンテーションを聞いているみたいだ。

「一つが通有魔法。これは全ての悪魔が生まれたときから使える魔法です。原則、使用者にしか効果がない魔法ですね」

 『通有魔法』と漢字で書かれた項目に朱花は指を移動させる。通有、という聞き慣れない言葉を用いられるが、内容から意味は推測できる。

「それに対してもう一つが固有魔法。これは悪魔の女性しか使うことができません。こちらは通有魔法と違い、使用者以外にも効果があります」

 ここに来る道中朱花の言っていた『男の悪魔が使えない魔法』がこれだろう。

 そして話に集中していないわけではないのだが、朱花の指を見ていると指先がとても綺麗なことに気が付く。料理をし始めたばかりとはいえ、炊事で水に触れる機会があるにも関わらず肌が荒れていない。白魚のような手、という表現がよく使われるがその言葉にふさわしいほどの白さと美しさだった。

「通有魔法はさらに三つに分類されます」

 その綺麗な指が、今度は通有魔法の右側の項目に移される。

「第一に、『強化魔法』。これは単純に自分の身体能力を強化する魔法です」

 肉体強化、というところで俺は朱花の額に視線を移した。今日、コンクリートで殴打されたにも関わらず無傷だったのは、おそらくその魔法で自身を強化したからだろう。その上、単純な腕力でも成人男性の拘束を解くことができるほどだった。

「祐人さんも察しておられるようですが、これは今日私が使った魔法です。ただ、単純に腕力を強化するだけでなく、肉体の自己治癒能力を強化することもできます」

 だから私は傷一つなかったんですよ、と朱花が付け加える。

 思い返すと、自分も負傷していたが朱花に触れられた途端痛みが消えていた。あれも強化魔法のおかげということか。

「ん? ちょい待ち。朱花は俺の傷も治してたけど、その魔法って朱花本人にしか効果がないんじゃなかったのか?」

 通有魔法は使用者にしか効果が無い、と朱花は言っていた。しかし「原則」とも言っていたので、治癒の魔法は他人にも効果のある例外なのかもしれない。

「あれは私がそういう魔法も持っているだけなんです。だから他の悪魔が使うと、通有魔法は自分にしか効果がありませんよ」

 少し理解し辛かったが、要は朱花が特別というわけか。

「……なるほど。ごめんな、説明を遮って。続けてくれ」

 とりあえず他の説明も聞いた上でまだわからないなら朱花に再度尋ねることにする。

 俺が説明を促すと、冷静沈着といえる然で朱花は静かに話の続きを口にする。

「……二つ目の通有魔法は、『変化魔法』です。これは自分の身体を様々な様相に変化させることができます」

 これは以前、祐人さんに見せたことのある魔法です、という朱花の捕捉に、彼女の髪色が変化したときのことを思い出す。

「ああ、たしか悪魔が人間に紛れるときに使うんだっけ」

 強化魔法は戦闘向きだったが、変化魔法は日常生活の補助といったところだろうか。朱花も髪を黒色に変化させていれば、今ほど目立つこともなかっただろう。だが、彼女は魔力が足りていないらしいので、変化魔法を使う余裕がないのかもしれない。

「祐人さんの言う通り、主に変装用の魔法として使われます。私は苦手ですが上手い悪魔なら声帯や指紋、そしてDNAすら変化させることができます」

 そう聞くと、変化魔法が一気に犯罪のための魔法に思えてきてしまう。そのレベルで悪魔が姿を変えることができるなら、人間の科学捜査では彼らを捕まえることはできないと断言できる。

「恐ろしすぎるな……。完全犯罪が容易にできちゃうのか」

 俺の言葉に朱花も無言で頷く。

 彼女によると、この魔法のせいで悪魔の犯罪が助長されているので、悪魔社会でも問題になっているらしい。迷宮入りになっている事件の大半は悪魔が引き起こしたものだそうだ。

「そして最後ですが、これが通有魔法の中でも例外とされる『契約魔法』です。強化魔法、変化魔法は自分にしか作用しませんが、契約魔法は契約相手と自分に作用する魔法ですから」

 唯一、他者に作用する通有魔法——それが契約魔法だと朱花は言う。

 そしてこれが、自分の最も聞きたかった話である。

「それが、朱花がずっと言ってる『契約』か」

 俺がそう言うと、朱花は肯定か否定かわからないような反応をする。

「……契約魔法であることは間違いないんですが、私が祐人さんと結ぼうとしているのは正確に言うと『仮契約』ですね」

 『契約魔法』という項目から伸びる樹形図を見ると、そこには二つの項目が書かれていた。

「契約魔法には『正式契約』と『仮契約』の二種類があるんです」

 朱花が自分の指を二本立てて、それを俺に見せる。

「以前にもお伝えしたように、契約魔法により人間と悪魔は契約を結ぶことができます。そしてそれにより悪魔は人間から『感情』を受け取り、魔力源とするんです」

 以前にも朱花に説明してもらった話に改めて耳を傾ける。

 こうして聞いてみると、この『契約』というものは悪魔側にはメリットがあるが人間側にはそれがないように思える。

「正式契約と仮契約の一番の違いは、そのときに悪魔が受け取れる魔力量ですね」

 朱花曰く、正式契約の方が上質な契約だからだそうだ。契約の名前からもそのあたりはうかがい知ることができる。

「正式契約の他の特徴としては、悪魔と人間が『永遠に契約関係になる』と誓いあう契約ということです。結ばれると、たとえ契約の当事者であるどちらかが死んだとしても契約が失われることはありません」

 朱花は立てていたきめの細かい白い指を一本折り曲げる。

「なので正式契約を結ぶ前に、悪魔は契約相手との相性を確かめるため仮契約を結びます。祐人さんが結んでいたのもこの仮契約でした」

 朱花は残りの指も折り曲げ、小さな握り拳をつくった。俺の片手でも包み込めそうなほど小さく柔らかい拳は、しかし魔法の強化によっては岩をも砕くものになるのだろう。

 自分はいつの間にかその仮契とやらをを結ばされていたらしいが、相手の悪魔は俺と正式契約をするつもりだったのだろうか。

「正式契約ってのが死んでも破棄できないって怖いな。悪魔の一生に関わってくるし、仮契約があるのもうなずける」

 そう考えると、朱花がしきりに契約のことを話題に出していたのも納得できる。悪魔にとっての契約とは、人間にとっての就職や結婚よりも重要な問題かもしれない。

「だから悪魔は魔法による契約だけでなく、普通の契約も遵守する種族となりました。悪魔にとって約束やルールを破る、ということはタブーですよ」

 悪魔というと凶暴なイメージがあるが、実際は約束事をきちんと守る誠実な生き物だったということか。その点では、人間の方が不実であくどいのかもしれない。

 ――待てよ、では朱花が俺の仮契約を強制的に破棄したことは、悪魔としては相当不味いことだったのではないだろうか。感情が希薄なはずの朱花が、落ち込んでいたのも今なら理解できる。もう一度朱花に思い出させるのも可哀そうなので、言及はしないでおくが。

「じゃあ朱花が俺と結ぼうとしてるのも仮契約なんだな」

「はい、そのつもりです。祐人さんは優れた感情――性欲をお持ちですが、私がその感情を上手く魔力として扱えるかはわかりませんから。仮契約中にはそのあたりのことを確かめます」

 朱花はためらいなく性欲という言葉を使うのも恥ずかしくないからなのだろうが、周りの人に聞かれたら驚かれるので、外でそう簡単に言葉にしないで欲しい。が、飾らずに振る舞ってもいいと言ったのは自分なので、こういうときは自分が注意しなければならないのだと思い知る。

「——ってかさ、思ったんだけど性欲って感情なのか? 味覚とかの感覚と同じように、人間なら持ってて当然のものだから感情じゃないんじゃないか?」

 話の腰を折るようだが、朱花の感覚と感情の話を思い出し疑問を投げかけてみる。性欲=感情というのは、よく考えると納得できない。

「性欲が感情そのものを表すかは難しい話になってくるのでわかりませんが、感情とは密接に関係していっますよ。例えば祐人さんは――」

「いや、いいよごめん俺が悪かった」

 これ以上話が続くと自分が圧倒的不利な位置に立たされる気がしたので急いで朱花の言葉を遮る。

 ――でもそうだよな。本読んで興奮してるんだから、性欲強かったら強い感情も生まれるか。なにか反論できないかと疑問をぶつけてみたが無駄なことだった。

「……まあ、以上が仮契約についてですね。正式契約はもうちょっと話さなければならないことがあります」

「もうちょっとあるのか」

「もうちょっとあります」

 そろそろ脳の容量が心配になってくるが、自分から知りたいと言ったので弱音は吐いていられない。それに何より、実際に悪魔に蹴撃されたのだから悪魔のことを理解していないままというのも不安だ。

 こめかみに指を当てて必死に理解しようとしている俺が話の続きを促すと、朱花はゆっくりと頷きを返した。 

「では続けますが――正式契約を結ぶと、悪魔は人間から感情を分けてもらうだけではなく、より強力な力を得ることができます」

 すでに正午を一時間ほど過ぎてはいるが、未だフードコート内は人の混雑に見舞われている。そして多くの人が真剣に説明をする朱花の横顔を、時に物珍しそうに、時に見惚みとれるようにぼんやりと眺めながら通り過ぎていく。

「しかしみんながみんな正式契約を結ぶと強い悪魔が増えすぎて管理するのが難しいので、試験に合格しないと正式契約できないことになっているんです」

 悪魔同士で管理し合い、試験まであるとは想像以上に悪魔社会の制度整備は行われている。基本的な構造は人間のそれと変わらないのかもしれない。

「そういうことって、悪魔の偉い人とかが決めてんのか?」

 イメージとしては、ゲームに出てくるような魔王城に住む悪魔の貴族たち、といった感じだ。

「決めているのは主に魔王様を筆頭とした大悪魔の方々です」

 魔王、という言葉に俺は驚きの表情を見せる。

 頭の隅では考えてはいたが、まさか本当に魔王という存在がこの世にいるとは驚きである。だが創作などで描かれるような悪の首魁しゅかい、というよりは思慮分別のある君主といった印象を朱花の話からは受ける。悪魔の起こした事件が世の中を騒がせないのも、おそらくは魔王の手腕によるものだろう。

「魔王なんてのもいるのか……。ああ、何度も話の腰を折って悪いな」

「悪いことなんてないですよ。祐人さんが色々質問して下さるんで私も説明しやすいです」

 自分の悪い癖は、わからないことがあるとわかるまでなんとかしようとすることだ。自分の気になることは徹底的に究明してしまい、時間をかけすぎているということは自覚しているのだが、直そうにも直せない。

「そう言ってくれると助かるよ。——で、正式契約のためには試験に合格しなきゃならないんだよな」

 朱花がどうやらミントジュースを飲み終わったようで、名残惜しそうに氷しか残っていない容器の中身をストローですすっている。そんなに好きならもう一つ買ってやってもいいのだが、朱花が真面目に話をしている途中なので言い出しづらい。

 彼女のこういう一面を見ると、悪魔のことなど忘れて和やかな気持ちになってしまうから少し困る。

「その試験は、16歳になると受けられるようになるんです。そして合格することで、晴れて一人前の悪魔として認められるんですよ」

 人間で言うところの成人式のようなものですね、と朱花が言う。

 16歳、ということは朱花はもうすぐ試験を受けられるようになるということか。そんな大切な時期に俺の家に引っ越してきて良かったのだろうか。

「正式契約に関係する試験って……かなり重要なんじゃないか。悪魔人生かかってるだろ」

「人生かかった試験なので、悪魔の中には16歳になることを恐れている者もいますよ。とはいえ、たいていの悪魔はあっさり合格しますが」

 あっさり合格できない少数派のことはできるだけ考えたくないのだが、おそるおそる朱花に尋ねてみる。

「合格できなかったら、どうなるんだ?」

「一生、小悪魔のままですね」

「小悪魔……?」

 絶妙な駆け引きで男を手の平で躍らせるという噂の小悪魔系女子とやらを思い出す言葉だ。俺は躍らされてでも女の子と接したいので小悪魔系大歓迎なんだが。

「悪魔の位を表す言葉です。小悪魔が半人前、悪魔が試験に合格し成人した者で、大悪魔が悪魔の中でも身分の高い者を指します。私は現在小悪魔ですね」

 単純な分け方でこれはわかりやすい。

 それでは、朱花は小悪魔の女の子というわけか。字面は良いが、クールな朱花は人間で言うところの小悪魔系女子とは程遠いだろう。

「ちなみに、祐人さんと仮契約していた悪魔もおそらくは小悪魔ですね。正式契約すると仮契約はできなくなるので、正式契約をしていない小悪魔かと」

 相手も朱花と同じく小悪魔ということか。つまり、その悪魔も16歳以下である可能性が高い。

「小悪魔なのに犯罪者なのか。若いのに大胆なんだな……」

「若い人の方が犯罪に走る傾向にあると思います。特に悪魔の場合は、好戦的な若者は多いですから」

 好戦的な悪魔とはできればお近づきにはなりたくない。扇情的な悪魔なら大歓迎なのだが。

「……正式契約の話に戻りますが、私が祐人さんと契約しようとしているのは正式契約に関係しているのです」

「ん? そうなのか?」

 まさか朱花は、俺と正式契約がしたくて下宿を始めたのだろうか。

 ――まあ正式契約のデメリットなどが無ければいつでも契約してあげてもいいが。

「はい。というのも、今の私の魔力量では試験を合格することが難しそうなんです。なので、魔力を増幅させるために仮契約を結びたいのです」

 ここでようやく、朱花がなぜこの時期に俺の家を訪ねたのかが理解できた。

 感情が希薄な朱花は、魔力の生成量が通常の悪魔に比べて少ない。このままでは成人するための試験に合格できず、正式契約を結ぶことができない。だから俺と仮契約を結び一時的に魔力を増加させた上で試験に臨みたかった、というわけか。

「なるほどな。やっと朱花の目的がわかってきたよ」

 合点がいった、という顔を俺がすると、なぜか朱花は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「すみません、私の説明が不十分なばかりに……。祐人さんにずっと疑問を持たせて――」

 そのとき、朱花が急に言葉に詰まり、動きまで止めてしまう。

 何かあったのだろうか。もしかして、例の悪魔が魔法で襲撃してきた、とか――。

「——祐人さんに言われていたのに、癖で、形だけの謝罪をしてしまいました……」

 しかし、朱花の異変は全く別の理由だった。

 どうやら朱花は、すまないと思ってもいないのに俺に謝罪したことを反省しているらしい。

「いや、癖なら仕方ないだろ。そんなすぐに今までやってきたことを変えられるわけじゃないんだからさ、少しずつな」

 絶対に演技をするなとまでは自分も言わない。朱花の無理のないように振る舞ってくれればよいのだ。

 そう思い俺が優しい声を出すと、朱花は余計に委縮したようになってしまう。

「……これからは、気を付けます」

 今、励ましの言葉をかけても朱花に余計に気を遣わせるだけと考えた俺は、なんとも言えない表情で固まり。

 朱花は朱花で自分の反省に気を取られているようで話さず。

 ――少しの間、沈黙が互いの間に流れる。

「あのー、すみません」

 しかしその沈黙は、フードコートの店員らしき人物の声により破られた。

「もしよろしければ、ゴミは捨てさせていただきますが……」

 空になったジュースの容器を見ながら男性店員が話しかける。

 周りを見ると他の席は客で埋まっている。どうやら彼はこれから来る客のために、暗に俺たちに席を立てと言っているらしい。

「ああ、すみません。ありがとうございます」

 店員の意図を察した自分は、容器を片付けてくれたことに礼を言って立ち上がる。朱花もそれに続き、ポーチや買い物袋を手に持ち、席を立つ。

「――続きは、後で話すか」

 自分がそう言うと、朱花は無言で首を縦に振った。

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