【1】悪魔・与沢朱花
第1話 【1】ー1
【1】悪魔・与沢朱花
三月二十五日。
その日は、何の変哲もない休日だった。
四月から高校二年生になる俺――
母子家庭で母親と二人暮らしという点は一般的、とは言い難いが、今の世の中そのような家庭は珍しくはない。母子家庭だからといって特別貧乏なわけではなく、むしろ精神的には豊かな生活を送っていると思っている。
容姿、運動神経は良くもなく悪くもなく。身長は男子高校生の平均値。学業の成績だけは良いが、神童と崇められるほどには賢くはない。どこにでもいそうな有象無象の一人だという自覚はある。
そんな自分に、彼女はいない。今までの人生で付き合った経験すらない。常に彼女募集中なのだが、自分は女性に好かれるような人間ではなく、クラスメイトの女子にはむしろ毛嫌いされているほどだ。同じクラスの
ただ一番家に近い公立高校だという理由で今の高校に入学したぐらいなので、特に将来の夢や目標というものはない。かといって、将来に不安があるわけでもない。今のもっぱらの悩みと言えば、購入した『大人のゲーム』を母さんに見つからないようにどう隠すか、というぐらいのものだ。
そんな平々凡々の自分の人生は死ぬまで変わらないだろうと、有象無象の中で埋もれたまま死ぬのだろうと、その日までは信じていた。
季節は春。風の感触は穏やかになり、空気を胸いっぱいに吸い込めば芽や花の匂いが混じっている。春が一歩一歩近づいてくるのが肌で感じることができるような、そんな休日の午後。ぽかぽかと暖かい日に自分、
「たまんねぇ、紳士の起立が止まらないな……」
友人宅にて大人のビデオを堪能していた。
「だろ? やっぱ海外のはエロさが違うよ。なにより外国人のダイナマイトボディは大興奮間違いなしだろ」
自室のベッドの上に座りながら熱い声で語る友人、
「俺、海外のオイルマッサージ動画が大好物なんだよ。日本のモノと違って、海外モノはオイルマッサージへの愛を感じるよな」
「これを見れるのも俺のおかげだぜ?
今日は、春休み中短期留学でカナダにホームステイしていた凌介が帰国したので、久々に凌介宅を訪れていた。そして現在はカナダの素晴らしいお土産を楽しんでいるところである。
「よく日本に持ち込めたよな、こんな過激なの。わが友人ながら尊敬するよ……!」
「データだけなら簡単に持ち込めるからな。便利な世の中だよ」
凌介は海外で集めた映像データを全て携帯電話に保存し、日本に持ち帰ったらしいが、アウトかセーフかで言うと完全にアウトだろう。しかしそのおかげで自分も利益を享受することができているのだから、口には出さないでおく。
「カナダってどんなとこだったんだ? 女の子可愛かった?」
カナダがどのような文化なのか、どのような街並みなのかなどということに一切興味はない。そのような些末なことよりも、やはり女性のことを聞きたいものだ。
「ああ、美人ばっかりってわけじゃなかったけど、カナダ美女はモロ俺の好みだったよ。俺のホームステイ先が運よく美女ぞろいでさ。夢の美女外国人に囲まれた生活ができたから日本に帰ってきたくなかったし、ホストファザーがうらやましすぎたよ」
「画像求」
興奮のあまりおかしくなった俺は、凌介が差し出した携帯電話を奪うように手に取り、携帯の画像フォルダを見て激しく嫉妬した。そこには本物の金髪美少女たちと戯れる幸せそうな凌介の姿があったからだ。しかし画像フォルダーの大半を占めていたのは、そういった撮られた写真や観光地などでの記念撮影ではなく、ホストマザーの隠し撮り画像だった。
「……凌介的には、ホストマザーがドストライクだったのか?」
「さすが我が友、よくわかっているじゃないか。見ての通りホストマザーがほんとに美人でさ。外国人って年取ったら激しく老化するイメージあるけど、ママさんは全然そんなことないだろ。経産婦とは信じがたいよな」
「凌介は年上好きだからな。俺的にはホストファミリーの――姉妹かな? この、よく写ってる二人が可愛いと思うけどな」
「ああ、そうそう。その子らはステイ先の娘さんたちなんだけどな。お姉ちゃんの方でも俺より年下だったからなぁ。やっぱ年上の魅力の方が……」
「揺るがねえな」
本当にこいつは海外へ勉強するために行ったのか疑わしいほど留学の感想が下劣である。いや、そもそも外人好きが高じて海外留学に興味を持った、という動機自体が下劣なのだが。
「お前はよく罪を犯さず無事帰ってきてくれたよ……」
「まあな。トイレの中で劣情をぶちまけたときはさすがに終わったと思ったけど」
「本当に何してるんだお前は」
自分の友人とはいえ引いてしまう発言である。
「一カ月我慢は無理だろ? しかもステイ先の家にいる間は暇でさー。やることないからネットで動画見るぐらいしかすることなくて……んで、動画見たらムラムラして、つい発散しちゃうっていうね」
「クソすぎるだろ。ホストファミリーに迷惑かけてるじゃねーか」
「あのときは本当に焦った。急いでトイレを掃除してたら、物音を聞きつけたホストマザーが扉の前から心配して声かけてくれたからな……」
「そのときはさすがに罪悪感沸いたか」
「いや、その状況での扉越しの声に大興奮だった」
「変態だな」
我が友人ながらその精神に一抹の不安を抱く。世話をしていたホストファミリーもまさか良くしていた留学生に自宅を汚されていたとは思わないだろう。
こんな、恩を仇で返すような男が訪れたことがステイ先の悲劇である。
「性欲の権化みたいなやつに変態呼ばわりされたくないけどな」
しかし、当の凌介は変態呼ばわりに異を唱えたいらしく、納得のいかない表情をしていた。
俺は、自分では認めてはいないが、クラスの中ではもちろん学年中の男子生徒に『ド変態』『淫魔王』『千年に一人の変態』などなどの異名で親しまれている。
親しまれること自体は良いことなのだが、変態というのは認めがたい。変態とは凌介みたいな奴のことを指す言葉だ。しかし、凌介は俺の方が変態であると考えているらしい。
「どうせ祐人も春休み中、性的に奔放な生活を送ってたんだろ?」
「そんなことないって。ただちょっと大人な生活を満喫していただけで」
春休みは課題も少なく、小中学生時代は遊びほうけた思い出しかない。だが高校生になって初めてのこの春休みはバイト三昧だったので、比較的有意義に過ごしたという自負はある。稼いだお金をアダルトなことに使ったことは否定しないが。
「大人のビデオか? それともゲームの方か?」
その話にさっそく凌介が食いついてきた。海外に滞在している間は日本製のモノをあまり愉しめていないせいか、普段よりも前のめりの姿勢だ。
「どっちもだけど、多いのはゲームだな。この春休み中、四本クリアしたよ」
そう自慢げに胸を張る姿を横目に、凌介は小さく拍手しながら自分のクローゼットを確認しに行った。
「四本ってやりすぎだろ……まあそれぐらいならギリギリ入るかなー」
「ごめんな、また増やしちゃって」
自分の部屋は残念ながら手狭であり、その中で親にばれずに大量の書物やディスクのパッケージを隠すことは難しいので、購入したグッズは凌介にそのほとんどを保管してもらうことにしている。
幸い、凌介の部屋はお兄さんと共有なので広く、そのお兄さんももう社会人となり一人暮らしをしているので凌介は広い自室を持て余している。であるので、その部屋のいたるところにゲームのパッケージや書物を隠させてもらっているのだ。
「いやいや、いいってことよ。ゲームのパッケージは場所とるけど、破棄するのも惜しいしな。俺も祐人のモノを堪能させてもらってるし、お互いさまだ。ただ、もう少しダウンロードで買ってほしいってところはあるけど」
「いやあ、やっぱり実物でほしいって気持ちがあるんだよな。なんか思い入れが強くなって、より作品に没頭できるというか、愉しめるというか」
「その気持ちはわかる」
厚い友情と劣情でつながっている友人の存在は本当にありがたいと感じる今日この頃である。
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