第17話


「(いったい何者だろうか?)」

『彼』はしげしげと観察すると、改めて自分の身なりを確認した

 着ているのは黒いTシャツとジーンズ、ウォーキング用に作られた

 靴底の厚いブーツだ

 どう考えても、こんな戦場に似つかわしくない格好だ

 その事を自覚した途端、背筋が凍る

 もしかして自分は、とんでもない状況に巻き

 込まれているのではないか?

 そう思った瞬間、心臓が早鐘を打つかのように鼓動を刻む

 迷彩服も防弾チョッキも着用していなければ、拳銃も

 所持していない

 しかも、ここは平和な日本ではない、別の『世界線』の日本だ

 下手をすれば、この場で命を落としかねない

 焦燥感と恐怖心でパニックを起こしそうになるのを『彼』は

 必死に堪える

 とにかく今は冷静にならなければならない



『彼』は深呼吸をして、心を落ち着ける

 店主の後ろに視線を向けると、そこには様々な銃器類が

 詰め込まれている木箱がある

 木箱の中には多種多様な銃弾がギッシリと詰まっているのが見えた

 他にも様々な種類の銃器類が、所狭しと並べられている

 木箱の中に収まりきらない分に関しては、地面に置かれていて さらに奥には、

 木箱ではなく紙箱に収められた商品や棚に綺麗なほど陳列されている

 銃火器類が確認できた

『彼』が確認しただけでも、相当数な種類の銃が並んでいる



 軽機関銃、重機関銃、狙撃銃、自動小銃、散弾銃、突撃小銃などが、

 それぞれ木箱に納められていたり、地面に直接置かれていたりする

 中には、一昔前のモデルから最新型の銃まで、幅広く

 取り揃えられているようだ

 もちろんそれだけではない

『弾薬コーナー』や『爆薬コーナー』といった文字が

 書かれた看板らしきものが見える

 その場所には、銃刀法違反などお構いなしなのかしっかりと安全ピンのような

 もので固定されている木箱が積み上げられており、その中には

 様々な種類の弾薬が詰め込まれていた

 それぞれの木箱には、『榴弾砲』『対戦車・対人地雷』 『C-4』など

 と書かれたシールを貼り付けられている

 中身は大きさに合わせて詰められていて、小さめの弾薬箱は小さな箱に、

 中くらいの弾薬箱は大きめの木箱に収められていた

 木箱に入らないものは、地面に無造作に置かれている

 入らない種類には、手榴弾だけではなく閃光手榴弾なども

 大量に積まれている

『彼』からしても、この店にある全ての銃器類は個人で使用する

 ような代物ではない事は一目瞭然だ



 それどころか、軍隊が使用するような武装の数々である事が理解できる

 しかもそれぞれに、『15円』から『180円』という値札が貼られていた

 まるでコンビニ感覚で購入できるような安い金額だ

 その全てが本物で殺傷能力を持った実弾が装填されている、言わば本物の銃だ

 だが、先ほどの男子大学生の言葉を信じるなら、どれもこれもこの『世界線』では

 定価よりも高い値段で売られているらしい

 もしも――この店が定価以上高い値段設定で販売しているとなれば、恐らく

 この露店以外の店ではかなり安い金額で購入できそうだ

 そう考えた瞬間、背筋に冷たいものが走った

 もし仮に安い金額で殺傷能力を持つ銃器類が販売しているとなると、この

『世界線』の治安はどうなっているのだろうか?

 そんな疑問を『彼』は抱くが、そんな考えを振り払うようにして再び店内に

 視線を移す

 物騒な商品を扱っているからだろうか、商品の辺りには右腕に『尚文露店商』と

 書かれた白い腕章を付けている

 屈強な身体に迷彩服を纏った男性や女性達の姿がチラホラと見受けられた

 その誰もが、一癖も二癖もあるこの店の従業員達だ

 従業員達は、笑顔を浮かべながら客に対して熱心に接客をしている

 客層は、状況が状況のためかかなり幅広い老若男女問わず、様々な

 客の姿があった

 時折、商品を手に取り試し撃ちをしたり、構えたりして品定めしている

 客もいる



「今ならRPG-7を1ケースサービスさせていただきますよ」

 白い腕章を付けている男性従業員が、商品を吟味している

 男性客に話しかけているのが聞こえた

「クロアチアのHSプロダクトが開発したVHSは?  

 それとセットしてくれるなら買うぜ」

 男性客は、ニヤリと笑みを浮かべた

「毎度あり!」

 男性従業員は満面の笑みを浮かべて親指を立てる

 その手には、ブルパップ式アサルトライフルの

 VHSが握られていた



「こちらのAK-47は、マガジンが2つ付属しています」

 すぐ近くでは、白い腕章を付けている女性従業員が

 女性客へ声をかけていた

 女性客は手にしたAK-47商品とS&W M10商品を見比べて、悩んで

 いるようだった

 どちらも『15円』と『18円』の値札が貼られている

「うーん……」

 悩む女性客の隣には大きな荷物袋が置かれている

「お客様はどちらの交戦地帯へ?

 コンビニ前? それとも河川敷?」

 女性従業員が尋ねる

「…………コンビニ前で」

 女性客は少し悩んだ後で答えた

「それでしたらこちらのポンプアクション式散弾銃

 M870 エクスプレスはいかがですか?

 装弾数は30発と少ないですが、セミオートでの連射も可能なので、

 接近戦で役立ちますよ

 恐らくですが夜間までもつれ込むと思われますので、今なら

 散弾銃用に設計されたドラゴンブレス弾もお付けします」

 そう言って、女性従業員は笑顔で商品を勧めている



 銃器類が陳列されている棚付近では、商品を吟味している男性客に

 白い腕章を付けている女性従業員が話しかけている

「このM320グレネードランチャー付きのAR-15ってやつは?

 それとマガジンを3本付けてくれるなら買うぜ」

 男性客が商品を指差す

「こちらの銃は、アメリカ合衆国製で命中精度の高いAR-15になります

 他にも予備のマガジンが3本付きまして、値段は『90円』で

 ご提供させて頂きます」

 白い腕章を付けている女性従業員は、商品を指差して説明をしていく

 M320グレネードランチャーは、40mmグレネード弾を

 使用する擲弾発射器である

 また、M320には弾倉のストックをグリップ下部に折り畳むことで、

 銃身下に装着する事ができる

 これを行う事により、最大4発の40mmグレネード弾を

 撃ち出す事が可能となる

 アメリカ製のグレネードランチャーの中でも有名な部類に入る

 グレネード弾とは、投擲弾の事であり、主に爆発系の効果を

 持つ弾頭を装着した弾丸である

 種類としては、手榴弾、焼夷弾、音響弾などがある

 手榴弾よりも 遥かに威力が高く、広範囲に被害を及ぼすものが多い

「河川敷方面に向かうつもりなんだが、そっちに向かうなら

 FN SCARよりこいつだな」

 男性が言った銃器は、ベルギーの火器メーカー FNハースタル社が

 アメリカ特殊作戦軍向けに開発したアサルトライフだ

「河川敷方面では現在大量に出現した『鬼獣』と交戦中ですので、そちらの

 商品がオススメですよ」

 白い腕章を付けている女性従業員が商品を薦める

「M320グレネードランチャー付きAR-15を購入する」

 2つの商品を吟味して、男性客は決意した表情を浮かべて告げる

「ありがとうございます」

 女性従業員は、男性客に頭を下げる

 男性客は代金を支払い商品を受け取ると、急ぎ足で店を後にした



 同じ陳列されている銃器類の売り場では、白い腕章を付けている

 男性従業員が商品を手に取り構えている男性客に話しかけている

「こちらの商品は、M1911系列の自動拳銃コルトガバメントです

 装弾数は 7発ですが、信頼性の高い銃で オートマチックピストル

 の代名詞とも言える存在です」

 男性客は、男性従業員から渡されたコルトガバメント商品を

 手に取り見つめている

 この『世界線』でもアメリカ軍では、現役の軍用銃として

 使用されている

「室内戦では高い性能を発揮は?」

 男性客がコルトガバメント商品を眺めながら質問する

「もちろんです」

 男性従業員は笑顔で答える

「……じゃあこれを購入するか」

 男性客は、そう呟いて代金を支払うとコルトガバメント

 商品を受け取った

「毎度あり!」

 男性従業員は、満面の笑みを浮かべて親指を立てる



 店から出て行く男性客は、歩きながらすぐにスマートフォンを

 取り出して電話をかけた

『マクミラン TAC-50を持った、腰の曲がっている婆さんの方が

 まだ信頼あるわよっ!!

 早く交戦地点に来なさいよ!!』

 2コールほどで電話に出た相手が怒鳴る様な声で出る

 その声は焦り気味に早口になっている

「無茶言うな!! 

 露店も混雑してるし、客層は幅広いしで 何がどこにあるのか

 全然わからないんだよ!!」

 その声の主に対して、男性は慌てて言い返す

『頼んだ物はちゃんと購入しておきなさい! こっちは

 もうすぐ交戦地点に着くから』

 女性の声が聞こえて通話が切れる

 男性は急いで河川敷方面へと走っていく


 露店には、さらに押し寄せる様に客が増え始めていた

 駅改札口からも、まるで戦場に向かう軍人のような

 雰囲気を醸し出した人々が、数珠繋ぎで溢れ出てくる

 全員が迷彩服と戦闘ヘルメットを着用していた

 駅のホームからは、続々と電車の扉が開く音が聞こえる

 降車してきた人々も同じように迷彩服を着ており、携帯無線や

 スマートフォンで連絡を取り合っている

 駅の出入り口にも、アメリカ合衆国のキャデラック・ゲージ社が

 設計した四輪式の水陸両用軽装甲車コマンドウが数十台停車していた

 搭乗者らしき人は、装備の点検を始めている


「(ここは・・・俺の知っている『世界線』とは違う・・・違いすぎる)」

 圧倒される光景を目の当りにして、『彼』はよろめきながら露店から離れると、

 近くにあったベンチに腰を下ろした

 そこは、今まで自分が過ごしていた『日常の世界』とは

 かけ離れたものになっていた

『彼』の知っている『世界線』では、このような光景を見る事はない

 いや、そもそもこんなにも大勢の人間が一斉に

 移動する事などありえない

 昨日まではいつも通りの街並みだった

 それなのに今はどうだろうか? 目の前に広がるのは、平和とは

 程遠い現実だ

 大きく溜息を吐いていると、何か言い合っている2人組の声が

『彼』の所まで聞こえてきた


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