第15話
『彼』がコンビニ前の道路に沿ってしばらく走ると、この街の駅前広場に
辿り着くことが出来た
しかし、そこは今までとは打って変わって異乗り場様な雰囲気に包まれていた
バスターミナル、タクシー乗り場、駐輪場などがある風景は変わらないのだが
駅の改札口や停車したバスから降り立つ人々は皆、迷彩服と戦闘ヘルメットを
着用しており、誰もが焦燥しきった表情を浮かべて携帯電話で誰かと
連絡を取り合っていた
それも老若男女問わずだ
特に駅の改札口に視線を向ければ、朝の通勤ラッシュ並みに人だかりが
出来ており駅員も焦燥した表情を浮かべて対応に追われていた
おそらく、駅構内の電話回線がパンク寸前になっているのだろう
またバスの停留所の方角からは次々とバスが発車していく車内も、
迷彩服と戦闘ヘルメットを被った乗客達で溢れかえっていた
駅の改札口から出てきた迷彩服と戦闘ヘルメットを身に着けた集団の中には、
携帯電話や携帯無線で何事か話ながら、全力疾走で
コンビニのある方向へと駆け抜けていく
その行動は、明らかに『彼』が知っている一般市民の取るような行動ではなかった
速さは『彼』がいた『世界線』で、世界陸上競技世界記録保持者を彷彿させ、
その速度から察するにかなりの身体能力の持ち主である事が伺える
『彼』の脳裏に昔聞いた何かのキャッチフレーズが木霊した
『狭い日本、そんなに急いで何処に行く?』
それは、かつて日本人なら誰しもが耳にしていた有名な標語だった
この国には、広い場所がない。
だからと言って、この国の人間全員がせかせか生きているわけでは、
決してない
むしろ、ゆったりとした時間の流れを大事にしている人間の
ほうが多いはずだ
今の状況は、むしろ生き急ぐような人間の割合のほうが圧倒的に
多い様に『彼』には思えた
『彼』以外の誰もが、鬼の様な形相で『彼』が逃げ出してきた
コンビニ前に向かっている
その表情は、まるで戦場で迫り来る敵兵を食い止めようとする
軍人のように見えた
耳を澄ませば、彼等の目指すコンビニの方向からは、まだ断続的に
銃声が響いている
その銃声を聞く度に、駅前に集う人々の表情が一層
険しいものになっていた
銃声を聞く限り、まだコンビニ方面では『鬼獣』との激しい
戦闘は継続中のようだ
だが、コンビニ方向に向かう武装した通行人の数は減るどころか
増える一方だ
おそらく積極的に戦闘に参加する様に『彼』には思えた
コンビニ方面へ走る通行人の中に、貌に迷彩柄のフェイスマスクを付けた男性が
携帯無線から流れている戦況状況を聞きながら何か指示を出していた
『――こちらコンビニ前 現在鬼獣『兵隊』及び『侵略者』と交戦中!
鬼獣『兵隊』強酸性タイプも視認!! 至急増援頼む!!』
無線機からは悲痛な声が響いていた
「おい、このままじゃコンビニ前の前線はジリ貧だ!!
持ち堪えている間に向かうぞ」
その男性は無線機のスイッチを切ると、近くにいた
仲間に声を掛けた
「河川敷には行かないのか!?」
別の男性が慌てる様に言い返した
「ここからだと河川敷よりコンビニ前の方が近い!!
あそこが破られたら、一気に『鬼獣』が雪崩れ込んでくるぞ!」
男性の言葉に周囲の通行人達や男性の仲間は一斉に貌を見合わせると
慌ただしく移動を始めたり、走り出す者もいた
それぞれが所持している携帯無線からは、怒声と激しい銃撃音に混じって
『鬼獣』 の金切声や叫び声などが響き渡っている
どうやら、事態はかなり逼迫した状態に陥っているようだった
「了解した!! 直ちに向かう!それまでなんとか戦線を維持してくれ!!」
通行人の誰かが無線機のスイッチを入れると大声で叫んだ
「まだ負けていない!『鬼獣』どもの汚ねぇケツを蹴り上げに行くぞ!」
迷彩柄のフェイスマスクを付けた男性がそう叫ぶと、周りの人々も
大きく呼応するように雄たけびを上げるとコンビニ方面へ一斉に走り出した
それらの様子を観察していた『彼』は、ここでものんびりとしている
場合ではなさそうだと思い始めていた
というのも、先ほどからコンビニ方面から鳴り響く銃声が、一向に
収まる気配が無かったからだ
しかも、駅へ続く道から続々と集まってくる人々は、明らかに戦闘を
目的として集まった者達で明らかに殺気立っているのが見て取れた
駅構内から聞こえるアナウンスも、コンビニ周辺の戦況について
知らせていた
『――18地区全域で多数の『鬼獣』の出現が確認されております
現在『18地区防衛軍』が対応に当たっておりますが、依然として
18地区各地で戦闘が継続されおり、なおも戦域が拡大しております
付近の住民の皆さまや通勤通学中の方は、落ち着いて手持ちの銃火器類の
確認の上最寄りの前線へと移動して下さい
繰り返しお伝えします……』
アナウンスを聞いた『彼』は、『そこは避難じゃないのかよ!?』と思ったが、
今はそんな事を考えている暇はないと思い直した
とにかく今の状況では、この場に留まるのは危険すぎる
『彼』はすぐにでもこの場所から離れようとしたのだが、広場の方で
何やら迷彩服の人だかりができている事に気付く
「(あそこに行けば、ひょっとしたらこの場から脱出できるかもしれない)」
そんな考えが浮かんだ
この場から離れるなら今しかないが、同時に広場にいる集団に近付けば自分が
何者なのかを説明しなければならない
それは、あまりにもリスクが高い行為だったが・・・
『彼』は人垣の隙間を縫うようにして近づいていくと、その中心には
縁日や祭りのときに並んでいそうな屋台のような店が建っていた
看板には、こう書かれている
≪尚文露天商≫
店の周りには、迷彩服を着込み戦闘ヘルメットを被った人々が列を
成して並んでいる
屋台には、様々な銃器を販売しているようで弾薬の販売もしていた
大量の銃器や弾薬を販売している店主の姿を見た時、『彼』は思わず
反応に困った
肉体労働者を髣髴させる鍛えられた体躯も、この『世界線』では
恐らく珍しくないのだろう
だが、問題は服装だ
『迷彩服』の代わりにド派手なアロハシャツ、短ズボンと下駄
『戦闘ヘルメット』の代わりに麦わら帽子にサングラス
これではまるで、お祭りの出店だ
おまけに、この店主はなぜか右手に『ちくわ』を持ち、接客中にも
関らずそれをチマチマと咀嚼している
周囲の人々が迷彩服ばかりなだけに違和感が半端ない
違和感があるのは、『迷彩服』ではない『彼』の服装もそうだが。
人相隠すかのように、黒サングラスをかけ口髭を生やしている店主の姿は、
どこからどう見ても胡散臭いことこの上なかった
「(露店なんてあったか? そもそも、こんな状況で営業しているのか?)」
『彼』は、ふと疑問に思った
総合から判断しても、あまりにも怪しすぎる露店と店主だ
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