第14話
―――だが、さすがにバケモノの群れを突っ切るわけには行ない
『彼』は、気は進まないものの迷彩服着用の武装集団方向に向かって駆け出す
そちらの方向に向かったのは、この街の駅前広場に辿り着くためだ
そこは、街の中心部にある場所であり、そこで情報を収集しなければ
生き残ることは出来ないだろう
そんな事を考えている間にも、次々とすれ違う通行人の何人かが『彼』の
服装を見て幾分怪訝な 表情を浮かべ、中には奇異な眼差しを向ける者もいた
しかし、そんな事など気にせず 全力疾走で走り抜ける
もちろん、『彼』もそんな些細な視線を気にしている余裕はなかった
『彼』は、ただサイレンと連続する銃声と金切声が響く中をひたすらに
駆け抜けていく
修羅場の中心から離れていくたびに、銃声と金切声が段々と
小さくなって行くのを感じる
ただ、その代りに『迷彩服』や『戦闘ヘルメット』を着込んだ通行人の姿が
少しずつ多くなっていく
男性、女性、子供、年寄……様々な人が必死の形相を浮かべており、手に
銃を持ったまま何かに取り憑かれたかのように銃声が鳴り響く方向へと
歩き続けている
携帯電話を使いながら職場などに連絡を取っている通行人の姿が
チラホラと見えるが、 ほとんどの通行人は 銃火器を手にしており、誰もが
必死の形相を浮かべて歩いている
『彼』からすればシュールすぎて見ているだけでたちの悪い悪夢を
見ている気分だ
「 (なんなんだ、ここは……)」
『彼』は、そんな感想を抱きつつ武装した通行人の間を縫うようにして進む
「沙耶ちゃん、ちょっと手榴弾分けてよ」
迷彩服を着込んでいる中学生らしき男子学生が、隣にいる同級生の
女子学生に声をかけた
「えー、またぁ?」
その女子学生は嫌そうな顔をして、迷彩服の少年を睨みつけるがその表情は
満更でもないのか口元がニヤけている
「いいじゃん、お願いだよぉ」
男子学生が両手を合わせて懇願すると、女子学生は渋々といった
表情を浮かべながら鞄の中から小さな小箱を取り出す
「しょうがないわね、はいどうぞ」
女子学生がそう言いつつ、手渡したのはM67破片手榴弾だった
「サンキュー」
男子学生は嬉しそうにお礼を言う
「また、使うつもり?」
少女は、呆れたような貌で口を開く
しかし、その口調はどこか楽しげだ
M67の破片手榴弾は、爆発すると半径2mの範囲内にいる人間を
吹き飛ばす威力を持つ
その爆風は凄まじく、コンクリートの壁すら破壊する事ができる
この手榴弾は殺傷力が高い分、非常に扱いが難しい武器でもあるため、使用の
際には細心の注意を払う必要がある
不用意に使用したら、味方を巻き込んでしまう可能性がある
「これがあれば『鬼獣』なんてイチコロじゃん」
男子学生が覚悟を決めた表情を浮かばせながら、M67破片手榴弾に視線を向けた
「そいやぁ、先月の大規模交戦で康太にダットサイトを破壊さたっけ」
2人の後ろを歩いていた男子学生が、ガムを噛みつつ呟く
手には、ドイツ連邦警察局の特殊部隊GSG-9の要請で開発された中型の
ブルパップ方式のボルトアクション狙撃銃『DSR-1』が握られていた
その銃は、セミオートマチック式ではなくフルオート機能を搭載した
最新式の狙撃銃だ
銃身は短く切り詰められ、ストックは折り畳む事が可能となっており
持ち運びにも便利だ
「予備の部品が余っていたから、それで作ってみたんだ」
康太という男子学生が振り返りつつ微笑む
「わたし、その時康太にレーションあげたよね? 覚えてる?」
沙耶と呼ばれた女子学生が悪戯っぽい笑みを浮かべる
「あはは、もちろん覚えているよ。忘れるわけないじゃないか」
康太は苦笑いを浮かべながら、頭を掻いて答えた
「じゃあ、約束通り今度、クレープ奢りなさいよ」
沙耶と呼ばれた女子学生がそう言う
「(何がどうなっているのか、わからん)」
『彼』は、そんな会話に聞き耳をたてながら理解できず
半端自棄になりつつあった
まぁ、無理も無いだろう
『彼』の知っている平和な『日本』では、学生の口から『手榴弾』や
『ダットサイト』、『レーション』という単語が出てくるはずが無いからだ
「(それにしても、この『世界』は何なんだ?) 」
この時点では『彼』は、まだこの『世界線』の事は深く
理解していなかった
『世界線』に、人類を脅かす『鬼獣』の恐ろしさも
その脅威以上にバケモノ以上な厄介人物と深く関わる事も
『彼』は知る由もなかった
ただ、ひたすらに、今は自分の命を守るために走り続けるだけだった
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