第11話

「(俺はどうしたらいいんだ?銃なんて触った事もないぞ

 ……この世界は一体何と闘っているんだ?)」

『彼』は、これが夢なら早く覚めてほしいと本気で神に祈るが、何も奇跡は

 起こらない 目の前で繰り広げられている地獄絵図に、彼はなす術もなく

 呆然とするしかない

 そんな『彼』の心境とは裏腹に、激しい攻防はまだ続いていた

「(――ここにいたら死ぬ!)」

 そんな理屈の伴わない予感に襲われた『彼』は、急いでコンビニから

 離れようとする



 その不吉な予感を裏付けるかのように、四十メートルほど向かい側から複数の

 殺気だった足音が近づいてきた

 咄嵯に視線を向けると、100を超える迷彩服を着用した大集団が

 こちらに向かってきている

 その集団にも、老人もいれば小学生の子供があり、手に持っているのは

 小銃類だ

 血走った目つきで、一糸乱れぬ動きで隊列を組んで走ってくる

 ひとりひとりにいたるまでもが明らかに異常な雰囲気を纏っていた

 大集団の半数以上は使い古されて色あせた迷彩服に身を包み、薄汚れて

 落書きだらけの戦闘ヘルメットをかぶっている

 新品同様の真新しい『迷彩服』や『戦闘ヘルメット』を被っている者はいない



 全員が、まるで職業軍人でもあるかのように鍛え上げられた肉体をしていた

 よく見れば、日本人の他に一見して白人系とわかる者もいるが、黒人や

 アジア系らしき者も混じっていた

 年齢もバラバラで、二十代前半ぐらいから五十歳前後の中年男性までいる

 集団の中で、誰かが銃の安全装置を外す音が聞こえた

 その瞬間、まるでそれが指揮者の合図であったかのように一斉に銃口を

『鬼獣』へと向けた

 誰もが人である事を忘れたかのような凄まじい表情を浮かべ、口元からは

 獣のような荒々しい息遣いが漏れる




「ひっ!」

『彼』は次の展開を予想し、両手で耳を押さえ目を閉じたまま

 しゃがみこむ

 雷鳴の様な音が衝撃となって手の甲を叩き、何かが破裂する様な

 轟音に鼓膜が震える

 激しく呼吸を繰り返す鼻と口の中に嫌らしい硝煙の臭いが絡みつく

『彼』が眼を開けば集団は一斉に掃射し、空薬莢を

 アスファルトに撒き散らしている

 狙いすました銃口の先では、『鬼獣』の群れが頭や胸を撃ち抜かれ

 金切声を発せながら次々と倒れていく

 撃ち抜かれた傷口からは緑色の液体を撒き散らし、アスファルトの

 道路に染み込んでいく

 飛び散る血液は、赤ではなく緑色だ



 凄まじい火力の前に、瞬く間に数十体もの『鬼獣』倒れていった

 一部の『鬼獣』から、その緑の体液を浴びた通行人身体から蒸気のようなものを

 立ち上らせ、苦悶の声を漏らしながら膝をつく

「くそっ、何だよこれっ!?」

 苦痛のあまり、その場に座り込む通行人もいた

「痛ぇえっ、俺の腕がぁあああっ!!」 「「熱ぃいいっ、熱いよぉおおおっ!!」」

 全身が焼けるような痛みにのたうち回る通行人を見て、他の通行人達は

 慌てて駆け寄ると、小銃を手放して火傷を負った腕を掴む

 悲鳴を上げる通行人を引きずって後方へ下がろうとする

 そんな地獄のような光景が、眼の前で繰り広げられていた



「警戒しろ!!

 何匹か強酸性タイプの『鬼獣』がいるぞ!!酸でやられたら

 皮膚が溶けて二度と治らないぞ!!」

 装甲車の上で機関銃を構えて引き金を絞っている男性が

 大声で警告を発する

 その男性の叫び声を聞いて、一部の通行人達は、慌てて周囲を

 警戒しつつ装備を確認する

 中には緑色の体液で濡れている者もいたが、強酸を浴びて肌が爛れていたり、

 肉がえぐれていたりする者はいなかった

 だが、強酸を浴びて肌が爛れている通行人達は、その場でうずくまり、必死に

 自分の腕を抑えたり貌を歪めていたりしている

 負傷者の様子に見かねた通行人が駆け寄っていくと、応急処置を施し始めつつ

 腰からぶら下げている携帯無線機を片手で操作をはじめた



「こちら『18地区』コンビニ前!!。交戦中の部隊、応答せよ! どうぞ!!」

 無線機のマイクに向かって、1人の男性通行人が呼びかけた

『こちら『18地区防衛軍』司令部!どうぞ!!』

 どうやら、無線の周波数は合っていたためか、すぐに返事が

 返ってきた

 その返事に周囲で発砲している幾人かの通行人がため息をつくが、

 緊迫した空気が支配する事は変わりなかった

「コンビニ前で多数の負傷者が出ている!! 大至急救援を要請する! どうぞ!!」

 携帯無線機に向かってその男性通行人は大声で叫ぶ

『負傷者の傷の具合と人数を教えてくれ! どうぞ!』

 無線機の向こうからまくし立てるような口調で返答が返ってきた

「交戦している『鬼獣』に、強酸性タイプが数体いるんだ! 強酸でやられて

 負傷した民間人数名がいる、負傷者の傷の手当と搬送を急いでくれ!」

 そう言うと、男性通行人は無線機を切って医療用の鞄を持っている

 コンビニ店長らしき男性に視線を向けた

「救急車を呼ぼうとしたのですが、18地区内随所で『鬼獣』が同時多発的に

 出現して、交通が混乱していて到着が遅れるみたいです」

 救急箱を握り締めながらコンビニ店長らしき男性は、貌を顰めて首を横に振った



「ちっ……!仕方がない、まずは負傷者を後方に運ぶぞ!」

 男性通行人は、忌々しげな表情を浮かべると舌打ちしつつ、近くにいた

 仲間に声をかけ、負傷して動けない数人の男女を抱えて後方へ連れていく

 コンビニ店長は決意した表情を貌に浮かべ、まるで何かの使命感があるかのように

 大声で周囲に呼びかけをはじめた

「ただいまより、本店で重火器類の緊急セールを行わせてもらいます!

 お買い求めいただいたお客様には、数量限定でありますが

 最新型アサルトライフルをプレゼントします!」

 その叫び声に周囲の通行人達は思わず耳を疑った

 だが、次の瞬間、銃弾など乏しかったのか、まるで獲物を見つけた

 肉食獣のように眼を輝かせた

 まるで示し合わせたかのように歓声を上げて、我先に一斉に

 コンビニ内へに入っていき、陳列されている銃器や銃弾を漁り始める



 その後コンビニ店内は弾薬や手榴弾の補充を行う客達で戦場と化した

「AR-10A2・AR-10A4・AR-10Tのの銃器を扱うのはいるかっ!!

 あとAK-12Sもだっ!!」

 陳列されている銃器を漁っていた男性通行人の1人が、

 大声で知らせる様に告げる

 すると、幾人かの通行人が手を挙げ始めた

「こっちはM240Fを頼むっ!」

 また別の男性通行人も声高に叫ぶ

 バックヤードからはコンビニ店員が台車に

 弾薬類を満載して出てきた



「弾薬や予備の武器が欲しい方は、レジカウンターへお越しください!!」

 店員がそう言いつつ、レジカウンターにの上に次々と商品を置いていく

「店長!! 在庫分の手榴弾全部ですか!!」

 別のコンビニ店員が、バック―ヤードから手榴弾が詰め込まれた

 木箱を台車に乗せて出てくる

 男性店長が軽く手を挙げて合図を送ると、レジカウンターに

 置かれている木箱を次々と開封していく

 そして手慣れた手つきで、即席で『一個一円』という値段が書かれた

 紙を張っていった

 それを見た何人かの通行人達は、慌てて自分の所持金を確認して財布の中から

 紙幣を取り出して代金を置いていくと、手榴弾を掴んで慌ててその場を離れていった



 もちろん、お釣りなど受け取らずに戦闘が行われている方角へ走っていく

 様子を見て、店長らしき男性店員は苦笑するしかなかった

「……すぐに在庫分の分隊支援火器や全てのハンドガン商品を出せ!

 今すぐ出せるものは全て店前に並べろ!」

 店長は、慌ただしく店内を駆け回っている部下達に命令を下す

「店長、グロック17とM327の在庫分も並べるんですか!?」

 店長らしき男性店員は、店員のその問いに一瞬考え込む

「全てだ!! 『大規模鬼獣交戦規定』に基づいて、値段は『一円』にしておけ!

 後、マガジンも全て『一個』としてカウントしろ! 分かったら

 さっさと作業に取り掛かれ!」

 店長らしき男性店員は、大声で指示を出すと店員達は、素早く行動を開始した

「 HK416の銃器はどこですか!?」

 男性通行人の1人が、焦燥感に満ち溢れた表情で尋ねてきた

「H&K社製の銃器は、現在入荷待ちとなっております!

 申し訳ございませんが、店内にある銃器類だけとなっています!」

 男性店員の1人がう答えながら頭を下げると男性通行人は、残念そうな

 表情を浮かべながらも渋々諦め、バックヤードから次々と運び

 出されて並べられていく銃器へ視線を向ける




 中には、その銃器を値踏みするように見つめている者もいるがそれは少数で、

 大多数の客達は簡単な目視で手当たり次第に 手に取る

 紙幣をレジに叩き付ける様に置いていくと、戦闘に加わっていく

 客の入りと戦闘は激しくなり、店外にも並べられつつある重火器類商品には

 長蛇の列が並びはじめていた

「ちょっと 無線に耳を傾けてくれ !!」

 1人の男性客が苛立った表情を浮かべつつ、携帯無線機に耳を傾けながら

 大声で呼びかける

 無線機から聞こえているのは、切迫感のある声色をした男性らしき怒鳴り声だった

『――聞こえるか!? 『18地区』河川敷方面で数千万近い『鬼獣』が出現した!

 至急応援を要請する! どうぞ!!』

 無線機から聞こえているのは、切迫感のある声色をした男性らしき怒鳴り声だった

『こちら『18地区防衛軍』司令部! 待機中の全ヘリは発進させた所だ!

 だが、各着陸予定地では『鬼獣』との交戦で負傷者が多数発生しているため、

 到着が遅れそうだ!

 そちらの方は全員、各自で血路を開け!! 以上!』

 無線機からわなないた声で応答すると通信は切れた

『『18地区防衛軍』司令部! 応答されたし!! くそっ! どうすればいいんだ!

 こっちでは数千万の『鬼獣』に襲われてるんだ!!! 近辺にコンビニは無いんだぞ!!』

 その声は、恐怖と絶望が混ざっていた



「河川敷へ向かうなら、強気でガンガン攻めないと『鬼獣』に蹂躙されちまうぞ!」

 携帯無線機に耳を傾けていた男性通行人の1人が大声で呼びかける

 他の通行人達は、怯えの混じった表情を浮かべつつも、どこか覚悟を

 決めたような貌付きになっていた

 コンビニ店の外までバックヤードに陳列されていた商品を運び出している、

 コンビニ店員達も 険しい表情を浮かべている

「河川敷へ行く気か? それじゃあ、俺も行くとするかな……」

 H&K G36の商品を購入していた男性通行人の1人が、険しい表情を

 浮かべて呟くと、先程購入したG36を肩に担ぎ弾薬が詰め込まれた木箱を幾つか抱え

 河川敷方向へと駆け出していく

「河川敷の向こうの保育園に子供を預けているのよね・・・」

 女性通行人が悲壮感漂う表情を浮かべつつ、運搬しやすいよう

 小型軽量化したバレットM95を購入すると紙幣をレジカウンターに

 叩き付ける様に 置くと、お釣りすら受け取らず

 河川敷方向へと同じように駆け出していく

 その様子を見ていた幾人かの通行人達も同じように、各々の銃火器類を構えて

 彼女と同じ方角へ駆け出していく

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