第3話

『彼』は大通りを走行している装甲車に、もう1つ幾つかの奇妙な共通点を発見した

 それは頑丈な装甲車の車体に、大きな動物の爪で引っ掛かられたような傷跡が

 残されているのが 確認できたのである

 しかも、その傷はつい最近つけられたかのように真新しいものであった

 この光景を目にしても、この時の『彼』の頭には、まだ理解する余地が無かった

 何故なら、この程度の事ならば何かしらの自然災害によるものだとか 、または

 何らかのテロ行為によるものだと考えればそこまで不自然では

なかったからである



 例えそれが、まるで巨大な獣が鋭い牙で噛み付いた様な痕跡であったとしてもだ

「(何だよ、あの傷は――――)」

『彼』が知っている知識では、あんな大きな傷をつけるような生物は居ないはずだ

 仮に、あれほどの大怪我を負わせる事ができる生き物がいるとすれば、それは

 恐竜くらいなものだろう

 だが、恐竜のような大型動物にしてはあまりにも小さ過ぎた

「(ちょっと待ってくれ、そんな化け物がこの世に存在するはずが無いだろう!?)」

 戦闘用装甲車の傷跡を『彼』は、ただ茫然自失と見つめることしか出来なかった

 だが、いつまでもそうしている訳にもいかない

 とにかく、今は少しでも情報を集める必要があるためここでずっと

 立ち止まって悩んでいる暇はなかった

 その時『彼』の耳に、ふと通行人の声が聞こえてきた

『彼』は、これは幸いと思いつつ耳を澄まして通行人の声に意識を向ける




「俺、前期の『鬼獣』模擬戦闘の成績、校内で成績が七番だったんだけど、

 どうよ、凄いだろ?」

 そんな声が耳に入ってきた

『彼』は、そちらに視線をゆっくりと向けると、そこには

 学生らしい4人組が談笑をしていた

 その中の一人が、自慢げに友人達に話しかけている光景だ

 他愛の無い談笑だが、『彼』の視界に映っていたのは、何とも言えない

 光景であった

 ――まず最初に眼にしたのは、彼等の着込んでいるのは制服ではなく、

 戦闘ヘルメットと『迷彩服』を着用しているという事

 次に、会話をしている内容である

 中学生か高校生かは『彼』は判断できないが、他の三人の反応は

 塩対応に近かった

 一人目の男子生徒は、あまり興味なさそうな貌をしつつ、携帯ゲーム機で

 遊んでいた

 二人目と三人目の女子生徒は、明らかに馬鹿にしたような眼で

 自慢げに話していた男子生徒を見つめていた

 共通しているのは戦闘ヘルメットと『迷彩服』の他に、手には自動小銃を携帯し

 片耳にはイヤホンを付けていた事であった

 それぞれの腰には、手榴弾の入ったポーチをぶら下げていた



 どう見ても、それは平和な世界で暮らす普通の若者達ではない事が

 一目瞭然であった

 そんな光景を見て、『彼』この『世界』は本当に自分が住んでいた

『世界』とは違うのだと、嫌でも思い知らされる事になった

 彼女達の表情を見た戦闘用ヘルメットにトランプの『ジョーカー』を

 張り付けていた男子学生が少しムッとした表情を浮かべた

「おい、お前ら、何か反応しろよ!」

 男子学生は、そう言うと周りにいる三人の貌を睨みつけていた

「俺の嫁さん、校内で二番目だったぞ」

 携帯ゲーム機で遊んでいる男子生徒がポツリと呟き、三人目の女子生徒を

 指を差しつつ意地の台詞を口にした

「誰が嫁よ」

 三人目の女子生徒は、不機嫌な表情を隠そうとせずに言い放った

 だが、携帯ゲーム機で遊んでいる男子生徒は全く気にする素振りを見せない

 むしろ、その反応を楽しむかのようにニヤついた表情を浮かべていた


「あたし、成績三番目」

 続いて二人目の女子生徒も、全く興味なさそうに答えた

「お前ら……凄いな」

 最初の台詞を吐いた男子生徒は、一瞬言葉に詰まりつつも何とか

 言葉を絞り出した

『彼』からだと表情までは見えないが、どんな貌をしているかは

 大体想像が出来た

 恐らくは苦虫を噛み潰したような表情をしていることだろう

 談笑している会話は成績関係であることは分かったが、『彼』が

 もう1つ眼を引いたのは、それぞれのヘルメットには見慣れない言葉が

 ペイントされていた事だ



 携帯ゲーム機で遊んでいる男子生徒のヘルメットには、『グランド・ゼロ世代』

 と書かれていた

 そしてその横にいた女子生徒のヘルメットには、『生まれ付きの殺し屋』

 と書かれていた

 また、もう一人の女子生徒のヘルメットには猫耳付きフードを被った

 少女の絵が描かれている

 この四人組は全員同じ学校の同級生なのだと『彼』は、初めて理解が出来た

(のちのち『彼』は知ることになるが、この世界では戦闘用ヘルメットにはメーカー名を

 書くのが常識らしく、彼等が着用していたヘルメットは それぞれ、別のメーカーの

 製品であることが分かる)

 まだこの時点では、それぞれがどこかSFじみていて妙に不吉な言葉だなと

 感じる程度であった

 そしてその会話の中で、『彼』が今まで生きてきた中では聞いた事のない言葉があった

「(・・・『鬼獣』ってなんだ??)」

 この単語の意味だけは、どうしても分からなかった

 会話をしている学生達は、まるで当たり前のように会話をしているが、一体

 どういう意味なのか皆目検討がつかなかった

 だが、『彼』の心に妙に引っかかったが、今はそんな事を考えている場合ではない

 とにかく、少しでも情報を集めなければならなかった

 そう『彼』が考えていると同時に、4人組の会話はさらにさらに続く



「なあ、詩織ちゃんのクラスは、確か冬休みは『鬼獣』対策授業の一環で、

 確かパキスタンで海外研修だって言ってたよな?」

 先ほど自慢げに話していた男子学生が、話題を変えるかの様に

 隣の女子学生に話しかけてきた

 すると、話しかけられた女子学生は呆れた表情を浮かべて溜息を漏らす

「……一人だけ、後期『鬼獣』模擬訓練で赤点取って、補習受けさせられる

 おバカがいるけどね」

 詩織という名の女子生徒が、携帯ゲーム機で遊んでいる男子生徒に

 視線を向けた

 その男子生徒は、気まずい表情を浮かべながら視線を逸らす

 どうやら成績が悪かったのは、彼のようだ

 だが、詩織はそんな男子学生の反応などまったく気にしていない

「そのおバカさんは、年明けまでお隣の半島『鬼獣境界線』で特別訓練だって」

 もう1人の女子生徒が容赦なく男子生徒に現実を突きつける

「マジかよ・・・・

 そりゃまたえげつない場所で特別訓練するんだなぁ

 俺なら絶対死ぬわ……あの三十八度線近辺は確か大陸方面から後退してきた

 アジア太平洋防衛軍(AAPDF)の前線基地があるんだよな」

 自慢げに話していた男子学生が、表情を引きつらせていた


 三十八度線は、『彼』の『世界線』では朝鮮半島と中国の間に存在する

 国境ラインであり、現在休戦中の朝鮮戦争においてアメリカが設定した

 ラインでもある

 この『世界』では、若干違った意味を持ち合わせている様だった

「あの近辺は、半年前に発生した『鬼獣』群の大進攻で最前線よ

 そんな修羅場な所にこのおバカさんを送り込むなんて・・・

 ほんっと、酷い学校ねぇ」

 詩織という女子生徒が、蔑む様な表情で男子学生を見つめていた

 だが、男子学生は全く気にした素振りを見せない

 むしろ、得意げな笑みを浮かべている

「そのおバカさんは、前期『鬼獣』模擬訓練の成績もかなり悪くて、

 成績不良者用の補修授業も受けていたみたいだし」

 もう1人の女子生徒が、続けて説明する

 その表情からは、詩織に対する優越感のようなものが感じられ、

 その態度を見た瞬間、 詩織は眉間にシワを寄せていた


 だが、女子生徒の方は詩織のその反応を楽しんでいる様にも見えた

 その表情は、まさに小悪魔という表現が正しいかもしれない

「詩織ちゃん、お前のために怒ってくれているぞ?」

 自慢げに話していた男子学生が、ニヤついた表情を浮かべながら詩織に話しかける

 すると、詩織は不機嫌そうな表情を隠そうとせずに男子生徒の方を

 睨みつけていた

「いい嫁さんだろ?」

 携帯ゲーム機で遊んでいる男子生徒が、自慢げに話すと もう1人の

 女子生徒は呆れ顔を浮かべていた

「嫁って言うな」

 詩織と呼ばれた女子学生は、相変わらず不機嫌な表情を浮かべて

 携帯ゲーム機で遊んでいる男子生徒に言い放った

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