第5話 視線
僕は笑みを浮かべるだけの先輩にもう一度疑問を問いかけた。
「先輩、今日は部活があって、帰りは遅くなるんじゃあ?」
「今日は水曜日だから、部活はお休みなの」
ようやく理由を話した先輩の顔はどこはかとなく嬉しそうにしている。
「でも、何で校門の前で僕を待っていたんですか?」
先輩が部活に行ってない理由は分かったが、それでも、僕を校門の所で待つ理由が分からない。部活が無いなら、先に帰ることもできる。
それに努力を惜しまない先輩のことだから、部活が無くても自主練くらいしてそうなものと思っていたからだ。
「青山君と一緒に帰ろうと思ったの」
「放課後デートってことですか?」
「そうよ」
頬を少し赤く染めながらも、笑いながら答える先輩と普段のクールなイメージとのギャップがあるお陰で、先輩がとても可愛く見えた。
そして、そんな先輩を軽くからかってみようと冗談のつもりで言った言葉を即答で肯定されてしまい、なんと言ったらいいの分からなくなった。
でも、自分の心臓の鼓動が少し速くなったは分かった。
「分かってくれたところで、そろそろ行こっか。そろそろ周りの視線も辛くなってきたし」
先輩のことで頭が一杯だった僕は、先輩の言葉を聞き思い出した。
ここは、校門の前ということ。しかも、帰りのホームルーム直後で人が多い。
そんな所で初々しいカップルによる甘ったるい空気が出ていたら周りはどう思うか容易に想像がつく。
というか、自分がもしそういう場面に出くわしたら何を思うのか、簡単だ。
(殺してやりたい)
まず、間違いなくそんなことを思う。少なくとも心の中で十回以上。
よって、周りからの憎悪の念が籠った視線が痛い。
しかも、その甘ったる空気を出してる人の一人が学校でも人気が高く、有名な白川先輩ということもあり。
憎悪の念が3割増しぐらいされてる。
それに気づいた僕の出来る事と言えば、
「はい」
出来るだけ、周りを見ないように下を見ながら、先輩の提案に乗ることだけだった。
憧れの先輩と一緒に下校するなど、ゲームで言うところの一大イベントでテンションの上がるところだが、僕の心の中はそんなテンションになっていない。
何故なら、
「・・・」
「・・・」
校門を出てからお互いになにも喋ってない、しかもその状態が十分も続いている。
それもこれもあの校門前での周りからの視線のせいで、お互いに気恥ずかしくなり喋れない状態になっている。
しかし、せっかく先輩と一緒に下校出来ているのに、何も会話せずに終わるなど勿体なさすぎる。だから、言うんだ僕、この気まずい雰囲気をぶち壊すんだ僕、
「あの、先輩、校門の前で待たなくても朝にメアドを交換したんですから、メールしてくれれば、校門で待つ必要がなかったんじゃあ?」
「・・・あ!」
先輩の顔が面白いくらいに蒼くなっていく
「そ、そうだよね!メールすれば良かったんだよね!ご、ごめんね、私、そんなこと思いつかなくて。その結果青山君にも嫌な思いさせちゃって!本当に、ごめん」
先輩が自責の念でどんどん落ち込んでいく。
ヤ、ヤバイめっちゃ先輩から負のオーラが漂ってるよ!さっきより気まずい雰囲気になっちゃったんですねど。
つーか僕は何をしてんだよ、気まずい雰囲気を無くそうと勇気を振り絞って話を振ったのに、話始めから先輩を追い込むようなことを言ってどうするんだよ。
どうしよう、何て言って先輩の機嫌を直せば良いのか分からない。
ただでさい、暗黒の中学時代を過ごしてきて、女子との関わりさえ、ほぼ皆無のオタクに女子の機嫌の直し方など分かるはずがない。
しかし、やらないといけない、このままでは初めての放課後デートがほぼ無言のまま終わるという、悲しい思い出が僕の黒歴史に追加されることになってしまう。
考えろ、考えるんだ、青山 直樹。今までやって来たギャルゲーの中からこの場にあった最適の台詞を考えるんだ。
………………ベタだがこれしかない。
覚悟を決めて先輩の方に顔をむけると。
「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。もっともっともっとちゃんと考えないと。だから私は駄目なんだ。だから私は………」
ヤバイ、末期だ。凄い話かけづらいけど言わなくては。
「落ち着いて下さい先輩、僕は先輩を絶対に嫌いにならないから安心してください!」
少しベタな台詞かも知れないが、今の僕にはこれしかない考えつかなかった。
しかし、ちゃんと効果はあったようだ。
その証拠に先輩は自分を追い込むのを止め、僕の顔を涙目になりながら見据えて言った。
「本当に?」
「本当です」
「100%?」
「100%どころか200%です」
「何があっても?」
「何があってもです」
何度も聞いてくる先輩の言葉は不安に満ちていたが、僕は即答でありのままの気持ちを答える。
先輩も少し安心したのか小さく笑った。
そして、
「浮気も絶対しない?」
次に言った言葉は、不安に満ちているという感じではないが、何故か今までの言葉より重く感じた。
「絶対にしませんから安心してください。それに浮気をしようにも、僕は驚くほどモテませんから浮気のしようも無いですよ」
「確かに、青山君ってもう一生モテ期来なさそうだもんね」
「流石にそこまであっさり認められると、僕も傷つくんですけど」
「大丈夫、私は君が心の強い人だと信じてるから」
そう言って先輩は軽く笑い前をむいた。少し僕の心が傷ついたが、いつの間にか気まずい雰囲気もなくなってるので、良かった。
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