第91夜 6・19 文体ラプソディ

6・19 文体ラプソディ


 今日もまた遅れた。遅れても、書く。今月はもう休みすぎている。これ以上休んでは、いけない。休めば、書くべき文体を見失う。

 あれから少し経ったが、やはりいい文体というのは、声だ。まるでその人が話しているように、その人の声が聴こえる、文体。それは強烈でなくともよくて、淡々と訥々と語る声でも、たしかに一人の声になる文。読みながら文字が浮かび上がり、途端に声が沸き起こる文。たとえ現実の作者を知らなくても、読めばその人のにおいが立ち上がる文。香気、あるいは、色気。それがにじみ出るような文体。完成された人の文章は、たとえどんな内容を書いても、一貫した文体をもっている。いや、文体は少しずつ違いながらも、同じその人の、においがする。だからその人の書く何を読んでも、あ、あの人の文章だ、とわかる。声が次々に沸き起こり進むから、何を書いていても読めてしまう。それが、売りものになる文章というのだろう。

 では書くときがどうかというと、じっさい後から見て読むに耐える文章になるときは、文章を書こう、と考えて書いていない。あれこれ修辞を考えるではなく、頭に声が湧いてくるままに、話すように、そのまま書いている。即興と瞬間を文字は固着し、話すのと変らないスピードで書いている。その意味での、言文一致。そういうふうに書けた文章は、まだ後からでも読み返せる。作ろうと思って書いている文章は、声がなく、断片の集められた文字でしかなく、何も頭に入ってこない。話すまま書ける、言文一致こそ、文体の原点にして頂点かもしれない。

 なぞと、またつまらない論議に終始して、今日は遅れた三枚を書き終える。(了)

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