第90夜 6・18 東京八景
6・18 東京八景
昨日はまた休んだ。何度読み返しても、過去は帰らない。書きはじめた頃の、風が吹かない。久しぶりの新宿の灯は、悲しい。あんなに憎かった東京の灯、それが今は、どうして悲しい。おれはいつの間に東京に染まっていた。
東京を恨み続けるには、東京を見つめ続けねばならない。東京、それは空白の街。空虚と空白が支配する、意味のない物語の氾濫する街。その中で、僕は溺れている。溺れて、いつしか、出られなくなっていた。心底東京を恨みながら、その東京に住み続ける。東京杉並の、六階のベランダ。そこから見る新宿の赤い灯。それはいつしか、僕の風景として内面化されて、恋しい風景となっている。復讐の的だったはずの、東京。それは巨大な空白に過ぎない。だが、空白は空白であるがゆえに、どんな色だって塗ることができる。空白に自分だけの色を塗ったとき、空白はかけがえのない一マスになる。つまり、東京とは、そういう街だった。
僕は、東京をきらいだ。あの人群れの街を厭悪する。だが遠景として見る東京、それは僕をたまらなくさせる。人の消去された赤い灯の東京。それはいつしか、僕の忘れ得ない風景になっている。
ふるさとは遠きにありて思ふもの。そして悲しく歌ふもの。あの新宿の赤いビルの灯が、懐かしく思い出される時は、来るだろうか。この東京の、あまねく所を、愛おしく思える日が、来るだろうか。(了)
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