第70夜 5・29 馬鹿の貧乏くじ

5・29 馬鹿の貧乏くじ


 今日はまた、何もすることがない日だった。年じゅう日曜日の大学院生に、世間の日曜日なんて関係ない。でも、ベランダに出てみたら晴れていた。紀伊國屋の鉱物店に行こうと思った。

 杉並の六階を降りて、電車に乗る。終点の西武新宿まで乗った。僕にとっての新宿の入り口は、あの怖ろしい新宿駅じゃない。古びたレンガふうのコンクリート・ビルヂング、西武新宿駅の地下道だ。

 地下商店街を通ると、夏の大抽選会をやっていた。香水で脳が糞詰まりになったみたいな顔の女たちと、暇した臭そうな親父たちが、ガラポンにセコい列を形成していた。ゴミ袋みたいな黄色いジャンパーを着た女が、流れ作業的にハンドベルを鳴らしていた。ハズレにも丁寧にひとつ鳴らした。馬鹿だと思った。

 紀伊國屋の鉱物店では、安い石をひとつ買った。方ソーダ石。そんなに良い標本ではなかったが、手に取ったら、好い重さだった。大きさも、本棚に置くには手頃だった。

 少し快くなったので、東口のブックオフまで行くことにした。ハドリアヌス帝の本を見つけた。二千四百円もした。それでも、僕は芸術と少年を愛した、かの王の独白を一頁読んでしまったので、買うしかなかった。他の適当な本といっしょに、レジで四千円も払った。それが失敗だった。

 頼んでもないのにくじを引かされた。五百円単位で、八枚も引いた。まるでくじ目当てみたいに思われて、厭だった。八枚も引いて、全部あめだった。残念賞。「あちらのかごに置いてあるのでお取りください」むかついたので、鷲掴みに取ってやった。やっぱり馬鹿だと思った。

 あめは死ぬほど不味かった。二、三個を一気に開けて噛み砕き、残りはその辺に捨てて帰った。(了)

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