第66夜 5・25 全聾(だった)作曲家、或いはキャラクターメイキング

5・25 全聾(だった)作曲家、或いはキャラクターメイキング


 この私小説の描き出す僕、或いは柾木という青年は、僕という人間の一面に過ぎない。週一度の大学院に通いながら、無為な人生を空費する青年。毎日三枚書くことだけが営為で、ベランダで煙草ばかり吸っている。孤独で、郷愁病で、屁理屈ばかり捏ねている少年癖。破れかぶれの芸術肌を持つ、現代を患った消費病の東京嫌悪者。そのくせ東京に寄生している、そんな一個のキャラクターといったところか。

 自分のなりたいキャラクターになれるわけじゃない。他人から見たときに際立っている部分、それが周囲からの要請的にキャラクターとして自分に降りかかる。たとえそれが自分の望む姿ではなかったとしても、それを内面化し身体化しなければならない。

 それが行き過ぎたのが、かの自称作曲家だった。その程度の「キャラクターの演出」はどこにでも転がっている。日曜夕方の噺家たちは泥棒や貧乏や白痴ではないし、どこぞの大統領候補は本気で壁を作る気なんかない。アイドルの清純は正しく偶像に過ぎないのであり、大抵は高校時代に野球部のエースに処女を捧げている。妄言は大仰であるほど信じられやすい。ただそこにはひとつのルールがあって、それはそのキャラクターの行う「本業」だけは確かであること。それが偽物だと疑われたとき、公然の了解だったキャラクターは糾弾される。

 今日書き始めた小説も、一個のキャラクターとなるものだ。並行世界の東京と電車の話。ひとつの物語には、ひとつの一貫したカラーがなければいけない。それが、キャラクター時代の生き方だ。(了)

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