第33夜 4・22 真実は解釈のなかにある

4・22 真実は解釈のなかにある


 時間に遅れた。遅れても、書かないよりはいい。意味は、書いたことに宿るのではない。意味は書くことという行為に宿る。目の前にあるのは、事実ではない。事実とは、広大な解釈の海のなかにある。

 そもそも、人間が感覚すること、それ自体解釈の連続じゃないか。見ることは視覚器官と脳細胞による解釈であり、聞くことは耳骨の振動と脳の解釈。煙草を吸うという高次的な行為は、複数の解釈の果てに実現する、きわめて複雑な解釈の賜物である。すなわち、煙草は崇高である。

 柾木は時々、ふと何でもない風景を思い出す。たいていはそれがいつ、どこで見た風景だったのか、忘れたころにふと思い出す。それはごく短い映像にすぎない。

 ゴミ収集車が、商店街のゴミを回収していく。数十メートル間隔で積まれたゴミの山は、朝日に白く輝いている。青色の作業員が二人、そのゴミを収集車に投げ込んでいく。収集車はゴミを飲みこんでのろのろ進む。ある場所のゴミ山に、大ぶりの枝が突き出ている。作業員はためらわずそれも投げ込む。収集車から骨の折れるような音がする。桜の花びらがとつぜん、はらはらとこぼれ、車から散る。

 或いはこれもまたある朝のこと。開店前の郵便局の前に、早番の局員が一人立っている。職員は店の前の赤いポストを、白い布で磨き上げている。死んだ愛人の体を拭い清めるように、愛のある手つきで、丹念に磨いている。

 それらすべてに何の意味はない。あるのはただ彼の解釈だけだ。物語を見出し、動かすのは、解釈だ。真実は、解釈のなかにある。(了)

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