第30夜 4・19 量子力学の弱い力
4・19 量子力学の弱い力
読者なんてのは、勝手だ。人が命を削って書いたものを、デパ地下の試食ぐらいにしか思っちゃいねえ。全く、勝手なことを言いやがる。だから、おれはおれだけのために書いてやる。
それが、この文のはじまりだった。だが、誰にも不親切なはずの吐きだめでしかないのに、どうしてか、読んでくれる人が、出るようになった。僕は、みんなおばけなんじゃないかと思っている。僕の孤独癖は実はもう末期に達していて、止めどない妄想症が見たい幻覚を見せているんじゃないかと。結局それはたぶん、僕の中二病でしかないのだが、それが本当か間違っているかなんて、よく考えればこの世の誰にも証明はできない。この世で、僕であるのは、僕だけなのだ。コギト、エルゴ、スム。私以外私じゃないの。でもこういうことを言う類の人間は、たいてい人様に恨まれる。デカルトは座標を発明したせいで全国の中高生に恨まれつづけているし、後半の人に至っては言わずもがな。だから、妙なことは考えるもんじゃない。
それでも、人間というのは愚かなもので、心地良い言葉を掛けられれば、気持ちいい。所詮分泌される快楽物質に抗えない、動物でしかないのだと、思う。だが、感情というのは、そういうものだ。
電車で僕の両隣に、偶然座った無関係の二人が、揃って量子力学の本を読んでいる。右の老紳士はニュートンを、左の制服の少女はブルーバックスを。そして真ん中の僕はそれが、量子力学の本だとわかる。人は、そこに偶然を結びつける、「弱い力」を感じてしまう。要は、ただ、それだけのこと。
それだけのことが、すべてなのだろう。(了)
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