このご時世に、絶対に流行らない純文学などというものをやってみようと思う。それも、誰一人読みやしない、私小説というやつを。

悠月

2016年3月 ボンカレーと神と殴打するドラえもん

第1夜 3・21 開花宣言

3・21 開花宣言


 それは夜にはじめてのことだった。

 ベランダに物干し竿を二本も張り、その上に学校の机くらいのコルクボードを置いた。集中するために、立って書いた。それが多分良かったんだと思う。あんなに書けなかったものが、どんどん書けた。

 久しぶりに手書きで書いてみた。でももう万年筆は使えなかった。スケッチペンで、乱雑に書いた。外なので、タバコも吸いながら書けた。吸うのはいつも、セブンスターのメンソールだった。

 ベランダに出て、コルクボードを置く。タバコに火をつけ、三枚書く。最後にタイトルをつける。それが僕のルーティーンだった。あのメンソールのケムリを吸えば、自然と創作のモードになれた。

 新宿のあかりはよく澄んでいた。いつか戦艦新宿なんて詩を書いたことがあった。僕は、杉並のマンションの六階から見る、新宿の夜景が好きだった。まるで本当に戦艦が南に向かって停はくしているように見えた。風のある日は、書いた原稿が飛ばないように、大好きな真ちゅうのジッポーを押さえにして書いた。かくのはいつも夜だった。肺はタバコでよごれていったけど、その分文章は澄んでいった。

 僕は毎日、三枚の短編を書こうと決めた。二〇〇字づめで三枚だった。特に気負うこともなく、でも少しのこだわりはもって、マス屋の二〇〇字づめに毎日書いた。少しずつ、書くスピードも上がっていった。左手にはいつも、メンソールがあった。いつしか、左手の人さしゆびと中ゆびからは、メンソールのにおいがとれなくなった。でもそれは誇りだった。このにおいが、僕がすこしだけ、生きている事のあかしだった。

 それが、僕の小説家としてのはじまりだった。ものを書き始めてから、三年目の夜だった。その日、東京に桜の開花宣言があった。        (了)

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