阿倍野リンは告白する
金髪のシニヨン、青い瞳。明らかに日本人の見た目ではないのに、明らかに日本的だとわかる着物姿で玉座に腰をおろしている女性。
天道院シノブ。
彼女はわたしと阿倍野さんを交互に見て、何かを悟ったように口元を緩め、瞬きをしました。その微笑みには古今東西、過去から未来まで、すべてを見通し終えたような余裕さがにじみ出ているせいか、対面した人間の気持ちをざわつかせる力を持っています。三ケ月前にお世話になってから何度かこうして天道院さんと顔を合わせているわたしですが、未だに彼女が放つオーラに慣れることはありません。いつでも新鮮。食材や恋人関係ならばそれがプラスに働くのかもしれませんが、普通の対人関係においては話が別、いつでも緊張をしいられてしまうわたしは部活の先輩と話をするみたいに疲れを感じてしまいます。まあ、そうは言ってもわたしが天道院さんに感じる緊張は負のものではないので、彼女に会いたくはないというわけではないのですけれど。
「……」
隣に目を移します。阿倍野さんが黙って天道院さんの姿を見ていました。昨日から今日にかけて、わたしは阿倍野さんと色々な話をし、それによって阿倍野さんが少しおかしい人だとレッテル張りをしてしまったのですが、そんなおかしな阿倍野さんから見て、天道院シノブという女性はどう映るのでしょうか。目を見開くとか、声を出すとか、そのようなわかりやすいリアクションがないので、よくわかりませんでした。何も思っていない、何も感じていない、ということはないと思うのですが。
「サクヤくん。きみは女の子ばかり連れてくるね。この世界では、わたしの性別は女ということになっているのだから、たまには男の子を連れて来てほしいと思っちゃってるんだけど」
「わたしは合コンを設定する友人ではないんですけど」
「別に合コンをしたいわけじゃない。たまには半ズボンの似合う男の子を生で見たいってだけだよ。……と、せっかくのお客人だ。いつまでも無視し続けるわけにはいかないね」
天道院さんは阿倍野さんを見て言います。
「わたしは天道院シノブ。以後お見知りおきを」
「はじめまして。阿倍野リンです」
「アベリンちゃんね。よろしく」
初対面だというのに適当なあだ名をつけられたせいか、阿倍野さんの眉がぴくりと動きました。あきらかに気に入っていない様子。それでも一言も文句を言わないのは、年上の相手に対する敬意なのかもしれません。天道院さんはそんな阿倍野さんをうすら笑いを浮かべながら見ていました。何かを楽しんでいるご様子。まるで人を小馬鹿にしているかのように。この人はいつもこんな感じです。
「三浦崎さん。あなたが彼女に銃口を向けるなと言った理由がわかった気がするわ」
「ははは」
わたしは苦笑いしかできません。自尊心がそれほど高くはないと思ってるわたしならまだしも、自分で自分を美少女と言い切ってしまう、さらに周囲の人間からはチヤホヤされっぱなしの阿倍野さんの場合、今のように他人から馬鹿にされるような行為に対して、怒りの感情が生まれてきても仕方がありません。
「えっと、天道院さん。この阿倍野さんが今回の依頼者です」
「うん。わかってる。サクヤがもう一人、誰かを連れて来ていたらその説明が必要だったかもしれないけどね。てか、まあ、紹介なんてされなくても見ればわかっちゃうんだから、なんて言ったら元も子もないわけですが――と、アベリンちゃん。わたしがどんな存在かそこのちんちくりんから聞いているかい?」
「わたしのことを診れる人だと聞いています」
「そう。わたしはアベリンちゃんを診れる。それが仕事だからね。一応、アベリンちゃんが蝕まれている症状については聞いているよ。まあ、ほぼ間違いなくわたしの専門だろうね。だから面会しているわけだけど。ただ、わたしに診てもらうにはそれなりの覚悟が必要なわけで、それについてはどう? 聞いてる?」
「いえ。聞いていません」
「だったら、今、話しておくよ。わたしに診てもらうために必要な覚悟。それは痛みだ。ただ、その痛みは麻酔ややせ我慢でどうこうできる痛みじゃない」
「こころの痛み、ということですか?」
「そう。なになに、アベリンちゃんってもの凄く賢い子じゃん。どこかのちんちくりんとは違って」
「お褒めに預かり、光栄です」
「いやいや、褒めてないから。賢いっていうのはね、わたしに言わせれば褒め言葉じゃない。人間、賢くない方がかわいいんだから。特に女の子は。ね、サクヤくん」
「え、ええ」
リアクションに困るのでわたしに話を振るのは勘弁してください。また阿倍野さんの眉がぴくりと動いているじゃありませんか。
「で、そんなわけでわたしが診ると、どうしても痛みに耐えなければならないわけだけど、それでも診て欲しい? 別にわたしはここでアベリンちゃんに逃げ帰ってもらってもかまわないけど。こころに痛みを伴うということは、受け入れたくはないモノを受け入れなければならないということ、あるいは晒したくないモノを晒さなければならないということなんだけど、それでもいい?」
「大丈夫です。診てください」
「本当に? 初対面のわたしを信じられる?」
「あなたを信じるわけではありあません。自分の選択を信じるだけです」
「そう。だったら、仕方ないね。診てあげるよ。あまりおすすめはしないんだけどね。料金も高いし」
「高い?」
「一回、百万。払える? もしも払えなかったら、そこのちんちくりんにお願いしてみなよ。その子、偽善の塊みたにな存在だから、きっと払ってくれるよ」
「いえ、大丈夫です。払えます」
「へー。アベリンちゃんはお金持ちなんだね。良いご身分だ。分割金利手数料は負担しないし、カードも使えないけど大丈夫?」
「大丈夫です。現金一括で払いますから。さすがに今は無理ですけど」
「もちろん今じゃなくていいよ。基本的にわたしは成功報酬しか受け取らないから」
「失敗はしないんですか?」
「するかもね。でも、その原因はわたしにはない。アベリンちゃん。きみにある」
「依頼人に失敗の原因を押しつけるわけですか」
「押しつけるっていうか、実際にそうなんだから仕方がないわけよ。まあ、それが嫌だったら別にやらなくてもいいんだけど。幸い、わたしは金には困っていないし、仕事好きでもない。どうする?」
「もちろんやっていただきます」
「そう。だったら頑張ってみようかな」
わたしは眉間にしわをよせている阿倍野さんの心情を想像します。おそらく、金髪シニヨンの着物を着た外人は気に入らないけれど、それでもここで診てもらうことを拒否したらなんだか相手に負けた気がするから絶対に引くことはできない、というような感じでしょうか。
「さてと。それじゃあ、さっそくはじめようか、アベリンちゃん」
「ちょっと待ってください」
そう言った阿倍野さんはチラリとわたしを見てから、再び天道院さんに目を向けます。
「三浦崎さんも付き添うんですか?」
「もちろん」
「なぜです?」
「なぜって、そりゃ、死にたくはないでしょ?」
「え?」
怪訝な表情を浮かべる阿倍野さん。
呆れるように笑う天道院さん。
「あれれ。ちょっとサクヤくん。きみ、自分の役割をアベリンちゃんに教えてないの?」
「はい」
「どして?」
「上手く説明できる自信がなかったので」
「あのね。そういうのを世間では怠惰って言うんだよ。まあ、いいけど。それじゃあ、わたしから少しだけ説明するよ。どうして少しだけかって言うと、わたしも上手く説明できる自信がないからなわけだけど、まあそこは突っ込まないでおいてくれると歓喜の極みだね」
嘘つけ、とわたしは思いました。わたしの役割についてわたし以上に知っている人間が天道院シノブという人物なのですから。
「いいかい、アベリンちゃん。さっきからさらりと会話に出てきているけど、わたしはアベリンちゃんの状態を診ることができる。でも、それが限界なわけよ。わたしは万物の長ってわけじゃない。故に、たとえ優秀だとしても、本当に非の打ち所がないほど素晴らしい存在だったとしても、哀しいことにできないことはあるってわけ」
「つまり、治すことはできないと」
「そういうこと。だから、治すためにはそこのちんちくりんが必要というわけだよ。例えるなら、わたしは医者で、サクヤは薬といったところかな」
「薬がないと死ぬということですか。わかりました。で、三浦崎さんは具体的には何をするんですか?」
「神を殺すんだよ。まあ、正確に言えば呪いだけど。アベリンちゃん。こんなことを言われても信じられないかもしれないけど――きみは呪われているんだよ」
呪われている。
そう宣告された阿倍野さんですが、彼女は驚きや悲しみで表情を変えることはありませんでした。無表情のまま、天道院さんに目を向けています。わたしが呪いと言う言葉を口にした時には、盛大に馬鹿にしたのに、それと同じ反応を天道院さんに向けることはしませんでした。わたしと天道院さんの格の違いがそうさせているのでしょう。
「……呪い、ですか」
ぽつりと漏らす阿倍野さんに、天道院さんは言います。
「そう。呪い。そして呪いを受けるにはもちろん理由がある。業と言ってもいいかもしれない。善悪の行為は因果の道理によって結果を生むものだからね。アベリンちゃん。きみは自分が呪われることになった原因にこころあたりがあるかい?」
「あります」
即座にそう答える阿倍野さんに、天道院さんは少し驚いた様子を見せました。
「へえ。呪われている人間が自分が呪われている原因に心当たりがあるっていうのは珍しくないけど、それを隠そうとしないのは珍しい。清々しいと言うべきかもね」
「わたしは元々、自分を繕うことをしない人間なので」
「それだと生きにくいでしょ。この世の中は。繕うとはつまり演じること。人間、誰だって様々な役を演じて生きているものだし、演じるからこそ人間関係は円滑になる」
「そんなことはありませんよ。余計な人間関係がない方が、生きやすいですから。絡み合う対象がないので、円滑にする必要がありませんし。演じる労力を必要としない省エネ人生ですね」
「なるほど。たしかにそういう考えもあるね。サクヤくんはどうだい?」
「え? わたし?」
「そう。わたし」
突然、話を振られ、わたしは口ごもってしまいます。天道院さんや阿倍野さんのようにすらすらと自分の意見を言えるほど自己分析ができていないのです。少しだけ時間を貰ってからこう答えます。
「わたしは……、労力を要してたとしても、人と関わりたいですね。一人は寂しいですから」
人と関わらない。確かにそれは阿倍野さんの言うように、演じる労力を必要としない省エネ人生なのでしょう。しかし、わたしには労力を要するからこそ得られるモノがあり、それこそが人生を豊かにするキーなのではないかと思うのです。努力をするからこそ勝利や敗北に意味があるのと同じように、労力を要するからこそ人間関係は尊いものになるのではないでしょうか。
「そうだね。確かにそうだ」天道院さんは言います。「でも、わたしが期待していたのはそういう答じゃない」
「え? 何を期待していたんですか?」
「決まってるじゃない。ボケだよ、ボケ。マジレスしてくれなんて誰も言ってないわけよ。アベリンちゃんもそう思うでしょ?」
「ええ」
なぜでしょう。いきなり意気投合する二人。
「そんなこと言われても……」
「それにね、サクヤくん。アベリンちゃんは一人がいいなんて一言も口にしていないわけ。最低限の人間関係は求めているわけよ。だから、サクヤくんのマジレスは的外れ甚だしいお寒いものってわけ。まあ、未来予知ができないわたしでさえ、こうなることはわかっていたわけだけど」
「ああ、もうっ。じゃあ、どうしてわたしに話を振ったんですかっ」
「場の空気をを温めようかと思ってね。わたしは基本的には冗談が好きなんだよ。真面目な話を延々と続けるのは疲れるからね。この後、アベリンちゃんの口から放たれる言葉を受け取る前に、ブレイクを入れたかったってわけ」
「阿倍野さんの言葉?」
「そう。アベリンちゃんが自分が呪われたと思っている原因、それはどう考えたって笑える話じゃない。そうだよね、アベリンちゃん」
阿倍野さんは何も答えませんでした。それが答えだと言わんばかりに。
「さてと。話を戻そうか。アベリンちゃん。きみが呪われてしまった原因。それはなんだと思う?」
「わたしは――」
阿倍野さんはそこで言葉を切り、まぶたを閉じてから再び開き、ゆっくりと、重い展開が予想できる本のページをめくるように、こう告げました。
「――妹を殺しました」
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